第十話(ミア視点)
「おおっ! さすがはミア様……!」
「術式を起動させる速度は姉のフィリア様以上……!」
「フィリア様が抜けた穴をいとも簡単に埋めるとは、驚きました」
ユリウス殿下から命じられたらしく、護衛の兵士が以前の10倍に増えた。魔物が特に多い漆黒の森で私は結界を張っている。森は広大だから、全体に結界を行き渡らせる為には一日じゃ終わりそうにないわね。
まったく、「いとも簡単に埋める」なんてことよく言えるわ。
フィリア姉さんだったら結界を張るだけじゃなくて、薬草の群生地や珍しい鉱石を発見したり、空いた時間に古代語を翻訳して大昔の術式の再現とか色々とやってたんだから。一年も経てば、この人たちも姉が居なくなった損失に気が付くはず。
両親もフィリア姉さんも私を天才だと持ち上げるけど――やっぱり姉さんには遠く及ばない。あの人はどこまでも完璧で……どこまでも仕事熱心だったから……。
確かに私の術式は起動スピードがフィリア姉さんよりも速い。歴代の聖女の中でも最速と言われている。
でも、私の結界は姉さんのモノより数段脆い。だから、一気に大量の魔物が攻めて来ると破られる可能性が高いのだ。
そうならないように基本的に二重、三重に重ねて結界を張っているけど――。
ユリウス殿下に少しずつ探りを入れて分かったのは、彼は姉から私に完全に乗り換えようとしていることだ。
あの人はスキあらばフィリア姉さんを下げて私を持ち上げるような発言を繰り返す。
「フィリアには面白みってもんが、なかった。その点、君はチャーミングだしユーモアもあって一緒にいて楽しい」
ヘラヘラと笑いながら姉さんの悪口を言っている殿下が私は許せなかった。
やはり、フィリア姉さんが邪魔になったから遠くに追いやるような真似をしたのだろうか……。
「ミア様! 危ない!」
「くっ……! なんて数の魔物なんだ!」
しまった。結界を張っている最中に……ちょっと油断していたらゴブリンやリザードマンといった魔物の集団がこちらに向かって来てる。
はぁ……仕方ないわね。護衛の人たちも面食らって動けてないみたいだし――。
「――銀十字の審判!」
私は素早く魔力を込めて対魔物駆除の術式を発動させる。
――十字の形をした銀色の光の刃が次々と突き刺さり、魔物たちは絶命した。
「す、すごい……魔物の群れを一瞬で――」
「術があまりにも速すぎて見えなかった……」
「戦っている姿も美しくて可憐だ……」
護衛の兵士たちがホッとした表情で私に駆け寄ってくる。うーん……、どっちが護衛なんだか分からないけど、まぁいいか。
それにしても、少し気を緩めていたとはいえ結界を張るよりも早く魔物の集団に出くわすなんて今までなかったんだけど……。やっぱり、最近……この付近の魔物の様子がおかしいわ。
私でも違和感を感じるんだから、フィリア姉さんが気付かないはずがない。
――姉さんから何の連絡もないのはどう考えても変だ。フィリア姉さんは必ず私を心配してくれて……何かを教えようとしてくれるはずだもん。
「お母様、姉さんから手紙などはありませんか?」
「フィリアから手紙? 知らないけど……」
「本当ですか……? 忘れてたりしてません?」
「いいえ。あの子も他所の聖女になったのだから、そんなもの送ることはしないんじゃない? そういうドライなところがある子だったし」
仕事を終えて帰宅した私は母にフィリア姉さんからの手紙が無いか尋ねた。
彼女は素知らぬ顔をしてそんなものは無いと答える。
姉さんはドライなんじゃない。感情表現が苦手なだけで優しい人だ。わかってくれてると思ってたのに……。
しかし、本当に手紙などないのだろうか……? それとも、手紙を隠す理由でもあるのだろうか……?
「ミアもそろそろ姉離れした方がいい。フィリアは自ら望んで隣国の人間になったのだ。もう頼れないのだから、忘れる努力をなさい」
母から何を聞いたのか、食事の時間になって父は私にフィリア姉さんのことは忘れるように言われた。
両親ともにこんな調子だから、これ以上の探りを入れても無駄だろう。それなら、私にも考えがある……。
私はこっそりと手紙を書いた。フィリア姉さんに向けて……。
もしも、姉さんが手紙を書いてくれてたなら……次はきっと私の手元に届くように返事を書いてくれるはずだ。
明日はまた殿下と会う約束をしている。短い時間だけど、何か新しい情報を掴みたい――。