罪と罰と火竜
「ティアナ様がついに地方にお戻りになられたんですって!!」
満面の笑みで報告するのはエマだ。
ティアナは元々地方の男爵令嬢という設定。ゲームでは学園に通うために王都に来て、卒業と共に王子と婚約しそのまま王宮で生活し続ける。ところが私が前世の記憶を取り戻したために、婚約は延期となってしまい王宮での生活がかなわなくなった。そのため王都内の男爵家別邸で生活していたようだが、今回の偽装妊娠発覚により男爵が慌てて自治領へ彼女を連れ戻したのだという。
「でも偽装妊娠が発覚して大事になりませんでしたの?」
「そうなんですよ!! 下手をすれば国家反逆罪で死刑にだってなりえる状況ですからね。だから表向きは流産したということにして、静養のために自治領へ戻る――と触れ回っているみたいです」
そういって意地の悪い笑顔を浮かべる彼女は、おそらくあちらこちらで先日の出来事を触れ回っているに違いない。
「あまり言いふらしてはだめよ」
私が軽くたしなめると、エマはムキになって否定する。
「グレイス様、それでは私が好き好んであの事件を触れ回っているようではありませんか!」
「あら、ごめんなさい。でも違うのかしら?」
そういう話、大好きじゃん……と思うが、勿論口にしない。一連の偽装妊娠騒動により、エマの表情はこれまでに見たことがない程、生き生きとしているようにも見える。エマが現代日本に生まれていたら女性週刊誌とワイドショー、『ガールズちゃんねる』をこよなく愛する主婦になっただろう。
「グレイス様のためにしているんですよ?」
「私の?」
「ええ。最初、ティアナ様はグレイス様に苛められて流産したとアルフレッド様に泣きついたんです」
あの女のことだからやりかねない。というより偽装妊娠を隠すためには、それしか手段がなかったのだろう。
「激怒したアルフレッド様は、グレイス様を死刑にすると大暴れなさったんです」
もしティアナの言い分が真実ならば、死刑とはいかなくても何らかの罰を与えられても仕方ないかもしれない。
「そこで、私の噂が役に立ったんですよ。ティアナ様は流産と主張されていますが、王宮内では『偽装妊娠』説が濃厚になりアルフレッド様も強く出られなくなったんです。まぁ、私個人というよりディランも画策してくれたみたいなんですけどね」
「でも、そんなに簡単に『偽装妊娠』が認められるということは、王宮内でもかなりティアナ様は嫌われていたんですのね」
噂話が先行することは王宮内では多々あるが、実際にその噂を受けて自治領へ戻るぐらいだから相当な反響があったのだろう。
「ティアナ様は卒業後から『王妃になれる』って、それはもう横暴なふるまいでしたからね。少なからず彼女……男爵家の没落を願う声は少なくなかったんじゃないですかね」
『王妃教育』を受けない人間が王の妻となるとこのような弊害がでるんだな……と改めて認識された。さらに『男爵令嬢』という立場が反感を買う理由にもなったのだろう。『公爵令嬢』の私が婚約者になるならば「順当な結果」と多くの人は納得するが、男爵家ではそうはいかないはずだ。
「あとはグレイス様が王宮に戻るだけですね!」
「そのことなんだけど――」
私が王宮に戻るつもりも戻りたいという意思もないことを改めて伝えようとした時、窓の外から聞いたことがない爆音が響き、自宅が大きく揺れた。
「地震?」
慌てて机の下に隠れようとしたが、揺れは小刻みに続き地震のそれと大きく異なっていた。さらに少しすると耳に届く爆音が、爆発音ではなく何かの生き物の声であることにも気付かされる。
慌てて窓に駆け寄ると、茶色い屋根が並ぶ街並みは無残にも火の海になっていた。
「何ですか……あれ」
私にしがみつくようにして、そう言ったエマの言葉に私は無言で同意する。私の目の前には真っ赤な鱗を身にまとった巨大な火竜がいたからだ。




