父、来る
その仰々しいまでの手紙を受け取ったのは、新診療所が完成する一週間前のことだった。森の診療所には似つかわしくない程、煌びやかで重厚な重みがある。こんな手紙を受け取るのは何時ぶりだろうか。
「お父様からのお手紙?」
「最近は、ここの診療所の仕事で忙しいから、公爵家への定期往診はリュカに任せていただろ?そしたら手紙をいただいたんだ」
確かに手紙の宛名はキースさんになっている。
「拝見してもよろしいのでしょうか?」
「うん。グレイスが見ることも前提になっていると思うからね……」
許可をもらい取り出した手紙には要約すると
・娘がお世話になっています。
・獣人を相手にした診療所は人気を集めていると伺いました。
・温泉宿もあるらしく是非、一度遊びに行かせていただけないでしょうか?
と書いてある。
「まぁ、お父様、いらっしゃりますの?」
「新しい診療所ができるからね。それに合わせてご招待したらいいと思わない?」
「ええ。診療所を見たら父もきっと安心すると思いますわ」
未だにアルフレッドの行方が分からずキースさんとの婚約を公表するに至っていないが、いざという時に安心して結婚を認めてもらえるように準備はしておくべきだろう。
それから二週間後、温泉街の入口で父を出迎えた時、手紙の本当の意味がようやく分かった。訪れたのは父だけでなく、貴族が数名、職員が十数名、神官も十数名集まっていた。
「お、お父様、これはどういうことで……」
「いやね。獣人の村があるって話したら、同行したいっていう人が次から次に増えてね……なんか調査団みたいになっちゃったんだよ」
困ったような笑顔を浮かべているが、これはいわゆる『不法滞在者一斉摘発』というやつではないだろうか。
「お父様、ここの獣人の方々は皆さま市民権がない方達ばかりですが、公式に訪問されて大丈夫なのでしょうか?」
他の人に聞かれないようにコッソリと耳打ちをすると父は豪快に笑った。
「大丈夫。これだけ獣人や魔物が大量にいては、簡単には追い出せないからな。そんな手間も暇も国はかけんよ」
確かにもし強制退去を命じられたとしても、ここの住人が素直に退去するとは思えない。武器を持っているというわけではないが、魔物に変身した獣人はその存在だけで脅威ともいえる。下手をするとプチ戦争状態になり、死傷者が出る可能性も高いだろう。
「というわけで村長殿に挨拶させていただけないか」
父親の個人的な訪問と思っていたので特に村長を呼び出さなかったが、これだけの人間が集まるとなると話は別だ。
「少々お待ちくださいね。直ぐにお呼びして参りますわ」
そう言って立ち去ろうとした時、父の背後にどこかで見たことがあるような中年男性の姿が目に飛び込んできた。フードを目深にかぶっているが、金髪に整った鼻に口……中年男性だが絶対イケメンだ。
ただその時は、その人物の顔を私の記憶の中にある人物名リストに照合するよりも、村長を呼びに行くことの方が優先されるべきことのように思えた。そのため一瞬視界に入った中年男性の面影は少しすると私の記憶の中から消えてしまった。
村長に父の来訪を伝えると笑顔で歓迎し、父を先頭に大行列が作られ村の中を視察することになった。温泉宿、砂風呂、酒場、鍾乳洞テラスのカフェと一通り案内し終わると、最後に診療所にたどり着いた。
「ここが、キース様とグレイス様の新しい診療所でございます」
そう言って案内された診療所に父は「なるほど」と頷く。
「随分、立派な診療所じゃないか。もっと小さな小屋を想像していたぞ」
「この村には医療施設がありませんでしたので――」
という村長の苦労話が始まったので、キースさんの姿を探してみると、父を中心とした一団から少し離れた場所で先ほどの中年男性と小声で話し込んでいた。
あの男性はキースさんの知り合いなのだろう。
キースさんは何やら恐縮した様子で、中年男性に何かを説明している。本当にどこかで見たことがあるような、ないような……。
「せっかくだから温泉とやらに入らせてもらい、みなで一杯いただこうかな」
父にそう声をかけられ再び人物名照会作業は中断される。
「かしこまりましたわ。これだけの人数ですから、鍾乳洞のテラスに軽食の用意をさせていただきますわ」
これだけの人数が来るならばあらかじめて言って欲しかった。どうせならば夕食まで用意してガッツリと料金を取れたのに……と思った瞬間、部屋の外から轟音が聞こえてきた。その音は半年前に聞いたあの火竜の轟音と酷似していた。
【御礼】
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次回から最終章に入ります。