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公募、企画もの短編集

静かなる理科準備室より

作者: pai-poi

 静かなる理科準備室で、僕は推理小説を読んでいた。

放課後のひと時、この時間はいい。

誰にも邪魔されずに本の世界に入り込むことができる。

夏は開けた窓から時折「ファイト! ファイト!」という声が聞こえもしたが、校舎の端に位置するこの理科準備室は、たいていいつも静かだ。


 僕の名前は高木ハルヤ、高校2年。「推理クラブ」に所属している。

とはいっても部員は三人で、そのうち幽霊部員は二人。

つまりこの部室である理科準備室には、いつも僕一人しかいない。

でもそれがいい。

誰にも邪魔されずに本の世界に入れるのだから。


 生物を担当する桑原先生、通称バラモンが顧問だったが、いつもここにはいない。

理科準備室を使うにあたって僕に課せられた条件は3つ。


1、帰る前に「ぽっぽちゃん」(という名前のクラゲ)に餌をやること。

2、電気を消すこと

3、ドアの鍵を閉めること


バラモン曰く、

「トイレってさ、やること沢山だよね!

 水流したり、チャック閉めたり、手を洗ったり、電気消したり、ドア閉めたりってさ。

 考え事しているとさぁ、どれか一つ忘れるんだよねー。ニャハハハ!

 高木君、忘れないでねー!」


……。そんなバカな話があるのだろうか。

なんにせよ、その条件をのめば僕の静寂が確保されるのだから、お安いごようだ。



タッタッタッタッタ カラッ!

「はるやくぅ~ん!」


 しかし今日という日は、突然の嵐が来たかのように僕の静寂が破られる。

僕の静かなる理科準備室のドアを勢い良く開け、飛び込んできたのは新嶋ヒミカ。

同じクラスの女子だ。



「何か用? 新嶋さん。」


僕は読んでいる本から顔を上げずにたずねた。


「もー、昔みたいにヒミリンって呼んでよね! キュルン!」


挿絵(By みてみん)


キュルンって効果音じゃないの? 口で言うの?

そして僕は君と幼馴染でもないし、ましてや今年同じクラスになったばかりじゃないか!

と、ツッコミを入れたくなったのだが、僕は諦めて読みかけの本を伏せ、新嶋ヒミカの方に目を向けて話の続きを促した。


「で、どうしたの?」


「あー、そうなの、大変なの!

 わたしの手紙を探してほしいの!」


「……。間違って捨てたんじゃないの?」


「違うんだよぅ。あのね、楽譜に挟んでいたんだけど、その楽譜を誰かが間違えて持って帰っちゃったの!」


「それをなぜ僕に…」


「だってハルヤ君、探偵でしょ?」


いや、探偵などではない。

と、ツッコミを入れるのを諦め、僕は手に持っていた推理小説をカバンにしまい、新嶋ヒミカと共に理科準備室を出た。

新嶋ヒミカがこうなってしまっては、どうあしらってもいなくなりはしないだろう。

今日は手紙を探し出してあげるしか、僕が解放されることはなさそうだった。


挿絵(By みてみん)


 僕は新嶋ヒミカと音楽室に向かって歩きながら、彼女の知っている状況を聞いた。

新嶋ヒミカは吹奏楽部。

部活が終わってから部室である音楽室に残っていたのは彼女と部長、同じ2年の山田君、そして3年の土井先輩と木下先輩の五人。

6時前後、新嶋ヒミカが部室を離れていた10分ぐらいの間に、山田君と土井先輩、木下先輩が帰ったという。

つまり三人のうち誰かが間違えて持って帰った、というわけだ。


「じゃあ、間違えて持って帰った人の楽譜が残っているんじゃないの?」


「そう思うでしょ? わたしもそう思ったんだけど、誰の楽譜も残っていなかったの。」


なるほど。すでに自分の楽譜をカバンか何かに入れていて、間違えて二冊目を持って帰るってこともありうるということか。



「他にわかっていることはないの?」


「山田君は自分のを持って帰ってたって、部長が言ってたよ。」


その時点で山田君ではないのはほぼ確定だろう。イタズラでもない限り。


「部長はよく気が付いたね。」


「うん、山田君は大きなバナナのクリップを楽譜にしていたから、わかったみたい。」


「クリップ? 楽譜を留めるってことなのかな。新嶋さんも付けてるの?」


「だーかーらー、昔みたいに…」


「はいはいはい、ヒミカも付けているの?」


ヒミカと名前で呼ぶということを妥協点として納得してもらいたい。

そうでないと全く話が進まない。なんて面倒臭い。


「うん、青いクリップをね! 小さいやつだけど。」


そこでなぜ頬を赤らめるのだ。…乙女心はわからない。


「じゃあ、土井先輩か木下先輩なんだから、二人に聞けば…」


「もー、そんなこと恥ずかしくて聞けるわけないじゃん!」


ヒミカは「キャー!」と叫びながら、僕の背中をバシバシと叩く。

痛い。力加減なしか! 叫びたいのはこっちだよ!


 ヒミカからの理不尽な攻撃をのがれ、僕は一応、反論する。


「そんなの、間違えて持って帰ったほうに、最終的には聞かなきゃでしょ。」


「その時はその時だよぅ!」


…その理論はわからないが、やはり間違えた人物を特定しないことには、僕はいつまでも帰ることができそうにない。

いや、それだけじゃない。

僕は腕時計を見た。現在時刻は6時8分。学校前から出るバスの時間は6時35分。

この時期にはバスで帰る生徒しかいないだろうから、二人の先輩もそのバスに乗る可能性が高い。

つまり25分以内にどちらかわからないと間に合わないってことだ。


「急ごう。」


「え? え? もうわかっちゃったの? ハルヤ君すごーい!」


「いや、わからないよ! でも時間がない!」


僕に合わせてヒミカも音楽室に向けて走った。



 2階から3階に上り音楽室に向かう途中、北側の棟と南側の棟を結ぶ渡り廊下の方から、同じクラスの三島カナに声をかけられる。


挿絵(By みてみん)


「どったの? 二人して。」


「あー、カナポン、数分ぶり~!」


ヒミカは三島カナに駆け寄り、喜びを体で表現する。

数分ぶりの再会を喜ぶ意味がわからん。ヒミカの体内時間はどうなっているんだ。

ん?

数分ぶり?


 僕はよくわからない決めポーズをとっているヒミカを静かにどけて、三島カナにたずねる。


「なぁ、カナポン…、カナはずっとここにいたの?」


「ん、廊下を描いていたからね。」


カナは美術部だったが、どうやら廊下を題材に油彩を描いていたらしい。どういう題材設定なのだろう。いや、それより


「ということは…

 6時頃にヒミカがここを通ってまた音楽室に戻るまでの間、いたってことだよね?」


「そだけど?」


「じゃあ、その間に楽譜を持った土井先輩と木下先輩は見た?」


「そもそも土井さんと木下さんてのが、わからないわけだよね。」


そりゃそうか。僕だって土井先輩も木下先輩も、ついでに山田君も顔がわからない。


 僕は他の特徴を考え、質問を変えて聞いてみた。


「楽譜を持った人を見てないかなぁ。」


「そっちの廊下はあまり見てなかったからなぁ。

 パーカーを着た人と、ジャンパーを着た人が通ったのは気が付いたけど。」


つまりヒミカが音楽室を出て戻るまでに見たってことは、三人のうち二人を目撃したってことか。


「パーカー男が通って、次にジャンパー男が通ったってことだよね?」


「ん、そうそう。

 ねぇ、なんか楽しそうなことしてるの? 二人で?」


「いやいやいや、ただの探しものだよ! んじゃ時間がないから!」


あぶない、あぶない。こんなところで時間をロスしている場合じゃない。

僕はヒミカを引っ張り、カナに別れを告げた。



「なぁ、ヒミカ。先輩達が何を着ていたかって覚えてないの?」


僕は音楽室へ駆け出しながら聞く。


「知らないよぅ! 普通そんなの着て演奏しないじゃん。」


そりゃまあごもっともな意見なわけだが。


「あ! ジャンパーの中に楽譜を入れてるんじゃないかってこと?

 そうだよねー、パーカーだと入れてたら外からわかるもんねー!

 楽譜って案外大きいんだよねぇ。」


…ヒミカの発想は一体どうなっているのだろう。


「いや、楽譜をしまうなら普通にカバンとかだと思うけど。」


「じゃあ、なんで聞くのさ!」


だめだ。これ以上の話は続けられそうにない。



 音楽室の明かりがついている。どうやら部長がまだ残っているようだ。


「失礼しまーす!」


僕が息を整えている間に、ヒミカが元気よく音楽室のドアを開ける。

体育会系でもないのに息が切れないとは、さすが吹奏楽部。肺活量が鍛えられているということなのだろうか。


「あら、ヒミカちゃん。楽譜は見つかった?」


「それが、ぶちょ~。まだ見つかってないんです~。」


「ん~、さっき探してみたけど、部室にはやっぱりなかったわねぇ。

 あら? そちらの方は?」


部長はてっきり男だと思っていたから、女性だということを知って僕は少し緊張した。


挿絵(By みてみん)


「あー、新嶋と同じクラスの高木です。

 このたびは一緒に探すはめに…」


「だーかーらー! 昔は…ムガムガ」


僕は慌てて後ろからヒミカの口をふさぐ。

これ以上の遅延行為はよしてくれ!

僕だって早く帰りたいけど、時間がないのはヒミカのほうだろ!


「部長さん! 土井先輩と木下先輩と、それから山田君の帰った順番はわかりませんか?」


「えーと、どうだったかしら。わたしも次のコンテストの資料に目を通していたから…。

 んー、土井君が二番目に帰ったのは確かだと思うけど。

 土井君、元気がいいから声でわかるのよねぇ。」


僕らの姿を見てニコニコとほほ笑む部長さんだったが、質問には真剣に答えてくれている様子だった。

しかし、何か大きな誤解をなさっています、部長!

土井君の情報以外は大きな誤解をなさっていると思います、部長!


「探し物ついでにお願いしたいことがあるのだけど…」


部長さんはニッコリとほほ笑む。


「わたしのパーカーも、三人のうち誰かが間違えて着て帰っちゃったみたいなのよねぇ。

 ポケットに部室の鍵が入っているから困っちゃう…。

 ついでにお願いできるかしら?」


 部長さんは、間違えて着ていった人物が置いていったであろう、濃い紺色のパーカーをひらひらと見せながら微笑む。


「オーケー、オーケーです!

 パーカーも一緒に探してきまーす!」


僕はそのままの体勢でヒミカを引きずりながら部室を後退し、急いでドアを閉めた。


「なかよくね~」


部長さんの手を振る姿が見えたが、やはり僕らに対して何かを誤解している!



 口をふさぐ僕の手から解放され、ヒミカが毒づく。


「ぷはーっ! なにこそするでありますかー!」


「そんなことより時間がない!」


僕はヒミカの抗議を無視し、腕時計を見る。残り時間は15分を切った。

土井先輩と木下先輩、山田君の乗ったバスが出発してしまえば、楽譜、それに部室の鍵が入ったパーカーを取り戻すことも難しくなる。


 情報がまだ少ないのに問題が増えた。どうすればいい?

 チッ チッ チッ チッ チッ チッ

聞こえるはずのない腕時計の秒針の音が、僕の脳を追い立てる。


挿絵(By みてみん)


 気持ちを落ち着かせ思考を正常にするために、僕は廊下の窓に近づき外を見た。

時間の経過を象徴するかのようにあたりが薄暗くなっている。

そこから見えるはずの美しいもみじの紅葉も、この暗さで鮮やかさが損なわれている。

向い側に見える棟の廊下に目を移す。部活を終えた生徒たちが帰る姿がちらほら見える。



「なにか見えるのー?」


ヒミカが僕の隣に並ぶ。


「なにか、なにかないか…。」


僕はヒミカの言葉に反応する余裕もなく、思考する。


「あ! おじちゃん!

 おじちゃん仕事早いな~。」


「おじちゃん? 誰のことだ…」


ヒミカの見ている方を見る。階段の踊り場か?


「おじちゃんは、おじちゃんだよぅ。

 用務員のおじちゃん!

 仕事早いよねー、さっきはあっちだったのに。」


「ヒミカ! 用務員のおじちゃんに会ったの?

 会ったのはどこ? いつだ?」


僕は矢継ぎ早に質問する。


「え? え? ちょっとまってよう。

 あっちの階段だよ。う~んと、ハルヤ君ところに行く前?」


挿絵(By みてみん)


 僕は頭の中で校舎の構造を思い描く。

音楽室は3階の東端。理科準備室は2階の西端。いずれも北側の棟だ。

北側の棟と南側の棟は、東西2か所で結ばれ、その渡り廊下の場所に階段がある。

音楽室から一番近いのは東側の階段。用務員のおじちゃんが現在いるのも東側の階段。

ヒミカが用務員のおじちゃんと会ったのは西側の階段ということか。


「おじちゃんに会ったのは階段のどの辺?」


「まぁ会ったっていうか、見かけたのが2階と1階の間の踊り場だけど。」


一般的に考えて、階段を掃除するときは上の階から下の階に降りながらする。

三人が西側の階段を使っていればだが、用務員のおじちゃんとすれ違っている可能性は高い。


「おじちゃんのところに行こう!」


「え~、また走るの? 全然見つかってないじゃ~ん!」


見つけるとか、見つけないとかじゃなく「誰が持っていったか」だよ!

と、ツッコミを入れたかったが、今はそんな時間も惜しい!



「楽しそうすなぁ。」


廊下を曲がり階段へと向かうところで、油彩道具を片づけている三島カナがのんきに声をかけてくる。


「おぉ、カナポン、数分ぶり~!」


ヒミカ! そのくだりはもういい!


 僕は望みをかけて質問する。


「カナ! ここの階段を降りた生徒っていた? 6時前後に!」


「いたよ、一人だけ。」


駄目だったか…。

いや、せめてこの階段を降りた人物だけでも特定できれば、あるいは。


「パーカー男? ジャンパー男?」


「いやいや、二人はそっちの廊下を通り過ぎたって言ったじゃん。」


そう言うと、三島カナは「ん。」と言ってまっすぐに指をさす。

ん?

んん?

僕はヒミカの方を見る。

ヒミカは舌をちょこっと出しながら決めポーズをとる。


「テヘ!」


「ヒミリンだけだよ。」


三島カナはさも当たり前のようにさらっと言う。


 ありがたい情報だけど、ありがたさを感じない!

でも裏付けとしては十分だ。


「ありがとう! じゃな!」


 僕は急いで階段を駆け降りる。


「あ。」


「おわっとっと!

 あぶないよハルヤ君! 急に止まるの禁止!」


踊り場に降りたところで止まった僕の背中に、ヒミカが覆いかぶさるようにぶつかる。


「カナ! パーカー男とジャンパー男の間にもう一人通ったってことは無いよなー!」


「それはなーい。」


三島カナは壁の端から顔だけぴょこっとだし、答える。


「おきをつけて~。」


あいつ、あいつもなんか妙な誤解をしている気がする!

僕は早く僕の静寂を取り戻したいだけなのに!



 僕は残りの階段を飛ぶように降りていく。

あとは用務員のおじちゃんが目撃していれば、誰が持っていったのかわかる!


「用務員さーん!」


「おぉ、元気なのはいいことなのじゃが、走らないでくれるか。ごみが飛ぶ。」


挿絵(By みてみん)


「すみません…。」


「ふむ、んじゃあ、さようなら。」


「あの。すみません、土井せんぱ…」


土井先輩、と言いかけたところで、僕は三島カナに言ったときと同じ過ちをおかしかけていることに気が付き、言いなおす。


「パーカーを着た生徒とか、ジャンパーを着た生徒とか見かけませんでしたか?

 あっちの階段で!」


「パカ? はて。」


うおーい! この年齢の方には「パーカー」の説明からなのか?

いやいや、待て。そんな時間はない!


 僕の横で「パーカー」のジェスチャークイズ、大半の若者が「ヒップホップ」と答えてしまいそうなくらい、リアルなパントマイムを繰り広げるヒミカを無視して質問を変える。


「えーと…、楽譜を持った生徒を見ませんでしたか?」


「そりゃ見とらんなぁ。」


まずい、駄目なのだろうか? そもそも三人を見ていないのか?


 僕はこの問題の重要なキーワードを考える。

パーカー、ジャンパー、先輩、山田君…

帰った順番、楽譜、クリップ。

クリップ! 大きなバナナのクリップ!


「バナナが付いた大きな本を持っていた生徒を見ませんでしたか?」


「あぁ、バナナが付いたものを持った子は見たよ。」


山田君だ。山田君の服装を聞きたくなったが、それはこらえる。

きっと解読に時間がかかる。


「同じような本を持った子は見ませんでしたか?」


「ん? あぁ、ほれ。」


用務員のおじちゃんはチリトリの中から1枚の、薄緑の紙切れを取り出して見せる。


紙切れ?

あ! 付箋か!


「これがたくさん付いた、同じように大きな本を持った子が挨拶しってたよ。

 その子の歩いた先に落ちていたんじゃが、大事なものなんじゃろうか。」


「ありがとうございます。」


僕はその付箋を受け取った。


「三人いっしょだったんですね。あっちの3階あたりで。」


僕はあえて、あってほしくない仮定で質問し確認する。


「いんや、見たのはその二人だけじゃったよ。」


オーケー。この際、どちらが先でもいい。

その二人の「バナナの楽譜」と「付箋の楽譜」が、同時か、ほぼ同時に近い状態であったことが重要だ。


 つまり、部長さんの話から二番目に帰ったのが土井先輩だということがわかっている。

そして山田君が一番目か三番目のどちらであったにしろ、山田君が「バナナの楽譜」を持っている以上、土井先輩が「付箋の楽譜」を持っていたことは確定するのだ。


「ありがとうございました。さようならー!」


「おじちゃん、がんばってね~!」


「はい、さようなら。」


注意されたのもつかの間、僕らは玄関へと走り、バス停へと急ぐ。



「これ。」


僕は一応、確認のために用務員のおじちゃんからもらった付箋をヒミカに見せた。


「ん~、ウグイス色?」


いやいやいや、そうじゃない! 付箋の色は関係ない!


「ヒミカの楽譜はこの付箋だらけだったか、ってこと!」


「つけてないよー。」


オーケー!


「ヒミカ、君の楽譜を間違えて持って帰ったのは木下先輩だよ!」


「え? そなの?」


なんでわかったの? と言いたげだったが、説明している時間はない。

きっとヒミカに説明するには1時間ぐらいかかる。それに紙とペンもいる!


「間違いないよ! バス停へ急ごう!」


 さっと腕時計を見たが、残り5分といったところか。

あとは部長さんのパーカーを見つけるだけだ。

これはバス停にいる生徒、山田君と土井先輩、木下先輩の服装を直接確認すれば問題ない。



 しかし、ここにきてヒミカが走るのをやめ、立ち止まる。


「これも運命。運命だわ!」


 頬に両手をあて、フニャフニャしながら顔を赤らめている。

ある程度の予想はしていたことだが、やっぱりそうなのか。


「……。楽譜に青いクリップって、木下先輩の真似だろ。」


「なんでわかったの! ハルヤ君、探偵なの?!」


そんなのヒミカの態度を見ていれば、誰でも予想がつくだろ!

と、ツッコミを入れたかったが、そこは流した。問題がまだ一つ片付いていない。


「つまり、手紙っていうのは…」


「そうなの! 木下先輩に渡そうと思っていたラブレターなの!

 これも運命だわ!

 こんな形で手渡すなんて、ロマンチック! キュルルン!

 だから楽譜は見つけなくても大丈夫!」


もはや僕にはツッコミを入れる気力は残されていない。

 

 僕は大きくため息をつく。


「わかった。それはわかったよ。

 でも部長さんのパーカーを探しに行かないとダメだろ?」


「あは! そうだよね!

 行こう、行こう!」


挿絵(By みてみん)


ヒミカはスキップまじりでバス停へと走り出す。

脱力している場合ではない。

僕はハッピーになっているヒミカの後に続き、バス停へと走り出した。



「まじか……。」


僕は先ほど奮い立たせたはずの気力が、一気に下がっていくのを感じる。

バス停には僕が予想していた以上の生徒であふれかえっていた。

あげく辺りはもう夕闇を通り越し、暗闇に近い。

この中から部長さんの紺色のパーカーを探すことができるのだろうか……。

まして僕は土井先輩も木下先輩も、同じ学年とはいえ山田君の顔も体型もわからなかった。


 最後の頼みの綱。というより、そのためにその気にさせて同行させたヒミカの顔を見る。


オーイェイ!

ハッピーなヒミカさんは、目を輝かせながらバス待ちの生徒の群衆をキョロキョロと見ているものの、探しているのは木下先輩だけだろ!


「あ! いたよ。木下先輩!」


うんうん、それでも構わないよ。ハッピーヒミカさん!


「…木下先輩は、何を着ている? パーカー?」


「ううん、黒いハーフコートでしたー! キャハ!」


挿絵(By みてみん)


……残すところは、土井先輩か、山田君か。



 バス停にバスが到着する。

ここまで来たら、二人の名前を叫んで振り向かせるしかないのだろうか。

それでも呼びかけに反応したとして、その叫びに全員が振り向いてしまっては意味がない。

ヒミカにしたって、好きな人ならともかく、この状況では見つけるのは困難だろう。

なにか、なにかもう一手、他の方法はないのだろうか…。


「おー、今帰りかい? 高木君。」


考え込む僕の後ろから唐突に声をかけられる。


「バラモン?」


振り返るとそこには、バラモンこと、僕の所属する「推理クラブ」の顧問、桑原先生が立っていた。

なぜここにバラモン!

いや、そんなことよりも今は知りたいことがある!


挿絵(By みてみん)


 僕は無駄かもしれないと思いながらも、バラモンに単刀直入に尋ねる。


「桑原先生。あのー、6時前後に帰った紺色のパーカーを着た吹奏楽部の生徒って、見ませんでしたか?」


「んにゃ? 吹奏楽部の生徒? ん~、三人見たなぁ。」


なんて奇跡的にビンゴ! そのうちの一人は、ここにいるヒミカではないでくれ!


僕の期待と「なぜ聞きたいことを知っている」という複雑な表情を読み取ったのか、バラモンは続けて話す。


「吹奏楽部の向かい側の棟が3年生の教室だからさ、見回りの時にたまたま廊下の窓越しに見えたんだけど、最初に出た方かなぁ、最後に出た方かなぁ。遠いからどっちかわからんけど…」


「二番目ではないんですね!」


「違うよ。だって二番目は…」


 パーカーを着た生徒は二番目じゃない!

その情報だけじゅうぶん!

パーカーを着た生徒が二番目じゃないということは、一番目に帰った人物がパーカーを着ているってことだ!

つまり彼しかあり得ない!



「おい、ヒミカ! 山田君の名前を呼んで!」


「へ? えぇ~!」


「いいから早く! 山田君って叫んで!」


「やまだくぅ~ん! 待って~!!」


 バスに乗り込もうとした生徒たちが一斉に振り向く。

僕は懸命に目をこらし、紺色のパーカーを探したが、やはり予想通りの展開だ。

一か八かヒミカに叫ばせたが、効果はなかった…。



「どうしたの? 新嶋さん。」


 振り返ると、僕らの背後のバス待合小屋の中から紺色のパーカーを着た生徒が現れる。

君が山田君? バナナの山田君?


挿絵(By みてみん)


「あー、山田君!

 部長のパーカー、間違えて着てっちゃったでしょ!

 もー、部室の鍵、ポケットに入ってるんだよー!」


「え? あ! 本当だ!」


 僕はふと、別の事実に気が付いて、パーカーのポケットから取り出した鍵を握る山田君を見つめた。


「君が今のバスに乗らなかったのって、もしかして…。」


「ごめん、ごめん。鍵、返してくるよ!」


山田君は僕の問いかけに答えず、学校へと走って行ってしまった。

うん、君が頬を赤らめたのは、パーカーを間違えたことが原因ではないのだね。


「……。そういえばさっき、桑原先生なんか言いかけてませんでしったっけ。」


 隣にいるバラモンに、山田君の走り去る背中を見ながら僕はつぶやく。


「ん? あぁ、二番目に帰った土井君は赤いジャンパー着ているよねって。」


「え? 土井先輩がジャンパーだって知っていたんですか?」


「うん、土井君は僕のクラスだしね。

 彼は見た目も元気だよねぇ、離れていてもわかったよ。ニャハハハ!」


挿絵(By みてみん)


「あー、なるほど。」


バラモンは目撃した三人のうち、二番目が着ていた赤いジャンパーで土井君だとわかったが、一番目と三番目は紺のパーカーか黒いハーフコートかわからなかったということか。



「もー、人騒がせなんだから~。」


山田君を見送るヒミカはまるで他人事のように言ったが、それは僕のセリフだ。

結果的にとはいえ、「青いクリップの楽譜(手紙入り)間違え事件」も「紺色のパーカー(鍵入り)間違え事件」も、僕が介入しなくても解決したのではないだろうか。

吹奏楽部の部長さんも、山田君が間違えて紺色のパーカーを着ていったことを知っていたに違いない。

僕とヒミカを見て、ちょっとした遊び心のつもりだったのだろう。

全くの誤解だ。


 僕はふと、今回のキーワードで何か心に引っ掛かるものを感じた。

なんだ? 何か忘れている……。


 部室をあとにした順に考えると、


1、山田君、紺色のパーカー(鍵)、バナナのクリップ

2、土井先輩、赤いジャンパー、ウグイス色の付箋

3、木下先輩、黒いハーフコート、青いクリップ(手紙)


鍵…。

部室の鍵……。



「あれ? 高木君、このバスで帰るんじゃなかったの?」


バラモンが僕に問いかける。

バスが生徒たちを飲み込み、ゆっくりと出発する。


堂々と構えるバラモンのチャックが全開なのを見て、僕は気が付いた…。


やば!

鍵と電気はやったけど、ぽっぽちゃん(クラゲ)に餌をあげるの忘れていた!

そう、考え事をしていたら、何か一つ忘れるのだ!

たとえ大人のバラモンでも、僕でも!


「忘れ物したので学校に戻ります!」


僕はヒミカとバラモンの二人を後にし、学校へと踵を返して走った。


「あれ? まだなんか見つかってなかったけ~?」


ヒミカのハッピーな声と、バラモンの「ニャハハハ!」という独特の笑い声が、僕の背中を追いかける。


やれやれ、僕の静寂はもう少し頑張らないと取り戻せないようだ。



 後日談。


 同じ紺色のパーカーを着た吹奏楽部の部長さんと山田君は、大方の予想通り付き合っているらしい。

今回の件で、部室の鍵はポケットに入れず、ドアの近くに掛けることにしたということだ。

まぁ、新嶋ヒミカだけは二人が付き合っていることを、今だに気がついていないようだが。


 そして当の新嶋ヒミカはというと……


「カナポーン! 聞いてよ、ありえなくない?

 木下先輩、「ごめん、間違えた」とか言ってさ、せっかく挟んだラブレター、封も開けずに次の日に楽譜ごと返してきたんだよ?

 しかも彼女だっていう女の子が隣にいてさぁ。」


「うんうん、楽しそうすなぁ。」


「楽しくないよ!

 あーぁ。誰かわたしのハートを受け止めてくれる人いないかなー。」


 といった感じである。

なお、その日から楽譜のクリップはクラゲに変えたということだが、僕にはクラゲの良さがまったく理解できない。どこがいいんだか。



 静かなる理科準備室で、僕は推理小説を読んでいた。

放課後のひと時、この時間はいい。誰にも邪魔されずに本の世界に入り込むことができる。

時折、吹奏楽部の壮大な演奏がかすかに聞こえもしたが、それはまぁBGMとしてはほどよいボリュームだろう。


 僕の名前は高木ハルヤ高校2年。「推理クラブ」に部長不在のまま所属している。

部員はおそらく僕一人。そしてクラゲのぽっぽちゃん一匹だ。

でもそれがいい。誰にも邪魔されず本の世界に入れるのだから。



 タッタッタッタッタ カラッ!

「はるやくぅ~ん!」


 そして今日という日も、僕の静寂が破られる。

僕の静かなる理科準備室のドアを勢い良く開け、飛び込んできたのは同じクラスのヒミカだ。


「何か用なの? ヒミカ。」


僕は読んでいる本から顔を上げたずねた。


「あのね、大変なの!

 わたしのトロンボーンを探してほしいの!

 ハルヤ君、探偵でしょ?」


やれやれ、僕の静寂はまだまだ取り戻せないらしい。



挿絵(By みてみん)

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


いやはや、学園&推理小説は初めて書きましたが、難しいですね


ギャグ要素多すぎでしょうか

書いてるうちにハッピーヒミカさんがどんどん暴走してしまいました

自分で読み返してみましたが、ぜんぜん「ハラハラ」しませんなぁ…


感想などお寄せいただければ、今後の糧にしたいと思います!

どしどし、よろしくお願いいたします!



今回の謎解きは「推理ロジック」ですので、

参考までに問題をまとめておきます


ヒミカ「吹奏楽部で「青いクリップの付いた楽譜」と「パーカー」がなくなったよ。

 三人の部員のうち、誰が間違えて持って帰ったのかな?」


証言

部長「山田君は「バナナのクリップのついた楽譜」を持っていったわ。」


カナポン「パーカーを着た人の次に帰ったのは、ジャンパーを着た人だったよね。」


部長「そうそう、二番目に帰ったのは土井君で間違いないわよ。」


用務員「わしゃー「バナナの付いた楽譜」を持った子と「付箋が沢山ついた楽譜」を持った子を立て続けに見たぞ。順番? そこまでは覚えてはおらんが。」


ヒミカ「木下先輩はハーフコートを着ているよ! キャー素敵っ!」


バラモン「最初に帰った生徒か、最後に帰った生徒がパーカーを着ているんじゃないかな。ニャハハハハハ!」



以下、解答編。


ニャハハ!



吹奏楽部の三人を帰った順に「名前」「服装」「楽譜の特徴」で記載してみます。

1、?、?、?

2、?、?、?

3、?、?、?


最初の部長の証言から、

山田=バナナ

はわかりますが、何番目かは不明です。


カナポンの証言から、

1、?、パーカー、?

2、?、ジャンパー、?

3、?、?、?

1、?、?、?

2、?、パーカー、?

3、?、ジャンパー、?

のどっちかであるところはわかります。

もちろん、連続していることが前提です。(なので、本文では連続していることを確認していますね。)


これに2回目の部長の証言を当てはめると

1、?、パーカー、?

2、土井、ジャンパー、?

3、?、?、?

1、?、?、?

2、土井、パーカー、?

3、?、ジャンパー、?

となります。


次に用務員の証言と最初の部長の証言から

「山田バナナと付箋」、または「付箋と山田バナナ」が連続していることがわかるのですが、この段階で山田が一番目にしろ三番目にしろ、上記に当てはめると「土井が付箋」ということが確定し、さらに消去法で木下がクリップだということがわかります。

(作者も執筆中にこのことに気が付き、大幅な修正「部室の鍵を探せ!」が加筆されます!)


さて、気をとりなおして。

先にヒミカの証言を当てはめると、

1、?、パーカー、?

2、土井、ジャンパー、?

3、木下、コート、?

1、木下、コート、?

2、土井、パーカー、?

3、?、ジャンパー、?


これに先程の情報を足すと

1、山田、パーカー、バナナ

2、土井、ジャンパー、付箋

3、木下、コート、クリップ

1、木下、コート、クリップ

2、土井、パーカー、付箋

3、山田、ジャンパー、バナナ

の二択となります。


最後のバラモンの証言に合致する方が答えとなりますので、


1、山田、パーカー、バナナ

2、土井、ジャンパー、付箋

3、木下、コート、クリップ


が正解となり、「山田がパーカー」だとわかります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 解答読みましたよ。 いい感じですね、 そうなると学校の図はあまり深い意味はないと考えていいんですか?
[良い点] ギャグ要素はあってもいいと思う。 [気になる点] 証言がグルグル回って、よくわからなくなる。 メッセージか追加投稿で解説してほしいです。 (学校の構造は言葉だけでは伝わりにくいですよ) …
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