アップルキャロットケーキ~モフモフを攻略!~
ユアンの依頼を受けて森に入り、三十分も歩いた頃だろう。フレデリックが何かを警戒するようにスラリと背中に背負った大剣を抜く。
「来るぞ」
彼の視線の先には緑の木々しかないが、おそらく何かがいるのだろう。それに倣うようにオリバーも剣を抜き、ユアンは何か呪文を唱えている。
『おうおうおう、懲りずに今日も来やがったか』
そんな威嚇するような唸り声と共に出て来たのは、灰色の大きな犬だった。あれ……この犬、どこかで見たような……って、前世うちで飼っていたコロじゃない!
ハスキーと何かの雑種で、あまりにも大きすぎるということで裏山に捨てられていたのをおばあちゃんが保護して飼い始めたのだ。狼に似た雑種ということで、食べるし運動は必要ととにかく飼育は大変だったが、非常に可愛く懐いていた。しかしコロは私が大学に入る前に忽然と姿を消してしまったのだ。
「コロ!!」
おそらく私と同じように転生してしまったのだろう。私はフレデリック達の脇をすり抜けるようにしてコロに駆け寄り、抱き着いた。
『お、お、おい?!』
「コロでしょ?会いたかった~。急に居なくなっちゃうんだもん。こんな所にいたのね」
顎の下から首にかけてコロが大好きだった場所を思いっきり撫でると、微妙な表情をコロは浮かべる。
『俺はコロじゃない』
「嘘。コロよ。ほら、こうやって撫でられるの大好きだったでしょ?」
今度は耳の後ろの付け根部分を掻くようにして撫でると気持ちよさそうに目を細める。ほら、やっぱりコロだ。コロが力を抜いたので、その大きな体に身体を思いっきり埋める。そう!このモフモフが大好きだった。
「コロ~~~」
私がモフモフを堪能していると、コロは困ったように遠吠えをする。
「こら!意味もなく鳴いちゃダメって言ったでしょ!」
『だから、俺はコロじゃないって……』
何故かコロと会話ができるが、やはり異世界だからだろう。きっと私のように転生犬は人間の言葉をしゃべれるのかもしれない……と勝手に納得していると、頭の上でバサバサと何かが舞い降りてくるのを感じた。
『クリムゾン様~~~!』
空から舞い降りてきた一角獣に泣きつくようにしてそう言ったコロをクリムゾンはフフっと鼻で笑う。
『グレイス。また会いに来てくれたか』
「先日は、シャモンドについて教えていただきありがとうございました」
私は最初に会った時のように丁寧なお辞儀をする。
『俺とだいぶ態度が違うじゃねぇか……』
そう文句を言うコロを「シッ」と叱りつける。コロと話せたらいいな……とかつては思っていたが、意外に言語が分かるとうるさく感じるのかもしれない。
「本日はお礼とお詫びに参りました」
『お詫びじゃと?』
「はい、先日、私がシャモンドをクリムゾン様からいただいたことを知人に明かしました」
『なるほど、それで大勢やってきたのじゃな』
「お騒がせし大変申し訳ございませんでした」
『よいよい。そなたら人間が何人襲ってこようとも、ベリス達にはかなわんだろ』
クリムゾンはそう言って、コロに視線を向ける。なるほど……ここでは、コロは“ベリス”と呼ばれているから、先ほどからコロであることを否定しているのだろう。
「お詫びと言っては何ですが、よろしければこちらのケーキを召し上がってくださいませ」
私はそう言って、腕にかけていたカゴの中からオレンジ色をしたカップケーキを差し出す。
『あぁ……人間は単純じゃの……。馬からニンジンと連想したのじゃろうが、そもそもわしは一角獣じゃ。そして馬もニンジンはさほど好きとは聞いてないぞ』
「ニンジンよりも甘いものがお好きと伺いましたので、リンゴを一緒に練りこんであります。お体のことも考えて甘さは控えめですが、素材本来の甘さをお楽しみいただけると思いますわ」
一角獣≒馬=ニンジン
という簡単な図式を思い描いて用意しようとしたのだが、オリバーが「馬はニンジンよりも甘い果物の方が好きだ」と教えてくれたので、急遽リンゴを加えたのだ。
『まぁ、お前が言うなら食ってやらんでもない』
クリムゾンは差し出したカップケーキをペロリと一口で食べる。
『ほう。ニンジンの臭みが消えており美味いのぅ』
「お気に召していただけたようで何よりです。お口に合うようでしたら、たくさんございますのでご遠慮なさらないでくださいませね」
両手にカップケーキを取り出すと、嬉しそうにクリムゾンはそれらをペロリと平らげた。ここの食生活は、なかなか劣悪なのかもしれない。みんなで森でお茶をしようと作ってきた十個のカップケーキをクリムゾンが一匹で全部食べてしまった。
『久しぶりに美味いものを食った。カゴが空になったようなので、シャモンドを摘んで帰るとよい』
クリムゾンは、ついてこい、と言わんばかりにゆっくりと森の奥へ向かって進んでいく。お礼を言ってクリムゾンの後に続いた私に、ついてきたのはユアンだけだった。当然ついて来るものかと思っていたが、フレデリック達は唖然としたまま動こうとしなかった。
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