死が二人を分かつまで
アルフレッドによって振り上げられた剣を受けたのは私の身体ではなく、背丈ほどある大剣だった。
「あっぶねぇ」
大剣の持ち主であるフレデリックは、まるで小さな虫を追い払うようにアルフレッドの剣をそのまま薙ぎ払う。
「今はこれしかないが飲ませろ」
そう言うと腰のバッグから小さな回復薬を私に投げる。初級回復薬だが、ないよりはましだ。おそらく火竜を捕獲するため、高級回復薬などは既に消費してしまっているのだろう。
「ありがとう!」
私は短くお礼を言い、受け取った回復薬をキースさんに飲ませた。先ほどまでは息も絶え絶えという様子だったが、回復薬のおかげで呼吸が少し楽になったようだ。
「グレイス……泣きすぎ……」
キースさんはそう言いながら血まみれの手で私の頬に触れる。
「だって……」
「笑って。俺は笑ったグレイスの顔が好きだ」
笑えるはずがない。このまま回復してくれる誰かがいなければきっと彼は息絶えてしまう。
「大丈夫……。本当はもっと早くこうしたかったから……」
「どういうことですの?」
頬に添えられたキースさんの手を思わず強く握ってしまう。
「誰かのものになる君なんて見たくなかった」
「ずっと一緒ですわ。もうすぐお医者様がいらっしゃいますもの。そしたら直ぐに治りますわ」
それは願望でしかなかったが、現実を伝えてしまうと私自身が泣き崩れてしまいそうだった。火竜がいなくなったこともあり、周囲にはワラワラと人が集まり始めている気配は感じられた。だが医者が登場する気配などない。
「俺では君を幸せになんてできないから。これでいいんだよ」
「なんで勝手に決めるの!!」
私は思わず叫んでいた。
「確かに私は何も持っていないし無力だけど――」
公爵邸を出てからそのことを痛感させられる毎日だった。『公爵令嬢』という立場に甘んじ何者にもなろうとしなかった。そんな私が『第二王子の妻』『医者の嫁』になりたかったのは、何者でもない自分を隠すためだった。それを診療所での生活が教えてくれた。
「それでも私は……誰かに幸せにしてもらわなくたって幸せになれる!! キースさんは居てくれるだけで幸せになれるのに。どうして勝手に決めるの」
激高した私を初めて見たのか、キースさんはやや驚いたような表情を浮かべる。
「絶対死なせない」
キースさんを握る手に力を込めて、顔を上げた。
「フレデリック様、冒険者のヒーラーはおりませんの?!」
アルフレッドを警戒しながら大剣を構えるフレデリックの背中に呼びかける。彼がここにいるならば、おそらくその仲間も一緒にいるに違いない。
「ここの住人を救助している!お前がやれ」
「でも私――」
「傷に手を当てて願え。娼婦の女を治しただろ!あれと同じだ」
娼婦の女……レオ姉のことだろうか、あれは最初から怪我などしていなかったはずだが……。
「いいから願え!このまんまじゃ、キースは死ぬぞ!!」
回復薬のおかげで会話もできていたが、キースさんの唇は紫になり顔面も蒼白だ。迷っている暇はないのかもしれない。
キースさんの傷に両手を当てるとヌルリとした血の感触が伝わり、全身に鳥肌が立つ。レオ姉の時とは比べ物にならない程、出血しているのだろう。
止まって!!!
目を閉じながら心の中でそう強く願うと、自分の手のひらが温かくなるのを感じた。キースさんの体温かと思ったが、それにしては高すぎる。ふと目を開くと私の手のひらを中心に薄い緑色の光が広がっている。回復魔法が使えている――そんな自信と共に
治って。
と再び強く願うと、その光はより濃厚になり傷口がふさがっていく。手を傷口に沿って動かすと、それだけで傷口は綺麗に回復していった。
「凄いな……」
自分の身体を確認しながら、キースさんは感動の言葉を口にする。
「内臓までいったと思ったんだけど……全然痛くない」
医者が大丈夫というのだから、おそらく大丈夫なのだろう。私は嬉しくなりキースさんに抱きついた。
「さすが大聖女だな。一瞬で治しやがった」
フレデリックは感心したように私達の方を見て笑う。
「大聖女……グレイスが大聖女なのか?」
その不穏な声に再び、その場に緊張感が張り詰める。アルフレッドはフラフラと私とキースさんの元へ歩み寄ってきた。




