12 閑話~魔王城にて~
「そうですか…。 ガルタイト国はもう…」
「残念ですが、イリア様の願いとは裏腹に、奴らはすでに進撃の準備をしているようです。 我ら亜人…いや、人族からすれば【魔族】でしょうが、我らを滅ぼすために異世界から勇者を召喚するほどです」
「あの禁忌の秘術を…」
「勇者といえど、単体では竜人であるイリアゲート様の敵ではないでしょうが、数で来られたらひとたまりもないでしょうな」
亜人…、人族で言うところの【魔族】が住んでいる通称『魔族領』。
そこに構える魔王城内部にて、二人の男女が会合をしていた。
今回のガルタイト国の行動について、男から報告があったからだ。
「ジャック…、やはりあの国は…」
「ええ、先代魔王…、イリアゲート様のお母様の時代に起こった悪魔族の無差別テロ事件をひきずっているようです。 あの件で現国王の家族全員があの悪魔族の恥とも呼べる者どもに殺されましたからね」
過去、一部の魔族は人族との交流に不快感を持っていた。
特に悪魔族は力で世界征服をすべきという過激派が多い。
そんな中、当時のガルタイト王家が旅行に来ていた時に、悪魔族による無差別テロ事件が起こった。
当初はガルタイト王家を始めとした人族をターゲットにしていたが、一人を除いて死亡させた後、他の魔族にもその刃を向けた。
先代魔王が止め、その場で断罪されるまでは、人族50名、魔族30名の命を失う惨事となった。
その後、先代魔王は各国に謝罪を行った。 大半が彼女を許した中で、当時少年で、王子だった現国王は彼女に憎悪の視線を送っていた。
これがきっかけで、魔族と交流している国とガルタイト国との対立が起き始めた。
「あの一件で王子だった今の国王は非合法的なやり方で軍を増強し、禁術も探し始め…、その禁術の力で二人のホムンクルスをも作った…」
「そして、段々と手段を選ばなくなったガルタイト国に他の国々が批判し始めましたがね」
「でも、その批判した幾つかの国はガルタイト国に攻め込まれ占拠されました。 おそらく今は恐怖政治の元で怯えながら過ごしてるはず…」
そう、非合法なやり方で圧倒的戦力を保持した現ガルタイト国王は、自分を批判した幾つかの国を瞬く間に占拠し、魔族殲滅主義を徹底的に叩き込んでいる。 当然従わない者は、重罪または死罪だ。
かつて、交流を深めていた幾つかの国が、ガルタイト国に占拠され、追い込まれる人々を、母譲りの優しさをもつ竜人であり現魔王のイリアゲートは心配している。
しかし、こちらに攻め込んで来るのであれば、それなりに対処をしなければならない。
そう決意し、ジャックと言われた男にこう伝えた。
「ジャック、獣人戦士部隊を始めとした各部隊に防衛強化のための戦力増強をお願いできますか?」
「ええ、やってみせましょう。 私も虎の獣人の端くれですから。 向こうが本格的に攻撃してきた時にカウンターとして対応するのですね?」
「そうです。 向こうは兵力に加え、異世界の勇者の力を引っ提げてくるでしょうから」
「では、早速取り掛かります」
イリアゲートの瞳に重い決意を滲ませる。
虎の獣人のジャックもそれを察し、すぐに戦力増強に取り掛かりに行った。
◇◇◇◇◇◇
「ふぅ…」
相談室から自室へ戻ったイリアゲート。
その心情はあまりいいものではなかっただろう。
「お母様…。 私でも彼らを止めることができないのかも知れません」
そこには最近、病魔によって逝去した先代魔王の女性の遺影があった。
母親である彼女の遺影に向け、イリアゲートが弱気な言葉を放っていた。
母親の代から続くガルタイト国からの憎悪は肥大化していっている。 幾ら彼女でもその連鎖を止められないんじゃないかと考えつつある。
「イリアゲート様」
物思いにふけっている彼女に、エルフのメイドが声を掛けた。
掛けられた当人は慌てふためいている。
「ど、どうしたのですか?」
「ガルタイト国に関する最新情報です。 ついさっき、諜報部隊が入手したもよう」
「内容は?」
「ガルタイト国が勇者として召喚した者のうち、二人が離反したとの事です」
「え…!?」
イリアゲートは驚愕した。 ガルタイト国によって召喚された勇者は、自分たちに対する偽りを吹きこんで思い通りに従うものだと思っていたからだ。
まさか、速攻で二人離反するとは予想できなかった。
「それで、二人が離反した理由は?」
「一人の少年が無能扱いされ、意識を奪われ、殺されそうになった所に、勇者の素質を持った彼の友達の少女が介入したそうです。 少女自身はガルタイト国王の言い分に不快感を示していたそうですが」
「その後は?」
「そのまま意識のない少年を抱えて逃走。 同じくガルタイト国を監視していたガイアブルク王国の第二王女様と接触をしたそうです」
「まぁ、アイリスちゃんと…」
「ええ、その後はクリストフ様の勧めでガイアブルク王国に移動している頃かと」
離反した二人に驚いたものの、理由や過程を知り、安堵した。
しかし、同時に怒りを覚えた。 無能扱いされた少年についてだ。
「しかし、勇者の素質がないだけで無能扱いとは…ここまでひどいとは思いませんでしたね」
「ええ、幸いガイアブルク王国が受け入れてくれるので、きっと本当の力を手にしていると思いますが」
「それで、二人の少年少女の名前は?」
「少年の方は佐々木 暁斗君、少女の方は葛野 ひなたという名前らしいです」
最も交流の深いガイアブルク王国にいるとされている二人の名前を聞いた時、イリアゲートは決意した。
「彼らを今後のガルタイト国の追手から守ってあげないといけませんね。 ガイアブルクの兵力はかなり強い部類に入るでしょうが…。 そのためにも…」
「もしかして、一目見に行かれるのですか?」
「ええ、準備があるので3日後になりますが…」
「分かりました。 クリストフ様にアポを取ってきます」
「お願いします」
一礼をして、メイドが部屋を出ていくと、イリアゲートは母の遺影にこう言った。
「お母様、もしかしたら離反した二人が世界を変えてくれるかもしれません。 私も彼らを支えたいと思います」
彼女の瞳に再び決意の炎が宿った瞬間だった。
そして三日後、イリアゲートはクリストフ国王の立ち合いで暁斗、ならびにひなたと会談をすることになる…。