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ノビムに約束の花園を  作者: 山波斬破
ノビムの初めての願い
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ノルンとノビムとノブフの花・4

 暗い、人気(ひとけ)の無い訓練場に対して、ノビムは姿勢を正してから、一息つくと背を傾けて静かに礼をした。ノーブフにとって、戦いとは礼節を持って行うものだ。命あるものに対して敬意を払うことは当然の事。

 命を奪う訓練でもあるのだ。たとえ実戦や組手でなくても、礼節を忘れてはならない。



 ノビムは他の者の訓練している姿を見たことがない。しかし、一度だけチットの戦斧を振るう姿を見たことがあった。それは、懐かしい記憶。けれど、そう遠くない過去。地下から初めて抜け出した4歳の頃の事だ。



 チットの振るう戦斧はトマホーク。全長は50cmほどだろうか? 小振りの斧頭ではあるが、通常のトマホークよりも扱いが難しいであろうそれは魔斧グランティスカとも呼ばれていることを、ノビムは後から聞かされた。



 グランティスカは死を体現したように黒一色だった。まるで私の髪のようだな、とノビムは思ったけれどノビムの黒とはまた違う硬質な光沢を放っていた。



 ノビムの髪は柔らかい光沢を放つ。その柔和な顔立ちに相応しく「死」などの恐怖を認識するなど難しい。



 けれど、冥界の神が冠する色は〝黒〟。どれだけ優しく見えていたとしても、畏怖を抱く。そう、ひとたび目に飛び込むとその1柱の〝冥府の番人〟たる彼を連想するのだ。



 彼はとても魅力的な容姿で甘く笑いかけて、死を振りまく。この世界では〝神〟は現世に時たま、現れる。そして鮮烈なまでに根強く信仰心を植え付けるのだ。



 だからこそ「黒」は恐怖の色だった。彼は「黒」を持つ者の元に姿を現し、時に加護を与え、そして「死」を与える。



----1年前



 ノビムは誰にも気づかれないように、城の地下から抜け出す為に禁忌の蓋を開ける。



 シンと静まり返った何処の部屋ともわからない場所。そこには、地下の静けさとはまた違う空気が纏っていた。



『だれ、も。いないよね? うんっ、しょっ、っと……!!』



 初めての地下ではない景色に、ノビムは心が踊るように舞い上がるのがわかった。鼓動が自然と早まる。けれど、楽しいだけではない。



 不安ももちろんノビムにはあった。でもそれがさらに、いけない事をしているとノビムに認識させて不思議な興奮が襲ってくる。



『あれ? あっちに灯りが見える』



 仄暗い灯り。頼りないそれは、ゆらゆらと揺れる燭台に灯された蝋燭の焔の光り。



『ふっ! てりゃ! たぁーっ!』



『パパの声?』



 それはチットが戦斧を振るい、鍛錬をしている掛け声だった。鬼気迫るその声はノビムに好奇心を働かさせた。



『こんばんは、お嬢さん。親のいいつけを破るなんて悪い子だ』



『だ、だれ?』



 誰の気配も無かったはずなのに、背後から男の声がかけられた。



『私は--』



----



 ノビムは思考を中断し、過去を振り返るのをやめると「死」を握る。その戦斧は『特別製』。彼の贈り物。



「さぁ、レティシィル? 踊りましょうか」



『あら、話しかけてくるなんて珍しいわね? ノビム』



「今日は気分がいいのさ、レティシィル。君のあの方への想いを延々と語られても嫌にならないくらいに」



『まぁ、失礼してしまうわね。まるで私がさかりのついたメス猫のように言うのね』



「はは、事実じゃないか?」



 それきり、ノビムは黙るとレティシィルを右手に構える。その戦斧はフランキスカ。全長50cmほどと、チットのグランティスカまた別種の『特別』である神斧。その性能は、やはり違う。



 チットのトマホークとはまた別である。主に投擲斧と知られるのがフランキスカだ。トマホークは常用工具としても扱われる変わり種の戦斧である。



「属性は風、駆けろ! レティシィル!」



 レティシィルの刃先に緑色の魔力が宿る。そして、それをノビムは投擲した。標的である藁人形が爆ぜると、レティシィルが一瞬でノビムの手元に戻っていた。



「身体がまだ出来ていないのだから、合わせてあげてる私ってすごくいい女ね」



 レティシィルが得意げに鼻を鳴らしながらそう言い放つ。すると、フランキスカの姿から解き放たれ〝黒猫〟の姿で現れた。



 不幸を運ぶと言われる〝冥の四神〟。その1柱であるレティシィルは〝黒豹〟の姿で知られている。しかし、力を解放していない時は可愛らしい〝黒猫〟である。



「はいはい、ありがとうな。それで? 今日はあの方の好きなところシリーズはないのか?」



 ノビムが呆れたように、両手をお手上げのポーズにする。レティシィルは、ふんすと鼻を鳴らしてそっぽを向きながらもモジモジしだした。



「ん? どうした? 今日なら聞いてやれるぞ?」



 ノビムが煽るように言うと、レティシィルの眼がギラりと光った。獲物を捉えた女豹の眼である。


「え? え! 聞いちゃう? 聞いてくれるの?」


「あぁ、聞こう」


「じゃあ、話すけど、もちろんなんと言っても、あのお方はすべてが素晴らしいのだけれど、それを誰にも理解されないところがまた、かわいくて、いとおしくなってしまう理由なのよね!」


「……うん。そうなのか」


「それに、あのお方は誰にでも優しいの。でも、決して無償の愛なんていうクソみたいな物じゃなくてギブアンドテイク! 価値があるから優しくするの。それが信用への第一歩って思うの! 何もいらないけど愛をあげるなんていうわけわからんちんは、信用なんて無いと思うのよね!」


「まぁ、それはわかるな」


「けど、人間って甘い誘惑に弱いから、他の神みたいな代償のない愛なんてものにひっかかるの。馬鹿よねぇ! それが、本当に愛だと錯覚しているんだもの! 信仰心や知名度が力に直結するから、そういうやり方をしてるのよ! あの馬鹿どもはさ! それに--」



 そして捲し立てるように、レティシィルは呪詛の如き言葉を並べはじめた。いや、好きなところシリーズとノビムが呼称している、まさに悪魔の言葉である。



「あー、やっぱり全然あたまに入ってこない。呪文にしか聞こえないな、ははっ……はぁ」



 ノビムはため息をつくと、レティシィルの具現化を無理やりに解き、フランキスカに戻してから神臓に仕舞う。神臓なんて新しい臓器を体に造られた影響か、ノビムは身体能力などの向上が見られた。



『あ、ちょっと。まぁ、いいわ。中ででも話せるしね! それで、あのお方は神々の中でも異端児とされているのよね! 大いなる大地母神から生まれたあのお方は、けれどその身に大地母神の加護を受け付けず。そして冥界送りとなり、冥界の神となった。彼は「死」にひどく好かれていて、自然と他の神でさえも「恐れる」神になっていたの。家族だっていうのにひどいわよね。だからこそ極端な「歪に」育たなかった彼を私は、好きにって、そして「この身」へと姿を変えたの。愛の代償にね、そして--』



 こうして、許可を出して後悔するのがノビムの役割である。たまには、レティシィルにも〝毒〟を吐き出させてやるべきだと心得ているのだ。



「ほら、こうしても止まらない。早まったかもしれないな。はぁ……」



 言葉と態度では、嫌そうにしているがノビムにとってはレティシィルは良きパートナーである。家族と話せない時はレティシィルと話すしか無いのだから。



『でも「死」を司るということは、すべてのものから「恐怖」されることになった。冥界って「こわい」とかイメージあるかもしれないけど、そんなことないのにね! とってもメルヘンで、とっても個性的な「幸せ」な場所だと思うの。見てきた私が言うんだから間違いないわ? 『輪廻』とは犬猿の仲なのは話したっけ? それも仕方ないと思うわ? 彼は『輪廻』とは兄弟。そして、彼は『輪廻』を嫌う。だってそうでしょう? 母の愛をあの『輪廻』にすべて取られてしまったんだもの』



 神臓にいてもレティシィルの舌は饒舌に〝彼〟を褒め称える。ともすれば、ノビムも時期に洗脳されてしまいそうなくらいに。もちろん、〝逆〟の意味でである。



「はいはい。そうだね」



 既に、適当に相槌を打つにとどめていてもレティシィルは話し続けると学習済みである。耳タコなのだ。



『ちゃんと聞くの! これも「代償」よ。私の力を使うのだから、私の話をしっかり聞くことも「代償」なんだから。……ねぇ? 聞いてる?』



「はぁ。うん、聞いてるよ。でもさ、そろそろお父様も帰ってきそうだから部屋に戻るよ。ノルンが起きて君を知られても「大変」だからね」



『大変って失礼しちゃうなぁ。知られないように私が工夫してきてあげたの忘れたの? それを自分から秘密をばらすなんて、どうかしてるわ? 弟だとしても、信用しすぎるのはよくないわよ?』



「ははっ、あのお方の影響かい?」



『まぁ、ないとは言わないけれど。けど、あなたも「死」の加護を受けているのよ。周りのものの命を「奪う」ことがあるかもしれないわ? 「それ」はそういう力よ』



「心得ているよ。さて、部屋に戻ろうか」



 一人と『1柱の神斧』は、静かに誰にも見られず、地下へと戻り何食わぬ顔で、次の朝を深く眠りながら待つのだった。

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