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ノビムに約束の花園を  作者: 山波斬破
ノビムの初めての願い
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ノルンとノビムとノブフの花・2

 ノーブフたちは朝がとても早い。チットの国民である支族も、働き者ばかりである。昼には全ての仕事を終えてしまうほど仕事に対して勤勉だ。

 冬ともなると、動物たちも秋に蓄えた食料で巣にこもることが多く、狩人の獲物も少なくなってしまう。働き者のノーブフは、暇を嫌い、民芸品の制作などに着手する者もいる。

 ノーブフの作り出す民芸品は、木彫りの像が多い。大地の神の模像であり、毎日祈りを捧げるものになる。だからこそ、丹精込めて作られる。

 そんな季節ではあるが、防衛団の者は休みなく体を鍛えておかなくてはならない。休みなどすれば、体がそれだけ鈍るのだ。それだけに、ノーブフの中で彼らの地位は高い。



 チットの家臣であるニヘトは、そんな防衛団員たちに激を飛ばしていた。


「うりゃあ!」


 団員の一人が戦斧を振るうが、その動きはぎこちない。寒さで動きが緩慢になっているのだ。まだ年若い団員で、防寒具の着こなしもどこかだらしがない。


「おい! 腰が入ってねぇぞ! 寒いからって、そんなへっぴり腰じゃあ敵さんを殺せねぇ。いいか、よく見てろよ?」


 ニヘトがその手に持った戦斧を振り下ろすと、小気味よい風切り音が団員たちの耳に届いた。

 自分たちとのあまりの違いに、落ち込むもの。憧れの視線を送るものに反応は二分(にぶん)されていた。


「うおお! やっぱり団長の戦斧使いは段違いだぜ!」

「さっすが団長!」

「ふん、これくらいで驚いているようでは危険な魔法生物に出会ったら命がないぞ。ただ型をこなすだけなんて誰にでも習得できるんだ」


 何を当たり前のことを、と思いながらも褒められて満更でもなさそうにチットは鼻を鳴らす。しかし、照れ笑いしてしまい恥ずかしげに咳払いをした。

 命のやり取りをするということは、自らもまた生命をかけなければならない。殺していいのは、殺される覚悟がある者。


 そして、生きるためという理由が必要だとニヘトは思っている。


 それだけに生半可な努力で不真面目に訓練をこなすことは許せないことだと団員たちに教え込んでいた。もちろん自分も怠る気は無い。

 ニヘトの息子であるニッケ。彼は体格には恵まれている。だが、武の才能はまだまだ伸び代がある。

 それには、年齢が6歳だからという理由も含まれているのだが、力ごなしに武器を振り回してばかりで技術はまだまだ、未熟なのだ。

 残心も出来ないうちは、武に足を踏み入れたとは言えない。それがニヘトの基準らしい。


 ニヘトにとっては、ニッケは妻の忘れ形見のように大切な存在だ。


 たとえノーブフが医学や薬草学に詳しくとも、本人の体力が無ければ治療は間に合わずに命は散ってしまう。

 命の輝きは儚く、短命なもの程にその価値は大きい。その家族にとっても、本人にとっても、命とは尊いのだ。


 命の価値は等価値だなんて言葉を、ノーブフは簡単に口にしない。

 人間のように領土を奪い合うために、戦争で血を流して、命を粗末にすることを良しとはしないからだ。

 勿論、ノーブフも領土は奪うこともある。だが、そこに武力行使はない。交渉すらない。ノーブフはお互いの危機を理解しているからだ。

 人間から子供を奪われないようにする為、人間に攫われた者を助け出すために喪った命。

 縄張りに気をつけていたはずなのに、人間が刺激したドラゴンに襲われ、破壊された領地。

 少なくなったノーブフを補完するため、など理由は様々だが、そこには人間が絡む。



 人間との確執は、そこからも来ているのだから。


「大変だァ! 坑道にゴーレムが出たぞお!」

「何ィ?! 全員武装を整えろ! 1番隊と2番隊は俺に続け。他は街を防衛してろ! 行くぞお前ら!」


 ニヘトは大慌てで装備を実戦に使用するもので整えると、声を張り上げて団員たちを鼓舞した。

 慌てるのも無理はない。呑み友達であり親友でもあるマケットが鉱山で働く鉱山長だからだ。

 皆からは親方と呼ばれるほどに慕われる男である。さらに、ニヘトとマケットはお互いに遠慮なく会話をすることができる友なのだ。


「くそっ、ゴーレムだと? なぜ今更出てくるんだ。この5年、1匹たりとも魔法生物も出なかったような坑道だぞ? 厄介なゴーレムが眠っていたのか。遺跡の線も出てきたかもしれねぇな」


 ゴーレムを創り出せる魔術師は現在では貴重な存在であり、宮廷魔術師として扱われてもおかしくないくらいだ。

 そして、洞窟や遺跡に眠るゴーレムは太古の魔術師が生み出しただけあり、強力な物が多い。


「死ぬなよ! マケット」


 力強くニヘトは走り出した。




----



「なんだか騒がしいですねノルン様」


 ニッケが不安そうに行き交う人を眺めてそう口にした。


「坑道の方にニヘトさんが行ったみたいだよ? ニッケ」


 ニヘトが大慌てで坑道へ向かう姿を見たマグスも、また不安を隠せない様子だ。

 父親が働いている場所で何かがあったのは間違いなさそうである。不安になるのも当然と言えた。


「大丈夫だよ、ニヘトさんが出たってことはすぐに解決するよ。たとえ魔法生物が出てきたってニヘトさんなら、へっちゃらさ」


 2人の不安を和らげようとノルンはそう言葉にするが、その目は不安に揺れていた。大人たちの焦りようが、普通ではなかったからだ。

 しかし、子供である3人に出来ることなどない。だからこそ、見送ることしか出来ない不甲斐なさを幼いながらにも抱いてしまったのだ。

 無謀だとわかっていても、男ならやらなくてはならない。そんな気持ちになるのは「英雄」に憧れる年頃の彼らには自然なことだった。



------



 ニヘトが鉱山にたどり着いた時には鉱夫たちは、ほうほうの体で逃げのびたのか、ほとんどが鉱山の入口でへたり込んでいた。

 ゴーレムが起動するタイミングは、遺跡だとすれば宝が奪われそうな時である。つまり、ゴーレムの配置された場所の近くには宝があるはずである。しかし、ゴーレムは自然発生するタイプもいるから見極めが難しい。

 たとえ近くに宝があるにしても、それがある空洞が上下左右どこにあるかもわからないのである。


 ニヘトは息を切らせた様子も無く、ゴーレムがいる坑道に入り込む。


「うわぁぁあ! た、たすけてくれぇ!」


 一人の鉱夫がニヘトと入れ違いに外に逃げ出していく。


「近いな」


 ニヘトは戦斧の握りを確かめながら、その足を速める。


--もうすぐだ、待ってろ!


 突然、開けた空洞にたどり着く。そこだけ、次元の違う広さで自然にできた空洞ではないのがすぐにわかる。


「ニヘト! 助かった。俺じゃ太刀打ちできそうにない! 頼む!」


 筋肉隆々の禿頭に黒い角をはやしたノーブフが、ピッケルでゴーレムと戦っていた。かと思うと、駆けつけたニヘトに気がつきそう言い放った。マケットである。


「マケット! 任せろ! 下がってな!」


 ニヘトはマケットと入れ替わるようにゴーレムに立ちはだかる。そのゴーレムはまさに古代のゴーレムに相応しく巌のように硬質な石材で出来ていた。古代の魔法がかけられているらしく、その体には魔法的な紋様が浮かんで明滅していた。



「くそったれ! なんだこいつの強さは!」


 ニヘトの戦斧を持ってしても、ゴーレムの破壊は遅々として進まず、負傷者が増えるばかりだった。もう、戦い始めてどれくらいの時間が経ったのか、ニヘトには判断がつかなくなっていた。

 ニヘトが戦斧を振り下ろせば、ゴーレムはその頑丈な腕で難なく受け止める。このままでは埒が明かないと、ニヘトも肉体強化の魔法を使う。しかし、ゴーレムに傷一つつけることさえかなわない。


「チット様はまだ来ないのか! くそっ、皆! チット様の到着までなんとかもちこたえてくれ! 必ず、チット様ならば倒せるはずだ!」


 そうは言ったものの、ニヘトの疲労も限界に近かった。全盛期に比べて、その腕は落ち込んでいてマットから暇を言い渡された。

 しかし、チットが使ってくれると言って、この地へ共に来たのだ。チットの片腕として、存分に力を発揮しようと思っての決意だった。

 ニッケの母であるミンケの忘れ形見である息子を守り通す為にと、あそこで心が折れ無かったのは誰のおかげか。


 腐っていた自分を鼓舞したあの言葉は忘れられない。


『ニヘト、たしかにお前さんは全盛期に比べれば弱くなっちまったかもしれねぇ。だがな、お前さんが守らないでニッケは誰が守る? 流行病とはいえ、体力が生まれながらになかったミンケの死を受け入れろとは言わねぇ。だが、今まさにお前が腐っちまったらニッケも死ぬぞ。立てよ、ニヘト。俺についてこい、俺はお前を信じているぞ』


--そうだ。俺はこんなところで終わる男じゃねぇ。何をひよってやがる、ここが力の見せどころだ! あとの事は知らねぇ! 全力だ! 動けなくなってもかまいやしねぇ!


 ニヘトの体から赤いオーラが立ち昇る。全力の身体強化を施したのだ。正に命をかけた〝火事場のクソ力〟である。


「うおおおらぁぁあぁあ!」


 ゴーレムはその気迫に、一瞬動きを止めた。心がないはずのゴーレムがである。そして、ニヘトの戦斧がゴーレムに届くと同時に、意表を突く出来事が起こる。


「父ちゃん!」


 ニッケが、ニヘトのすぐ近くにいた。


--なぜ、こんなところにニッケが? 不味い! ゴーレムを倒したとしても破片が飛び散る!


「避けろ! ニッケー!!」


 ゴーレムに深々と刺さった戦斧はその核に届き、ゴーレムから激しい閃光が放たれた。


「ぐっ、ニッケ! ニッケ! 無事か!」


 ニヘトが慌ててニッケのいた場所に駆けるが、そこに居たのは大盾を構えたチットであった。


「あぶねぇ、あぶねぇ。どうやら、間に合ったみたいだな」


 その姿を見て、ニヘトは安心したように膝をついて涙を流した。やはり、チットを信じてよかったのだと確信した瞬間であった。

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