モフモフ温泉
「グレイスさ~~ん!こっち~~!!」
私達の少し先を歩いていたパウラ達が井戸の前で手を勢いよく振っている。獣人の生活環境を改善することを考えるよりも今は彼女達の歓迎を受けよう――と思った矢先、井戸の奥にある岩場から白い煙が立ち上がるのが見えた。
「あれ……何?」
『あぁ。湧き水だ』
コロは何でもないと言った様子だが、絶対におかしい。
湧き水から湯気が出ているとはどういうことだろうか。私は慌ててその場所に駆け寄る。地面の泥の中からお湯が滲みだしている状態だが、恐る恐る触れるとかなり温かいことが分かる。
「あ――グレイスさん、それダメだよ。温かいけど泥だらけになっちゃう」
湧き出ている量が少ないからか、全く生活に使用されていないようだ。しかしパウラ達のアドバイスを無視して私は近くにあった木の枝でお湯が湧き出てくる場所を軽く掘り起こす。
もしかしたら……。
もしかしたら……。
数回掘ると、先ほどまでチョロチョロと湧き出ていたお湯が、突然ドバっと小さな噴水のように噴き出してきた。泥だらけになりながら思わず笑顔があふれてしまう。
「これ、温泉だよ!!」
しかし残念ながら私の感動の言葉の意味は、コロにもパウラ達には伝わらなかったようだ。私の叫び声に井戸の側にいた住人らも集まってきたが、全員不思議そうに首を傾げるだけだった。
「確かに温泉ですね」
ユアンは試験管を見ながら感心したようにそう呟く。数日後、ユアンを連れて再び鍾乳洞を訪れていた。温泉といっても、そもそも入ることができない温泉も存在する。成分的に利用が可能かどうか専門家に確認してもらいたかったのだ。
「成分を調べました所、入浴に使用しても問題ありませんよ。でも、こんなに湯量が豊富なのに、なんで使用していないんですか?」
私が掘り起こした時よりも湧き水の勢いはさらに増しており、今では腰の位置までお湯が噴き出している。
「私が掘り起こすまでは、湧き水程度の湯量しかなかったからだと思いますわ」
「一人でそんなに掘ったんですか?」
ユアンは訝し気な表情を浮かべる。
「そんなことありませんわ。ちょっと木の枝で地面をつついただけでしてよ」
一人で温泉の掘削作業をした……と思われてはたまらないので、思わず弁解するがやはりユアンの表情は変わらない。
「まぁ、伝説では井戸を掘り起こしたり、枯れた滝をよみがえらせたりする大聖女がいますからね……」
「大聖女の力というより、ただ湧いていたものを見つけただけですわ」
伝説の大聖女と肩を並べられるレベルではない……と必死で否定する。本当にたまたま湧いていたのを見つけただけなのだ。
「で、どうすんだ?これ」
獣人達やユアンとは異なり、その存在価値に気付いているのだろう。ディランは満面の笑顔を浮かべて私に質問した。
「ここで温泉宿を開いたらどうでしょう?」
「いいねぇ――」
ユアンに温泉の調査を依頼した際、たまたま工場にいたディランは目を輝かせて「一緒に行く」と同行を申し出てくれた。おそらくその時点から彼の頭の中で私以上にビジネスプランが練り上げられていたに違いない。
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