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異世界の『王妃』の朝は早い

 異世界の『王妃』の朝は早い。その日、グレイスは朝五時には起床し、メイド達に囲まれ髪を結いあげて貰いながら化粧、ネイルケアを同時に施術されていた。


――医者の嫁時代と変わらず、朝は早いんですね――


「えぇ午前中にエマが開くお茶会に参加して、午後からは貧民街に新たに建設した工場の視察がありますの。夜には森の温泉街にやはり設立した病院のオープンセレモニーにも出席予定で……。診療所で働いていた時と違って身なりを整えるのも相手への礼儀になりますからね」


 グレイスはそう言いながらも小さくため息を漏らす。


――どうされましたか?――


「懐かしくなってしまいましたの。診療所の生活は本当に大変でしたけど、殿下と二人だけの時間は本当に楽しかったんですのよ」


――陛下が国王に即位されてから半年になりますね――


「えぇ、つい昨日のように思い出されますわ。あの日は――」


「君は嫌なことがあるとその『情熱なんちゃらごっこ』をするのか?」


 突然かけられたキース……いや国王の言葉に、周囲にいたメイドたちは作業を止め、慌てて跪く。


「君達も付き合わなくていいんだからね」


 国王に微笑みながらそう言われ、インタビュワー役を務めていたメイドが顔を真っ赤にして俯く。輝くばかりのイケメンで国王だ。言葉を交わしただけで顔が赤くなるのも分からなくもない。


「陛下。早朝にどうされましたの?」


私は気を取り直して突然の来訪の理由について質問する。


「王妃様の時間を頂きに参りました」


 仰々しく手を差し出されて私は苦笑しながら、彼と一緒に部屋から続く中庭に出た。ここならば化粧が途中でも誰にも見とがめられないだろう。そんなことを考えながら朝露に濡れた緑の香りを胸いっぱいに吸い込む。


「お声をかけてくださればよかったのに」


「君との時間を作りたいって頼んだら、朝の時間しかないって秘書官に言われてね。俺もだけど大分君も忙しいんだね」


 笑顔で頷き彼の言葉を肯定する。王妃教育を受けていたから分かっていたことだが、王妃になってからの方が診療所で働いていた時よりも忙しい。公務に貴族との付き合いだけでなく、王宮の管理も王妃の仕事の一部だ。

 彼と二人だけの時間を過ごしたのは何時ぶりだろうか……。


「でもどうされましたの?急に」


「昨夜、例の囚人が何者かによって解放されたみたいなんだ」


『例の囚人』という単語を口にしたキースさんは先ほどまでの穏やかな表情とは一変していた。彼の名前を出すことを憚られるのは彼が本来ならば生きていてはいけない存在だからだ。


 クーデターを目論んだことを理由に投獄された第二王子であるアルフレッド。二ヶ月前、政治的混乱を避けるために「獄中で病死した」と発表されたが、実際は王宮の地下牢に未だに繋がれていた。


「誰かが手引きしましたの?」


「分からない。ただ牢番の話によると灼熱の炎のような赤い髪をした少女が目撃されているんだ」


「赤髪の少女……?」


 全く心当たりがないが、何か嬉しそうにキースさんはニコニコしている。


「その後、北の空に火竜が飛ぶ姿が確認されている」


「まさか……」


「多分、オリヴィアじゃないかな」


 それは非常に楽観的観測だったが、今の私が一番聞きたい言葉だったかもしれない。中庭から見える小さな赤みがかった空を見上げながら、そこに見えないはずのオリヴィアの姿を想い涙があふれそうになる。


「ねぇ、後悔していない?」


 その言葉と共に肩を抱かれて私は視線を空からキースさんへ戻す。


「後悔……ですか?」


「生活はぎりぎりだったけど、君は診療所にいた時の方が活き活きしている気がする」


 確かにその通りだ。公務が嫌なわけでもないが、私は慣例に従った節度のある行動と笑顔しか求められない。診療所では大活躍していた『おばあちゃんの知恵』も全く使う機会は存在しない。家事も洗濯も全部メイドらがしてくれるから当然といえば当然だ。


「私が嫁ぐつもりだったのは『医者の嫁』でしたわね」


『医者の嫁になってしまえ』という父の言葉を鵜呑みにして、キースさんに逆プロポーズした日が遠い過去のような気がする。そして最終的に私は『医者の嫁』になれずに終わってしまったようだ。王妃という誰もが望む立場にありながら、何故か私の心は寂しさであふれている気がした。


「俺は子供の時、病弱だった君のために医者になろうって決意したんだ。そして君が幸せになるためならば、何でもするって決めていた。だから教えて欲しい」


 そう言ってキースさんは私の手を取る。その力が妙に強く思わずドキリとさせられてしまう。


「君が望む未来を教えて欲しい」


「陛下の……」


 陛下の隣にいること……といいかけて言葉が詰まる。何時からだろう。キースさんの隣にいるだけでは物足りなくなってしまっている自分がいることに気付いていた。


「私は……」


 この言葉を口にしていいのだろうか。そう迷いながら視線を上げると優し気なキースさんの笑顔にぶつかる。何故か何でも言っていいと思わされる安心感がそこにあった。私はゴクリと唾を飲み込んでから、ゆっくりと口を開く。


「私は『医者の嫁』になりとうございます」


 その言葉を合図にするかのように、キースさんが大きく手を振る。彼の視線の先にある空を見上げると巨大な黒竜が迫ってきているのが見えた。


第107話「異世界の『王妃』の朝は早い」にて、第二部完結です。


第一部同様、25日間(第一部から合わせると50日間)、長いような短いような気もしますが、毎日更新できましたのも皆さまの温かい声援があったからでございます。


つたない文章にも関わらず多数の感想、評価、ブックマーク本当にありがとうございます。

改めて御礼申し上げます。


ひとまず完結といたしましたが、第三部『冒険者養成所編』か新作連載をスタートさせようかと迷っております。どちらにせよストックが非常に少ない状態ですので、数日お休みさせていただきたいと思います。


第三部(もしくは次回作)もお付き合いいただけますと、大変嬉しゅうございます。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。


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