火竜は二度ベルを鳴らす
「火竜が来たって本当か!!!?」
火竜が現れたことを冒険者ギルドに連絡すると、次の日にはフレデリックが診療所に顔を出した。さすがギルドマスターだ。
「火竜なのかは不明ですが……その方がお帰りになった後に、火竜が空を飛んでいるのを拝見いたしましたわ」
「王城の関所はギルドで押さえていたが、そういうことか。人になれるのか……」
フレデリックは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて唸る。
獣人のように魔物が人型になるケースは有名だが、人型になれるドラゴンは珍しいらしい。そもそもドラゴンの個体数が少ないため、その生態自体も詳しいことは分かっていないというのが現状のようだが……。
「もしかしたら、またいらっしゃるかもしれませんわ」
「そうなのか……?」
「まだ聞き足りないという様子でしたし、『またいらしてくださいね』ってお伝えしましたので」
「というか、そもそも火竜かもしれないって時点で、なんで拘束してねぇんだよ」
苛立った様子で睨まれ私は大きなため息をつく。
「なんの準備もなく、どうやって火竜を拘束できますの?」
気持ちは分からなくもないが、冒険者ギルドが総力を挙げてようやく捕獲できる火竜を獣人達が何の準備もなく拘束できるはずはない。もし人である彼を拘束できたとしても火竜に変身され暴れられたら、せっかく造り上げたモフモフ温泉宿が台無しだ。
「それに『おそらく火竜』というだけで、あの方を私達一般人が拘束なんてできませんわよ」
もし人違いだった時に大変なことになりかねない。
「そうだけどよぉ……」
悔しそうにそう呟きたくなる彼の気持ちは痛い程分かる。半年以上、各地で火竜を探し回っているのだ。しかも発見した後は第二王子を奪還しなければいけないという条件もついている。相当なストレスを強いられているのだろう。
「でもアルフレッド様はおそらく生きていらっしゃると思いますわ」
「そうなのか?」
「あの男性が火竜だとしたら……の話ですけどね?あの方の口ぶりでは、アルフレッド様にあることないこと吹き込まれたのではないか――と思いますわ」
私の言葉に安堵のため息がフレデリックの口から洩れる。
「そうか――。よかった」
意外な反応に私は首を傾げる。フレデリックもキースさんが王に即位することを望んでいるとばかり思っていたからだ。
「いやな、議会には『直ぐに救出します』なんて言っておきながら、この半年手掛かりすらなかっただろ?正直、焦っていた。せめて生きててくれれば陛下にも顔向けができる」
「陛下はご心配されているでしょうね……」
式典などの時に、父を通して声をかけていただいたことがある国王陛下。若い頃はさぞイケメンだっただろう整った顔立ちをしていた。そんなボンヤリとしたイメージしかないが、一人息子がいなくなっているのだ。心配しないわけはない。
「陛下はいい機会だって思っていらっしゃるみたいなんだ」
「いい機会?」
火竜に息子が誘拐されることが『いい機会』という言葉の意味が分からず思わず聞き返してしまう。
「アルフレッドの傲慢な考えを正してくれれば……と思っていらっしゃるんだよ」
「陛下も大変ですわね。アルフレッド様が火竜を使って王都の一部を崩壊させた手前、素直に安否を気にすることができないなんて」
「その点、王妃様は素直だぜ?毎日のようにギルドに『王子は?』『お前達何しているんだ!?』って激励をよこしてくださるんだから」
ウンザリとした表情を浮かべるフレデリックに、その要求は苛烈を極めているということがひしひしと伝わってくる。王妃の行動としては決して褒められたものではないが、おそらく母親の行動としてはごく自然なものに違いない。
「お時間があるようでしたら、温泉もご利用になられては?疲れがとれましてよ」
「ここの温泉な。冒険者の間でも評判だぜ。まぁ、ギルドでも盛大に宣伝してやっているからってのもあると思うけどな」
そう胸をはる彼の表情が少し明るくなったことに私は密かに安堵した。
それから二週間後、私の予想は的中し、あの赤毛の大男が再び村を訪れた。
「来ちゃいました」
以前より思いつめた風はないが、その笑顔に力はない。フレデリック同様、酷く疲れているといった様子だ。
「じゃあ、まず温泉からですわね。別料金ですがタオルもお貸ししていますし、替えの下着も販売しておりますのよ。終わったら酒場に来てくださいね」
簡単に書かれた村の地図を渡し、温泉に行くように指示をした。
「え?温泉?」
温泉に入る意味を理解しかねたのか不思議そうな表情を浮かべる大男に魔法のワードを囁く。
「今日の大浴場は牛乳風呂で美白効果が期待できますのよ」
「え?いくいく~~」
大男とは思えない程、軽快なステップで診療所を後にする。残されたイスラはその背中を奇妙な物を見るような目つきで見送る。
「あれはなんじゃ……」
「おそらく火竜ですわ。冒険者ギルドに一報入れますわね」
私はあらかじめ用意してあった手紙をフェンリルに渡す。
「これを冒険者ギルドまで持って行っていただけますか?」
お安い御用だと言わんばかりにフェンリルはコクリと頷くと疾風のごとく診療所を出て行った。
「前から思っていたが、グレイスはこの村の守り主を犬のように扱うのぉ」
その言葉に私は耳を疑う。
「守り主? フェンリルが!?」
あの日、少女が涙ながらに抗議した理由がようやく分かった気がした。
【追記】
6月15日3章44話『【キースのメモ】スープレシピ』を追記いたしました。
スープレシピをまとめました。特にエピソードに影響を与えるものではございませんが、お時間がある時にでもぜひ作ってみてください。
【御礼】
多数のブックマーク、評価をいただき本当にありがとうございます。




