第2話 廃墟にて
とある2階建ての廃墟に人がうろついているという噂が流れた。
その廃墟のある場所は田舎で家もまばらにあるという程の田舎であった。田舎過ぎるがゆえに誰もが、泥棒か不法入居者だろうと思っていた。
最近、目撃者が多くなり、警察もようやく動き出し調査を始めるが、数日たっても、解決できない。当然、家の中に入り隈なく探しもしたが、生活した後なども一切なく、見張りをしていても出入りする人間すらいなかった。見間違いだろうという事になり、操作は打ち切られた。
しかし、警察が来ている間、全くと言って良い程に何事もなかった為、町の人達は警察に恐れて逃げたのだと思っていたのだが、打ち切りと同時に再び目撃者が現れ始めた。
廃墟の中に微かな灯りが付き、耳を澄ますと物音も聞こえると言うのだ。
夜中にも関わらず廃墟から料理の音という者もおり、煙も廃墟から出ていたのを見たという人もいる。
廃墟の庭からで廃墟の中に入る人影を見たと言う人もいる。目撃したのは女性で捕まえるといった勇気もなく、早々とその場を立ち去ったと言う。
そんな噂の中、1人の男が調査に乗り出した。
警察が動いていないと分かっているのなら見張っていても何かしらの動きをするだろう。
男は、良く目撃される時間帯、夕方、部活帰りの日が沈む時間を中心に見張りを始めた。
近くの家に入らせてもらい、双眼鏡でその廃墟の家を見続けていた。
(いた!)
廃墟の中に灯りが灯るのを確認すると慌てて走って廃墟に向かう。田舎で数十メートル離れているが、一分もしない内に廃墟に辿り着く。
(まだ、灯りはあるな)
男は、廃墟の中に灯りがある事を確認し、周囲を見渡す。
そっと手入れの行き届いていない庭に忍び足で入る。
草が長い物だと腰ぐらいまで伸びている。庭の周囲が全てその様な感じになっており、庭に足を踏み入れると確実にガサッと草の音がしてしまう。
その為、侵入がバレるという事よりも一気に入って逃げる前に捕まえるという選択をする。
(・・・いない)
廃墟だ、土足だろうと気にせずに上がり込んだのだが。
灯りは消えていない。
ギシッ。
床が軋む音が背後から聞こえた。
「そっちか!?」
振り向くと、髪の長い、白い服を着た人が廊下へと逃げる様に移動している姿だった。
その典型的な姿に一瞬ゾクっとするが、慌て追いかけて廊下に出る。
しかし、姿はない。すぐ隣の部屋に移動したのか。
隣の部屋を覗こうとした時、今度は2階からドタドタと子供が走り回る様な音が聞こえた。
その隙を付いたかの様に、背後に人が通る気配を感じた。ただ、その気配は非常に冷たいものでこの世の者ではないと言えるような感覚であった。
『見つけた・・・』
消えるような女の声が耳元で聞こえた。
バッと振り返るが姿がない。
(あり得ない。耳元で囁く程の距離で振り向く一瞬の時間の間に姿を隠せるのか?)
不気味に思いながらも周囲を見渡すが、人影がない。
ギシッ、ギシッ。
階段を上るかの様に軋む音が聞こえる。
ドタドタドタ!ダン!ダン!
更に、先ほどよりも騒がしく、走り回り、飛び跳ねる音が聞こえる。
(確実に誰かいる・・・しかも二人はいる)
こんな廃墟に何をしに来ているんだ?
さっきの女と2階の様子からして子供?だとするなら親子か。尚更、こんな廃墟にいる理由が分からない。
子供だけなら探検と言えるかもしれないが、普通、そんな子供の探検に親も一緒にするだろうか?
分からない。取り合えず、2階に上がり正体を突き止める。
ギシギシッと階段を早歩きで上る。
「出て来い!いるのは分かっているんだ!」
階段の真ん中から思い切って声を上げる。
しかし、返事がない。
ドタドタ。
頭上後ろを走る抜ける気配がする。咄嗟にその方向を見上げると、長い髪を前に降ろし、白いワンピースでまるで貞〇のような女性の姿にゾクっとする。
「あ、貴方は、こ、こんな所で何をして・・・いるのですか?」
驚きで心臓をバクバクさせながらなんとか尋ねる。
『・・・』
ブツブツと何かを言っている様だが聞き取ることが出来ない。
近くに寄ろうと階段を上ると、その女性の姿はそこになかった。
ダダダッ!
正面から聞こえる音の方へ振り向くと少年が目の前に迫り、体当たりされてしまう。
「なっ!?」
落ちる瞬間、何故かスローモーションに感じるその時に見た少年の顔は、口周りが血でベットリと付き、顔に痣が付いた、あのバス停留場の中にいた少年だった。
『クックッ。ざま゛-ザマ゛―!』
キャッキャと笑いながら逃げ出す。
階段から勢いよく落ちたが、幸い、尻が痛いだけだった。直ぐに起き上がり、階段を駆け上る。
駆け上っている時、女性の声が聞こえる。
『フフフ』
嘲笑うかの様だ。
一瞬、女性に気を取られたその瞬間に少年の蹴りが目の前に迫っていた。
咄嗟に躱すとそのまま体当たりをすると、少年が短い悲鳴を上げて倒れる。
すると女性が奇声を上げ、肩をゴキゴキと回し、両手を突き出し、如何にも首を絞めると言った感じで迫る。
「不法入居で訴えるぞ!」
女性が再び奇声を上げ手が男の首元を掴もうとする瞬間。
『ごゴ、お゛れの家なん゛だヨ゛』
男の顔は目から血の涙を流し、片目が今にも落ちそうな程飛び出ている。歯も所々抜けており、全体的に傷だらけの姿に変わったのだ。
『ひィ゛!?』
女性が驚き、手を引っ込める。
『りょごぅ行ってる゛間に゛何しでんだ!?』
齧られた跡のある左腕で女性の頭を掴み、殴り蹴るの暴行を加える。
『ビャーひゃHYA-!!』
奇声の様な声を上げ、女性に暴行を続ける。
『お゛がーざん゛-!!』
少年が必死の形相で体当たりをしに来る。
男は真っ向からその体当たりに対して顔面蹴りで蹴り倒す。
『BYAHAHAビャヒャー!!!』
再び少年に暴行を加え、女性が動くと女性に、少年が動くと少年に只管に全く動かなくなるまで男は暴行を加えたのだった。
少年と女性は、昔、この付近にピクニックに行くためにバス乗った時に事故で亡くなった親子だった。
少年はバスの中でお菓子でも食べているつもりだったのだろう。それなのに暴行を加えられた母親が怒り、仕返しのつもりでこの廃墟、男の住む家に来ていたのだ。
だが、返り討ちに合うという親子からすれば悲惨な結果となった。
何がいけなかったのか。親子からすれば因果応報とでも言えるが、相手の男が悪かった。
男は生前この街、この今では廃墟となった家に住んでおり、10人以上を無差別に殺す凶悪な殺人者だったのだ。逃げる際にトラックに惹かれ、その時に腕が飛んだのだ。
死後、男は罪の大きさから閻魔大王から、この世の悪事を働く死者、幽霊達を捕まえる様に、または止めさせるように命令されていた。悪事を働くと更に罪が深まり、さらなる地獄を見る事になるという。
男は既に地獄を十分に体験しており、親子を暴行する前の正義感のある様に心掛けていたが、親子に少し良いようにされてつい、カッとなってやってしまったのだ。
『阿鼻地獄へ送る』
まるで空の彼方から聞こえる、いや、地下深くから聞こえるその畏怖さえ感じる声が男の耳に入る。その瞬間男が我に返るが辺りを見回すと、親子がピクリとも動かない。我に返るのが余りにも遅すぎたのだ。
阿鼻地獄、地獄の中でも最下層に位置する地獄の中でも一番辛いと言われている場所だ。
『い゛・・・いやだ・・・!!あ゛ぞコにはもドりだぐな゛い!!!』
涙を流し、地下深くからの声に願う。
男の足元に黒い・・・闇が広がる。その闇が存在するだけで恐怖に陥る様な存在感があった。
『ヤ゛だ!・・・イヤダー!!!』
男は血の涙を流し、闇の中へと消えて行った。
恐らく男は一度長い間、阿鼻地獄にいたのだろう。そして、救われる唯一のチャンスが今回の試練だったのだろう。だが、男は捕まえる処か相手を無駄に殺そうとしたのだ。男は再び、阿鼻地獄へ戻り、耐え難い苦痛の日々を迎えるだろう。
親子も闇に飲まれ消えていく。
最初の恐怖に陥る様な感じは一切なく、何処か温かさを感じるものであった。親子の罪はこれで十分だというように。
その日、廃墟から奇声が聞こえたと言う多くの通報があり、警察が入るとそこには白骨した左腕があったと言う。それ以降、廃墟に人がいるという話は聞かなくなった。
何故か出て来た閻魔大王・・・