男爵令嬢からの挑戦状?!
「グレイス様、お聞きになりましたか?」
温泉の効果を知って以来、エマは数日に一回は温泉宿を訪れるようになっていた。今日も温泉宿からの帰り道に診療所に寄ったという。
「実は、ティアナ様も宿を始めたみたいなんです」
「ティアナ様というと、男爵家の領地へお戻りになられたのではなくて?」
「そうなんですよ!その男爵家の城を一般公開して、宿泊もさせているんです」
公爵令嬢の私からすると当たり前の施設だが、平民からしたら「一度は見てみたい」と思う気持ちも分からなくもない。ティアナも流石転生人といったところだろうか。確かにドイツなどの古城ホテルは日本人だけでなく非常に根強い人気を誇っている。
「一泊金貨十枚と決してお安くないんですが、それでも城に泊まれるってことで平民の富裕層を中心に人気を集めているんです」
どうやらこの口調だと、彼女は既に宿泊済みなのだろう。エマは最近ではセレブシングルマザーからインフルエンサーになりつつある。社交界に顔を出すことはないが、自宅で定期的に茶会などを開き情報収集や提供を行っている。
「妊娠偽装の件もございますから、王都では肩身が狭いのかもしれませんね」
「そうなんですよ。あれから社交界にも一度も顔を出していませんからね。それにホテルは儲かってはいるようなんですが、貴族の間では『金に目がくらんだ』『さすが男爵』ってバカにされているんです。多分、貴族相手の結婚は諦めたんでしょうね」
「何にしろ、ティアナ様がお幸せならばそれでいいですわ」
「でもグレイス様、その城ホテルに招待されているんです」
そう言ってエマはカバンの中から一通の手紙を取り出した。
「あら、まだお泊りになっていらっしゃらなかったの?」
「ええ、まだです。予約しようと思ったんですが、空いてないって断られまして」
少し苛立ったような表情を浮かべるエマ。おそらく金にものを言わせて予約をねじ込もうとしたが無理だったのだろう。それほど人気なのか……と唖然とさせられる。
「そしたら『グレイス様と婚約者の方々もご一緒に』って招待状が来たんです」
「婚約者の方々?」
「えっと……キース様、オリバー様、ディラン、ユアン様、フレデリック様のお名前がございます」
「キース様としか婚約していませんけど……。それに全員で一緒に行くなんて無理じゃなくて?」
火竜探索中のフレデリックは同行するなんて無理な話だろう。
「少なくともグレイス様とキース様がいれば、私もその城に泊まることができるんです。ディランはお父様から行くように指示させます」
なるほど、彼女が城ホテルに泊まる条件は私達を連れてくることだったから、予約が取れなかったのだろう。情報を発信する立場の人間として、おそらく何がなんでも泊まっておきたいに違いない。
「私、グレイス様のために頑張っていると思いませんか?お茶会を開く回数を増やして、ここの宣伝だって沢山しました。肌が綺麗になった、とどれだけ力説したことか……」
確かに彼女がこの温泉宿を訪れてから、温泉宿には日帰りの女性客が増えつつある。目的は食事であったり温泉であったりまちまちだが。
「これからも頑張ります。どれだけパンが美味しいか、ランチがいかに素晴らしいかを紹介します。だから、お願いです。連れて行ってください」
「皆様に確認して、行けそうな日にちをお伝えいたしますわね」
あまりの迫力に私は思わず、そう答えていた。




