ノルンとノビムとノブフの花・3
3人の子が並んで反省を示すために、床に座らされている。ノルン、ニッケ、マグスの3人である。
ノーブフの子供は反省する時は決まって、正座で座らされる。これが大人になると、相手の角を丁寧に磨くことが加わる。ここからも、ほかの種族からノーブフは不思議がられるのだろう。
大人の男3人に凄まれて、子供たちは蛇に睨まれた蛙みたいに身動きを取らせてもらえない。当然である。
普段から坑道は、遊びでも来ては行けないと言い含められる場所だ。崩落の危険もあるのだ。子供が近づいていい場所ではない。
それを理解しなくては、家の外に出してもらえないくらいにキツく言い含められる事柄の1つなのだ。
ノルンは5歳、ニッケとマグスはもう6歳だ。
ノーブフの中では、この歳になれば自分の行動に責任感を持たせる頃合になるのだ。
それだけに叱責は免れられない。生命の重さ、そして同時に簡単に消えてしまうのだということも教えなくてはならない。
「お父様、ごめんなさい」
最初に口火を切ったのは、ノルンであった。子分のことも巻き込んだ今回の責任は、自分にあるのだとノルンはなんとなくだが、気づいていた。
氏族としての責任感が働いたノルンは、その顔を真剣なものに変えて、父からの叱責を受け入れている。
さらには、ニッケの父であるニヘトには頭が上がらない。それに、マケットにもだ。あの場にはマグスも連れて行っていたのだから、当然である。
「それに、ニヘトさんとマケットさんも。すみませんでした」
ノルンの表情は覚悟を決めたような意志が感じられた。自分が責任を負うという覚悟だ。それに、間違いではないのだ。自分が2人を坑道に連れて行ったことに間違いはない、そうノルンは幼いながらにもわかったのだ。
それは、表情一つとっても伝わるほどの覚悟だった。
--男の顔をするようになったものだ。……あの、ノルンがなぁ。
チットは普段から落ち着きのないノルンに、氏族としての心がまえを教えていくのは、まだ先のことになるだろうと思っていた。しかし、目の前にいるノルンはどうだ。男の顔をのぞかせているではないか。
チットは少し、考えを改める必要がありそうだと内心少しだけ、いや。かなり喜んでいた。
「ノルン。これは俺とお前だけの問題じゃない。このチット国、全体の問題になりかねないことだ」
「はい、お父様」
「まぁまぁ、チット様。ここは落ち着いて話をしましょう。それに、この国は普通のノーブフの国とは違うのです。角の美醜で判断するだけの古いもの達ならば、チット様を氏族として認めはしませんからね」
ノーブフ以外の種族からノーブフは、角で争いを解決する不思議な種族として知られている。
しかし、チットの活躍を教訓に少しづつではあるが意識の改革は見られていた。
少なくとも、チットの国では大きな変化が見られた。
ノビムの風習は消えるに至っていない。が、少なくとも角の大きさや美しさは魅力としての扱いに留まる事例もあるくらいに、変化が起こっていた。
「それとこれとは、話が変わってくるだろ? マケット」
「まぁまぁ、子供たちも反省しているんですから! それに、頼もしいじゃないですか! 大人達がゴーレムにやられているところを、手助けしようとするなんて!」
チットはそう言われると弱いと、また別の親心が働いてしまった。成長は素直に嬉しいのだ。
「ま、まぁ。今回は何も無かったからいい。だが、ノルン。お前もよく考えて行動するようにな」
「はい、お父様。心得ました」
--本当に、成長したな。男子三日会わざれば刮目してみよ? だったかな? 三日も目を離してはいる親はどうなんだ? と、思ったものだが、半日もせずに、この成長だぞ。
「あ、あぁ。わかればよろしい。よし! ニッケとマグスもご両親の言葉をよく聞くようにな!」
「「はい、マット様!」」
------
乱雑に並べられた料理、度数の高いアルコールがカウンターに置かれている。
店主は黙々と陶器製の食器を洗っては、流れるように料理をしている。時折、客の会話に相槌を打ちながらもその動きに余念はない。
そんな中、3人の親父たちは、酒を飲み交わし腹の底から笑い合っていた。かと言って、酒癖が悪い訳では無い。めんどくさいだけだ。
仲間うちでの酒癖ならば、まだ許容範囲だろう。それに、お祝いムードに水を差すほど裁量の狭いものは、この酒場にはいない。
「まさか、厄介事がこんなに喜ばしいことに、転がるなんて今日はめでたい日だ! わが子の成長ほどめでてぇ、ことは無いな!」
マケットは上機嫌に2人に向かってそう言うが、本日これで10回目になる言葉だ。
店主が呆れたように笑って様子を見ている。その合間も、手は忙しなく動きを止めずに作業をしている。客の注文を捌くのも忘れていない。
「まったくだ! こんなにめでたい事はそうそうないぞ!」
ニヘトも大分、上機嫌だ。どうやらニッケも成長が見られたらしい。その表情は満面の笑みだ。普段しごかれている団員が見れば、その機嫌の良さに驚くだろう。
「ははっ、そうだな! しかし、ノルンがなぁ」
チットまでこの調子である。この流れが10回も続けば、周りの客も心得たもので、呆れ笑いをしながらも同意を示す。
中には便乗して自分の子を褒め出すものも出る程だ。
親父たちの夜はまだまだ、長そうであった。
----
「へぇ、そんな事があったのか。ノルンも、もっと考えてから行動したらよかったかもしれないね」
「そうなんだよね。僕も反省したよ。お姉ちゃんならどう行動していたかな?」
「おや、ノルンも話し方がだいぶ大人びてきたね。心境の変化でもあったようだ。ふむ、私ならそうだな……、ノルンと同じ行動をしていただろうね」
「へ?」
「あはは、驚くよね。けどね、私だって憧れたりするんだよ。特に、外の世界は私には憧れだらけだ。好奇心だって抑えられそうにない。どんな出来事が起こったのか、気になってしまって私もきっと同じ行動をしたね」
「そうかぁ……、そうだよね。お姉ちゃんは外を知らないんだもんね」
「ふふ、実は違うんだけどね」
「え?」
「お父様には、ひみつだけれど。ノルン、秘密は守れるかい?」
「ひ、秘密って? も、もちろん守るよ!」
「実はね、こっそりとみんなが寝た頃に城の訓練場で戦斧を振り回しているのさ!」
「えぇ?!」
「あはは、いくら食事を制限していてもこんなところで閉じこもっていたら太っているはずだろ? たぶんお父様も勘づいているはずさ」
ノルンは納得した顔をしたかと思うと、しきりに頷いて見せた。どうやら感心している様子だ。
「さて、夜も更けてきた。今夜はお姉ちゃんと一緒に寝るかい? ノルン」
「えぇ! いいよ! 僕は部屋に戻るよ」
「ダメだ。弟の成長が、これほど寂しいと思ったことはないんだから。もちろん、嬉しいけどな」
「……わかったよ。でも、今度お姉ちゃんの戦斧さばきをみせてよ! お願い!」
「そうだな、ノルンが起きていられたらな。さ、おやすみ」
「約束だよ! おやすみ、お姉ちゃん」
姉と弟は互いに笑い、おでこを押し付け合いながら深い眠りへと誘われていった。
ふと、ノルンが寝息をたて始めた頃ノビムは起きる。
「あぁ、わかってる。秘密をもらしたのは謝るよ。けど、仕方ないだろ? ノルンがこんなに成長しているだなんて、思わなかったんだ。男の子は幼いと思っていたら、急に成長するんだな。--少し体を動かすかな」
ノルンを起こさないよう気をつけながら、ノビムは部屋を後にした。