異世界で二度目の挫折
物事とは全て上手くいくとは限らない……。
前世もその認識は強かったが、この異世界でもまた同じ感想を抱くこととなった。温泉宿が完成してから一ヶ月後、ディランと私は獣人の長老に呼び出されていた。
「思ったよりも客が来ないんじゃが……」
半ば睨まれるようにしながら、先月の売り上げを渡された。
・日帰り客:2000人
・宿泊客:100人
想像以上に宿泊客が少ない状態だ。さらに日帰り客も想定していた人数よりも少ない。おそらく一日を通して、ガラガラという日が多かったに違いない。
「これだと給料を払ったら、ほぼ赤字だな」
ディランは困ったという表情を浮かべて唸る。
「本来ならば、一日五時間で銀貨四枚を支払う予定だったが、全員分の給料を支払うために銀貨三枚に減らしてようやっと払えたわい」
時給八百円から六百円にまで減らしたのだろう。
「商品が売れればいい……というわけではないから難しいですわね」
「おいおい、全員で何そんなしけた面してんだ」
久々に聞く声に顔を上げると、そこには浅黒くなったフレデリックの姿があった。
「火竜を捜索中じゃ……」
「金だけもらって、そのままというわけにはいかないからな。定期的に報告に戻ってんだ」
そう言うと私達が囲むテーブルに当然といった様子で加わる。
「ギルドでディランが温泉宿開いたって聞いたから来てみたが――酷い顔してるな」
「酷い顔もしたくなるさ」
ディランは先月の売上表をフレデリックに渡す。言葉に出して説明するのも億劫といった様子だ。
「ん?二千人って凄いじゃねぇか」
「二十日間営業していて、二千人。一日百人しか来なかったってことだ。十時間営業して平均して一時間に十人……。宿泊客に関しては一日五人だ。想定していた人数よりも少なすぎる」
「まぁ、そりゃ――そうだろ」
フレデリックは当たり前だ、と言わんばかりに頭をかきながら周囲を見渡す。
「宿屋にしては色気がねぇ。客を見ていると商人の姿が多いが、奴らが一番金を落としそうな施設が皆無だ。そりゃ――無理してでも城内の宿屋に泊まるだろ」
確かに日本でもバブル期に賑わいを見せた温泉街では、コンパニオンを呼べたり宿周辺にスナックなどが密集していたりする。現在はファミリー向けに転向する温泉宿が多く、一時期と比べるとそういったブームは下火になっているが。
「あぁ……そうか。女か」
「私は、反対です!」
気付いた時には私は声を上げていた。
「そう言った職業があるのも存じておりますし、その仕事について否定するつもりもございません」
娼館などに一定の需要があるのは仕方ないと思うし、そのサービスと温泉街が結びつくビジネススタイルは効率がいいとは思う。
「ですが子ども達が胸を張って『温泉街』で働いている――と言える環境であるべきだと思っています」
だが積極的にその環境を整えたくなかった。魔物に変わり護衛として働くことができる獣人達にとって、仕事が決して必要というわけではない。本当に仕事を必要なのは、魔物に変わることができないこれからを生きる世代なのだ。
「ディラン様も仰っていたではないですか。『金』のためではないと」
「グレイスは真面目だな――」
半ば立ち上がりながら、そう力説した私をフレデリックに鼻で笑われ、思わずムッとする。
「そりゃ――娼館を持ってくるのが一番早いけどよ。酒場でいいんだ。酒場で若い姉ちゃんと話しながら酒を飲む。少し値は張るが旅であった嫌なこと、成功した自慢話、そんな話を姉ちゃんに聞いてもらう。そんな時間に男はお金を落とす」
フレデリックの仮説にディランはうんうん、と納得顔で頷いている。女の私には分からないサービス形態なのだろう。
「ですが風紀の乱れにつながるのでは……」
自分の言葉に力がないのは分かっていたが最後の反論として声を上げると、意外にもフレデリックは「確かにそうだ」と同意した。
「だから元締めが必要だな。その筋で働いたことがあって、従業員の姉ちゃんらにも『絶対性的サービスは提供しない』って徹底できる人間だ。あと客から強要された時に仲裁に入ってくれる強面も必要だ」
心当たりはないか、と問われ直ぐにある人物の姿が脳裏に浮かんだ。
リタ姉とレオ姉。
そしてコロだった。
【御礼】
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酒場……あれ方向性が?と思われるかもしれませんが、明日には『おばあちゃんの知恵』登場予定です。




