向こう岸で語られる婚約騒動
「グレイス様、ご存知ですか?」
午後の紅茶を前にエマはそう言って喜々と顔を輝かせた。今日は娘の調子は良いらしく、乳母に預けてエマだけで遊びに来ている。
「ごめんなさい。何の話かしら?」
「第二王子の婚約の件ですよ!!」
ティアナ男爵令嬢と結婚したいために、私と婚約破棄した第二王子。テレビもネットも週刊誌もないこの世界の貧民街で暮らす私に、そんな華やかな情報は入ってこない。
情報通なディランや騎士団で働いているオリバーがいるので、耳に入れようと思えば情報を得ることができるのかもしれないが、彼らは努めてその話をしないでくれている。
「なんでも王室全体が、ティアナ様とのご婚約を反対されているんですって」
「私と婚約破棄してから数ヶ月が経ちますが……まだ婚約もされていなかったんですの?」
「そうなんです。当初は王妃様がご婚約に賛成されていたんですが、ゴドウィン公爵を中心とした前王派が反対に回られたみたいなんです」
「お父様が?」
エマは聞いてくれと言わんばかりに深く頷く。前王の弟である父は、貴族の派閥・前王派を代表する存在でもある。王宮では、かなりの権力を持っていたが、私が止めたこともあり婚約破棄に関して特別大きな動きをしていなかった。
「これまで現国王派との橋渡し的役割を担っていたゴドウィン公爵が、反旗を翻した……と社交界では噂になっているんです。やはり第二王子が一方的に婚約破棄されたことが腹に据えかねていらっしゃったのですね」
「お父様らしくない……」
生粋の貴族でありながら、わが父は直情型の人間だ。本来ならば婚約破棄されたと聞いて、直ぐに国王に直訴し手打ちに合うような人物でもある。誰に入れ知恵をされたのだろうか……。
「元々、王妃様も男爵家出身でしょ?第二王子婚約騒動の件で国王夫妻に対する風当たりも強くなっているんです」
そのスキャンダルが、この上なく楽しい事実であるかのように語るエマ。セレブシングルマザー生活は意外に暇なのだろう。
「でも私にはもう関係ないお話ですわ」
私は静かに紅茶をすすりながら彼女の話を聞き流すが、エマは引き下がろうとしない。
「関係ないなら、こんなお話、わざわざ致しません!実はグレイス様と第二王子の再婚約の話が出ている――という噂もあるんです」
飲んでいた紅茶を吹き出しそうになるのを堪えるので精いっぱいだ。
「他にも有力な貴族出身の娘はおりますでしょ」
「それが国外在住の第一王子とグレイス様のご婚約をゴドウィン公爵が画策している……ともいわれています」
「第一王子?! 見たこともありませんわ」
幼いころから国外で留学生活を送っているという第一王子。学校を卒業後も国外での生活を選んでおり、社交界はおろか国の正式な式典にすらその姿を見せたことはない。
「本来ならば前王の面子を保つために養子として迎え入れられた第一王子ですが、公爵家と手を結べば本格的に王位を継承できる――という見立てもあるようなんです。それを阻止するために第二王子とグレイス様の再婚約の話が出てきたんですよ」
「エマ……。寝言はおよしになって?」
私はそう言って、芸能人の結婚記者会見のように、高らかに左手の指輪をエマに見せる。
「私はキース様と婚約しておりますの。存在するかも怪しい第一王子様となんか婚約できませんわよ」
「でも――」
と反論するエマを右手で制止する。
「エマが先ほどからされているお話は全て『だろう』『噂』『ようなんです』と推測の域を出ませんわ」
情報が限られているこの世界、推測だけが独り歩きしてしまうのは仕方ないことかもしれないが、巻き込まれる身としてはとんでもない。正直、今は診療所のことが大切で国王が誰になろうが知ったことではない。第一王子であろうが第二王子であろうが、彼らは決して貧民街に手を差し伸べてくれないのだから。
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