大聖女に従う黒竜
6月18日、第57話に『【キースのメモ】梅干し使用方法まとめ』を挿入いたしました。
本編には直接影響があるエピソードではありませんが、合わせてお楽しみいただければと思います。
「グレイス様……どうしましょう……」
コロに連れられ、村長の自室を訪れると今にも泣きだしそうな表情を浮かべた村長がそこにいた。
「どうされましたの?お気を確かにお持ちくださいませ」
私はハンカチを彼に差し出しながら、彼の丸くなった背中をさする。
「黒竜の卵が出てきたんです」
「黒竜??」
聞きなれない言葉に思わず首を傾げる。火竜と並び、海竜は存在するのは知っているが、『黒竜』という単語は聞いたことがない。
「伝説の竜といわれている大聖女に仕えるドラゴンでございます」
大聖女にドラゴンがセットになっているという事実に驚きを隠すことができない。
「でも大聖女がドラゴンを従えていた……なんて伝説、聞いたことありませんわ」
「この国ができる遥か昔には存在した伝説でございます。大聖女は国王の伴侶となることが多かったので、この国では黒竜は王の象徴とも言われていたこともございます」
数千人の兵隊を一瞬で治癒できるだけの大聖女。現代ではその存在が発覚すると同時に国が軟禁状態にしてしまうのだろう。そのためドラゴンと出会う機会がなかったのかもしれない。
「そのため私も伝説だと思っていたのですが……先ほど、パウラの父親が森の中で見つけましたのじゃ」
パウラの父・クァールのことだろう。
「でもこれが黒竜の卵ってどうして分かりますの?」
改めて村長の目の前にある卵に視線を移してみる。その大きさは一メートルぐらいで、黒光りしている。確かにニワトリやダチョウの卵ではないのは分かるが、あえてこれが『黒竜のもの』という確証は得られない。
「森の主・クリムゾン様に伺いましたのじゃ。クリムゾン様も悩んでいらっしゃるようでしたが、フェンリル様と協議された結果、黒竜のものという結果になりました」
珍しく今朝はフェンリルが側にいないな……と思っていたが、クリムゾン様と会議をしていたのか。そんな私の気持ちを察したのか、村長の部屋にいたフェンリルが私にスルリと身体を寄せてきた。
「別に何時も一緒にいなくてもいいんですのよ?」
私が小さくフェンリルにそう言うと、無言で機嫌を直せと言わんばかりに身体をこすりつけてくる。仕方ないのでその首筋を優しくなでると嬉しそうに目を細めた。見た目は大きな狼だが、フェンリルもやっぱり犬みたいなものなのだろうか。
「まぁ、何にしても孵化させなければいけませんわね」
この卵の中身が何であるにせよ、孵化させる必要がありそうだ。
「ですがどうしたら……」
「一般的に鶏の卵は母親が温めて孵します。そこで温泉の熱を使って温めてみてはいかがでしょうか?」
温泉に沈めるのが手っ取り早い気もするが、それでは温泉宿の営業に支障が出そうだ。少なくとも私はこの巨大な卵と一緒に入浴はしたくない。
「温泉が湧き出て泉となった場所の近くの大地は、温泉の熱でかなり温かくなっています。そこに埋めてみてはいかがでしょうか?」
いわゆる砂風呂的な効果を狙う方法だ。
「なるほど……それでは手の空いている者に準備させます」
その数日後には砂風呂小屋が出来上がっていた。温泉により温まった砂に横たわる『砂風呂』。おばあちゃんの実家がある鹿児島県に連れて行ってもらった時、何度か体験したことがある。天然のサウナのようなもので、デトックス効果などを得ることができる。あれを毎日体験できないかな……と密かな野望を抱いていたこともあり、少し大きめの孵化施設を作ってもらったのだ。
「これで合っているかしら?」
餅は餅屋に聞けという言葉もあるぐらいだ。温かい砂の中に卵を埋めながら、火竜であるオリヴィアに聞いてみたが、う――んと首を傾げる。
「気付いた時には親はいなかったからなぁ~~分からないわよぉ~~」
確かに私に妊婦の過ごし方を教えてくれといわれても、満足に答えられる自信はない。
「人間の場合は、情操教育のために音楽を聞かせたり、話しかけるといいと言いますよ」
そうアドバイスをしてくれたのは、エマだった。さすがセレブシングルマザーだ。いや……近々伯爵夫人となるエマだ。
当初、伯爵家の人間は商人の娘で未婚の母であるエマとの婚約を大反対したらしいが、子供がエマを「お母さん」と慕っていることが伯爵の背中を押したらしい。私の微かな記憶の中にある伯爵は実直そうで優しそうな人柄だった気がする。おそらくエマの出会いの演出を素直に受け取ったに違いない。
ただ、どんな方法や形にしろ皆が幸せになってくれることは本当に素晴らしいことだ。
「それよりこの砂風呂凄いですね!汗が吹き出していますよ!!」
私達三人は暫定黒竜の卵と共に砂風呂に埋まりながら話に花を咲かせた。
【御礼】
多数のブックマーク、評価をいただき本当にありがとうございます。




