ノルンとノビムとノブフの花・7
ノルンの部屋にもいない。ノビムがいるはずの地下にも誰もいない。城の中をくまなく探しても、見つからない。チットは焦っていた。
こんな事は、今までに1度も無かったことだ。ノビムはいつも「地下でも、お父様の言いつけですから。すこし辛いけれど、大丈夫ですよ。私には〝本〟がありますので」と言っていた。
その通りに、忍耐強くノビムは地下に居続けた。チットは気づく「……そうだよ。普通に考えて耐えられる筈がない。ずっと地下で生きるなんて……」今更になって、気がつく異常性。
外へ出ないで生活をずっと、するなんて出来るはずがない。もちろん地下から出て〝何か〟をしている事はチットも気がついていた。
だが、それが何かはわからない。グランティスカでさえ感知できない何か、だということはわかっていた。つまり、魔法を超えた力だ。インテリジェンスウェポンたる、グランティスカが知らない技術。
『チット、少しは落ち着け。子供の足だ。そう遠くは行けない筈だ』
「グラン……しかし、子供だからこそだ。だからこそ心配なんだよ」
魔臓の中で、グランティスカが呵呵と笑う。普段なら一緒に笑うものだが、今はそれさえもチットの苛立ちを募らせる起爆剤でしかなかった。
「くそっ! なんで、目を離したりしたんだろう。もう、5歳だから?」
--言い訳にもならねぇ。
チットの魔臓から力が溢れ出る。グランティスカが体の外に出てくるのを抑え込むことはできなかった。
「のうのうと、ここで悔やんでも始まらんぞ? チット」
禿頭が艶々と蝋燭の灯りを反射して光る。顔によった皺の数が数々の人生を味わい尽くした証に見える。この男はグランティスカこと、グラン。亞神である。
「しかしだ……どうしたらいい」
「まったく、嘆かわしい。森の大神に言われてお前についてきた私を失望させないでほしいものだ。オガトが泣くぜ」
グランティスカはカトット領のセレルの森の神殿に祀られていた武器である。森の大神セレルの浄化の儀を受けていたのだ。
「冥界の神」から現世にいた『ノビム』に与えられたものだった。それが持ち主の『死』で力が落ち込み、劣化したものが『悪器』かしたものをセレルが浄化したのだ。
「チット、おまえ何か忘れちゃいないか? 俺がどういった武器であるか忘れたのか?」
「どういう武器……過去の『ノビム』に与えられた武器。伝説のノーブフと事実を歪められた者の……まさか?」
「その可能性はある。お前さんの娘っ子、ありゃ異質だ。オガトさえも超えそうな神意を感じる」
--神意?! 神意だと?! クソが。冥界の神の仕業ってことかよ。
「まぁ、焦るな。そうだと、決まったわけじゃないんだ。先ずは誰かが見ていないか、知らないかノルンの友達の家でも回ってみるといい」
「……そうだな。それしかないか」
--ノビムが、オガト様と同じ末路を辿らないとも限らない。もし、神意とやらが本当にあるのならな。
『チットよ。オガト様も最初はノビムを名乗っていたのは知っているな? これから起こることを覚悟して〝本当の名〟をノビムに与えてやることを考えておけ。ノビムは……きっと決意を固めているはずさ』
--あぁ、だが。オガト様はなぜ、赤子の時に滝から落とされたにも関わらず生きていけたんだ? そこが、不思議だった。そして、なぜカトット領に戻ってきたんだ。
『それは、人間に拾われたからさ。そして、その人間もまた〝黒髪〟だった。いい奴だったよ、彼も。ノーブフ領に戻ってきたのは、家族に言ってやるつもりだったのさ。俺は死んでいないぞ、ざまぁみろ……ってな』
魔臓の中でグランティスカが自嘲したように嘲笑ったのがチットには何となくわかった。チットとグランの付き合いは長い。こうしたところからも、二人の絆がうかがえた。