火竜はイケメンがお好き
「グレイス!! 大丈夫か!?」
診察室から駆け上がってきたキースさんは、火竜を前に唖然としている私の肩をつかみ怪我がないか確認してくれる。どこにも怪我がないことが分かると小さく安堵の息をはいたが、少しすると再び険しい表情に戻り
「グレイスはエマと一緒にここにいてくれ。怪我人を連れてくるから」
と窓の外に視線を移す。
「私もご一緒いたします!」
回復薬を片手に診療所を飛び出そうとするキースさんの後を私は追う。
「危ないから――」
「大丈夫ですわ。キース様が一緒ですもの」
「――分かった。今度こそはぐれるなよ」
キースさんの『診療所でじっとしていてくれ』という気持ちは痛い程伝わったが、これだけの惨事だ。人手が一人でも欲しいのだろう。キースさんは私の手を引くと勢いよく診療所を後にした。
もし数ヶ月前の貧民街ならば逃まどう人で通路は溢れかえっていたのかもしれないが、平日の昼間ということもあり街にいる人はまばらだった。子供も含め、多くの人が工場で働くようになっているのだ。
「動けない人がいないか探そう!!」
キースさんに言われて、一つ一つの小屋を覗き込む。
「誰かいませんか――!」
叫びながら、救助を求める声を探していると遠くから
『痛い!痛いってば――』
という声が聞こえてくる。
「キースさん、あっちにいるみたいです」
私がさした方は火竜がいるあたりだ。おそらく火竜の到来により倒壊した家屋の下敷きになった人がいるに違いない。
「そっちは危ないって」
「大丈夫です。あんなに大きな火竜ですもの、私達のことなんて見えませんわ」
渋々と言った様子でついて来るキースさんを先導するように『痛い!』と言い続ける声の方へ向かった。
『痛いってのにっ!!』
その声の主を見た瞬間、私は大きな間違いを犯したことにようやく気付いた。
小屋をすり抜けてたどり着いた場所は、火竜そのものだったのだ。気付かれないうちに逃げようと無言で合図するキースさんだったが、私は大きく息を吸い
「痛いの?!!!」
と叫んだ。言葉が通じるならば、何らかの解決策があるに違いないと思ったのだ。そんな私をキースさんは慌てて隠そうと引き寄せるが、それよりも早く火竜が私達と視線が合うように首を勢いよく下ろした。
『あら、イケメン。ってあなた私のいうことが分かるの?』
やはりあの助けを求める声は、この火竜だったのだ。
「分かるわ。治してあげる。どこが痛いの?」
『あぁ~よかったぁ~。変な冒険者に大事な鱗を傷つけられちゃってね~~。見てよコレ~~!!』
そう言って火竜は軽く首を持ち上げる。
『ほら首の下。逆鱗が傷つけられちゃって、飛んで帰るにも帰れないのよ~~』
逆鱗にそんな効果があったことを初めて知るが、確かによく見てみると首下の部分だけ鱗が大きくえぐり取られている。その上には鎖が巻き付けられており、傷に当たっているため血がにじみ出ていた。おそらくこの傷を先ほどから『痛い』『痛い』と訴えていたのだろう。
「キースさん、ここの鱗の部分、治せますか?」
「あ……あぁ」
森の主と会った時のようにキースさんは唖然としていたが、傷口を指さすと慌てたように近づき、回復魔法を唱え始めた。
『いやぁ~~ん。イケメン!ラッキ~~』
火竜は視線だけをキースさんに向け、なにやら嬉しそうだ。キースさんの超絶イケメンぶりは、人間以外にも効果があるということに驚かされる。
「鎖がついているってことは、連れてこられたんですか?」
『そうなの!ちょっと聞いてよ~。私がね、沼地でのんびりしていたら冒険者達がいきなり襲ってきたのよ。もう繊細な私のハートはズタボロ!!』
おそらくフレデリックらの火竜討伐隊のことだろう。
「暴れていたんじゃないんですか?」
『なんで自分の家で暴れるのよ~~。そんなことするわけないでしょ!!』
冷静に考えれば、なぜ火竜が北の湿地で暴れなければいけなかったのか疑問になってきた。繁殖期、縄張り争い……何にしろ王都を攻撃するために荒ぶっていたわけではないようだ。
『で、逆鱗を攻撃されてね、捕まっちゃったの。本当は逃げられたんだけど、一番偉そうな男子がイケメンだったから、とりあえずついて行こうかな~~って。一回王都にも来てみたかったしね』
獰猛なイメージの火竜だったが、この数分間でそのイメージは大きく変わる。少なくともこの火竜はイケメン好きの乙女なようだ。
『そしたら城壁の前で別のイケメンが私のこといきなり攻撃するじゃない!! ビックリして暴れちゃったのよ。ごめんなさいね~~』
「そうだったのね。でも、もう大丈夫よ。傷も癒えるし帰れるわ」
『そうする~~。もう王都はコリゴリ!ねぇ、この人連れて帰っちゃだめぇ?』
そう言って火竜は視線をキースさんに向けるが、私達の会話が聞こえていないのか火竜の不穏な提案を無視して黙々と回復魔法をかけている。
「ダメよ。この人は私の婚約者なんだから」
『う~~ん、ケチぃ。北の湿地ってねぇ、むさくるしい冒険者ぐらいしか来ないのよ~~。年頃だし、そろそろ洗練されたイケメン旦那様を見つけようと思ってきたんだけどなぁ~~。知り合いのイケメン、紹介してよぉ~~?』
火竜と人間は結婚できるのだろうか……そんな根本的な疑問が思い浮かんだが、勿論口にしない。そんな気まずい雰囲気を察したのか、キースさんが火竜から離れて私の元へ駆け寄ってきた。
「火竜を回復するのは初めてだから回復できたか分からないんだけど……」
そう言われて火竜の喉元を見てみると、先ほどまであった傷は綺麗に消えてなくなっている。
「キース様、ありがとうございます。火竜さん、飛べそうですか?」
『やだぁ~~飛べる飛べるぅ~~。本当にありがとうね~~』
火竜は嬉しそうに翼をバタバタと動かすと、そのまま勢いよく空へと飛び立った。あまりの勢いに爆風がまきおこりキースさんと私は吹き飛ばされた程だ。
火竜の姿が空のかなたに消えるのを確認しようやく安堵の息をつくと、私の直ぐ隣でも同じようなため息が聞こえてきた。思わずキースさんと顔を見合わせ笑ってしまう。
そんな和やかな雰囲気を
「またお前なのか!!」
という怒鳴り声が打ち壊した。
その声の主は卒業パーティー以来、初めて会うアルフレッドのものだった。




