【番外編】王家の秘密《後編》
すでに国王としての仕事を始めているキースさんを訪ねるのは、手続きが必要らしくとても大変だったがいざ訪れてみると、来たかいがあった。書類に真剣に目を通し、時折、何かを書き込んだりサインをするキースさんの横顔を見れたのだから。
診療所でも似たような横顔を見ることはあったが、場所が執務室となると趣が異なるから不思議だ。
「入口で立ち止まって、どうしたの?入っておいでよ」
そんな私に気付いたのか、書類に目を落としたままキースさんはそう言って手招きする。
「お仕事中、失礼いたします。どうしてもお話したいことがございまして……」
「診療所で何か問題でも?」
鍾乳洞の診療所は新たに神官学校から派遣された医師がその任を引き継いだ。獣人相手の仕事ということもあり、戸惑っているようだが上手くやっているようだ。
「キース様……驚かないで聞いてくださいませね」
キースさんの所に行き、私はこっそりと耳打ちをした。
「改まってどうかしたの?」
「大変な事実が発覚したんです」
「大変な?」
私は大きく頷いて昨日、エマから聞いた『異母兄妹』説を手短に説明することにした。
「凄い話だな。どうせエマの話だろ?」
キースさんは私のように驚いた表情は見せず、淡々と事務作業を続ける。
「驚かれませんの?」
「そうだな……。そういう話ってよく聞くからね」
確かに前国王エドガー様が即位された時点で、キース様の血筋を疑う声も少なくなかったという。
「王家の人間は魔力を有さない人間が多いんだ。姉の一人は全く魔力が使えなかったって聞いている。でも俺は普通に医者として仕事ができるレベルに魔法が使えるだろ?やっぱり父親が違うんじゃないかって話はよく耳にしたよ」
おそらく第一王子ではなく公爵家の執事の息子として育ってきた彼にはダイレクトに、そんな噂が耳に届いてきていたのだろう。途端に申し訳なさがこみあげてくる。『異母兄妹』説を信じるということは、彼の出自を疑うことになるのだ。
「でも――本当にグレイスが妹だったら困るな……」
おもむろに羽ペンを机に置くと、身体を伸ばしながらキースさんは困ったような表情を見せる。
「まぁ、このまま母上を放っておくわけにもいかないしね。ちゃんと話をしようと思っていたし――。もう一度、離宮に行ってみる?」
「お、お願いいたしますわ」
もし『異母兄妹』であることが判明したならば、彼とは別の道を歩まなければいけない事実にようやく気づいた。自分が蒔いた種とはいえ、その『離宮に行く日』が怖くなってきた。
離宮へ行くと、各部屋で荷物をまとめる作業が行われていた。王宮へ移る準備をしているのだろう。
「オースティン、どうしましたの?」
キースさんを機嫌よく迎えたシシリア様だが、その背後に私がいると明らかにムッとした表情を見せる。
「グレイス嬢も一緒……ですのね」
「母上、そのことでお聞きしたいことがございまして――」
「よろしくてよ。で?何ですの?」
シシリア様は苛立った様子で椅子に座ると、形だけ私にも座るよう手で椅子を差してくださった。ただキースさんも立ったままなので、私もそれに倣う。
「母上がグレイスとの結婚を反対されるのは、私達が兄妹だからなのでしょうか?」
「藪から棒になんですか」
キースさんの言葉をシシリア様は一笑に付す。
「風の噂で聞きました。母上はゴドウィン公爵と恋仲にあり、その間にできたのが私であると――」
「誰ですの!! そんな不敬なことを口にするものがいるとは!!」
シシリア様の顔が一瞬にして赤黒く変化する。怒りを通り越してパニックになっているようでもあった。
「では、なぜそこまでグレイスを目の敵にされるのです。母上の態度はその噂を肯定するようなものでございますよ」
ゆっくりと諭すようにキースさんにそう言われ、シシリア様はグググっと小さく唸る。返す言葉がないのだろう。
「ゴドウィン公爵は……あの者は、言葉巧みに私からそなたを引き離しました。そして気付いた時には新国王一派に寝がえり、私達を離宮へ追いやった人物でございます」
「しかしそれは私を守るため――」
キースさんの反論にシシリア様は大きく息を吐いて首を横に振る。
「分かっています。分かっているのですが……ここで生活しながら、その心を支えるためには誰かを恨まずにはいられなかったのです……」
離宮は豪華絢爛な造りだが、王都から少し離れた場所にあり華やかさに欠けるといわれればそうだろう。
「実はね――、婚約者を探すために有力貴族へ連絡したんですが、見事に全員から断られてしまったのよ。ゴドウィン公爵を敵に回したくないってね」
自嘲気味に笑うシシリア様の横顔は戦いに敗れた兵士のようでもあった。
「王宮に戻れば……王妃であったあの頃のように戻れると思っていましたが、少しばかり認識が甘かったようですわね」
シシリア様はゆっくりと立ち上がり、私の方へと近づかれる。
「グレイス様、今までの非礼申し訳ございませんでした。どうぞ、息子ともどもよろしくお願い申し上げます」
そう言って優雅に礼をされるシシリア様は、母が言うように王妃の貫禄があった。
「結婚を認めてもらえて本当によかったですね」
公爵邸の私の部屋でお茶をしながらエマとティアナに先日のシシリア様との会話を報告した。
「でも、ゴドウィン公爵はなんだってシシリア様の所に行かれていたんだろう?」
ティアナの疑問に私は同意するように深く頷いた。それは私の中でも大きな疑問だった。
「私も気になっておりましたので、シシリア様に伺いましたわ」
私の言葉に二人が少し前のめりになるのが分かった。
「なんでも別邸周辺にしか生えない変わった花があり、それを父は摘んで母へ贈っていたみたいなんです。そのために別邸に定期的に通っていたのだとか」
期待外れの答えだったのだろう。二人は、明らかに落胆した様子で「えーー」とつぶやいた。そんな二人の落胆ぶりが面白く思わず微笑んでしまう。
確かに父とシシリア様が恋仲で、私とキースさんが兄妹である方が面白いかもしれないが、現実問題はそんなエッセンスは不幸しか呼ばない。そう……こんな昼下がりのお茶会のような時間が何よりも大切であることを今回改めて気付かされたのだった。