男爵令嬢の頼みの綱は大聖女
「私はあんたに第一王子の攻略方法を教える。その代わりあんたはここで温泉を発掘する。どう?悪くない取引でしょ?」
そう持ち掛けられ、私は思わず唸る。
「私、温泉なんて発掘していません」
「隠しているようだけど、エマが街道沿いにできた温泉宿を宣伝している時点で、あんたが温泉見つけたのバレバレだから」
「違うんです。本当に沸いていたのを見つけただけなんです。もしこのお城で温泉を提供することをご希望されているようでしたら、一緒には探しますけど……。私が地面を掘ったら温泉が湧き出るというわけではないんです」
私の反論を聞くとティアナは、「はぁ――」とわざとらしいため息をつく。
「どうしてそうやって能力を独り占めするかな?あんたも私も仲間みたいなもんだよね。一人で儲けようなんて考えるなんてセコイわよ。どうせなら二人でハッピーになろうよ」
必死で説明したが、彼女の反応を見る限り決して伝わっていないようだ。確かに同じゲームをプレイし、同じ世界へ転生した人間同士、手を取り合って協力できれば素晴らしい。ただ私ができることは本当に限られているのだ。
「じゃあ、あんたは本当に『キース様』とのハッピーエンドを迎えられなくてもいいってわけ?」
無言でいる私に苛立ったのだろう、少し語気を強めてティアナはそう言う。その勢いはまるで私に掴みかからんばかりの勢いだ。おそらく社交界での立場もなくなり、この城ホテル経営が彼女の頼みの綱になっているのだろう。
「他の男と違って『ちょっと違った』程度では、攻略できないのがあんたの『キース様』なんだからね。本当に愛されたくないの?」
「私は――」
「私はちゃんとグレイスを愛していますよ」
ティアナと私の間に入り込むような形で現れたキースさんは、静かにそう告げた。
「ティアナ様のご心配、痛み入りますが……、無用の心配です。さ、グレイス行こう」
キースさんは私の肩を抱くようにして、その場を颯爽と立ち去ってくれた。
「どこまでお聞きになりましたの?」
私の部屋として当てられた部屋に入るやいなや、私は思わずキースさんにそう尋ねる。あまりにも必死過ぎたのかキースさんは少し困ったような表情を浮かべていた。
「そうだね――。温泉を発掘する代わりに俺の攻略方法を教えるってところかな?」
「全部聞かれていましたのね……」
肩を落とす私の頭をキースさんはポンポンと優しくなでてくれる。
「『攻略』という意味はちょっと分からないけど、俺はちゃんとグレイスのことを愛しているつもりだよ?」
そう言った彼の表情は優しい。今なら聞けるかもしれない……そんな期待が私の中で大きくなる。
「こ、こ……」
しかし、いざ口にしようと思うと緊張からなかなか言葉が出てこない。彼の口から決定的な何かを聞くのが怖いのだ。今のままでも十分幸せだ。彼の過去を知って、無意味に傷つく必要などない……とすら思えてくる。
その一方、ティアナの言葉が気になった。私はあくまでもゲーム上では『悪役令嬢』だ。決して攻略対象であるキースさんとハッピーエンドを迎えられるキャラクターではない。もしそれを望むならば、やはり『心に決めた人』について知らなければいけないのかもしれない。
「キース様の『心に決めた人』は、誰なのですか?」
ひと思いにそう言うと、キースさんは明らかに驚いたという表情を浮かべる。
「こ、心に決めた人?」
「えぇ、皆様が仰っていました。レオのお姉様にジゼル様も……。キース様には『心に決めた人』がいらっしゃるって」
私はギュッとキースさんの腕を掴み、その解答を待つ。だが肝心のキースさんは顔を真っ赤にして、サッと私から視線を反らした。
「キース様……?」
泣きそうになりながら私が問いかけると、視線を反らしたままキースさんは小さく
「グレイスのことだよ」
と呟いた。




