オガの風穴
二人はゼイアの神殿に辿りていていた。ゼイアの神殿。神殿と言われるからには荘厳なものを想像するものが多いだろう。しかし、ノーブフが精霊神のために造り上げる神殿は想像をはるかに下回る造りになっている。
人間なんかが見れば、これは本当に神殿か? と、首を傾げるだろう。小さなログハウスのようなゼイアの神殿を前にして、ノルンとノビムは膝をついて祈りを捧げた。
「ゼイア様、どうかオガト様の空けた風穴に立ち入ることをおゆるしください。私ノビムに、ノブフの花を見る機会をお与えください」
「願わくば、私の家族に祝福を……」ノルンに、その願いが聞こえぬよう、小さく祈るに留める。ノビムの声は、震えていた。
ノルンはそんな姉の様子に不安を抱いていた。先ほど話していた時も国に、もう城に帰らないような発言をしていたのも不安に拍車をかけていた。
『ノビム』という風習が今、どんなものなのか。はっきりと、ノルンは意識したのだった。
「さて、オガの風穴とやらに行こう。ノルン、ありがとね。一緒に来てくれて……」
「うん、行こう。きっと綺麗な花なんだろうなぁ。ノブフの花」
「……そうだな」
レティシィルがノビムの腕の中で「にゃー……」と鳴いた。
「ここが、風穴?」
ノルンがそう、声を漏らす。その風穴は大きな穴で、螺旋状に階段が下に続いている深い穴だった。これを空けたオガトの力に慄くのも無理はない。どれだけの力を持てば、このような穴を空けられるのか。一個人の力で、だ。
「すごかったんだね、オガトってノーブフは」
「お姉ちゃん。こんなの出来っこないよ。きっと自然にできたものをオガトってノーブフが、空けたんだぞー! って嘘ついたに違いないよ」
「それは……どうかな?」
そんな言葉を交わしながら、二人はゆっくりと岩で出来た螺旋階段を降りていく。長年たっているにも関わらず、崩れずに階段が維持されていることにも何らかの〝力〟が働いていることがうかがえた。
「深い穴だな」
「そうだね。こんなにでかい穴を空けたのは、どんな理由だったんだろう?」
「さてな、それは本にも書かれていなかった謎だ。ヘネアレイトっていう詩集に、オガトとそれに関わるものの謎が書かれているが。何分、詩というものは抽象的でよくわからないからな」
「へぇ、ノブフの花についてヒントを得たのも詩からだったんだよ。お姉ちゃん」
「ふむ? それは是非とも読んでみたい詩集だな。気になるよ」
下に降りていくにつれて、その暗闇は深くなっていく。月の明かりも僅かばかりで、壁伝いに進んでいても恐怖は消えない。何せ底が見えないのだ。
「これは、精神力が鍛えられそうだ」
「うん。なんだか何日も歩いているような気がしてきたよ。気が遠くなるような深さだね」
「それだけに、素敵な花を見られるのかもしれないな」
「そうだね、どんな花なのかなぁ?」
「なんでも、悲哀の花ともノブフの花は呼ばれていたらしい。オガト様が、愛する人へ懺悔の気持ちで咲かせた花とも云われているんだ」
「懺悔?」
「言葉が難しすぎたか。んー、罪を悔いて謝りたいってところかな」
「ふーん。オガト様にも愛する人がいたんだね」
「それは、誰にだっているさ。私がノルンやお父様、お母さまを愛しているように、ね」
「あ、そうだね!」
ノビムは言いあぐねていた。自分がこれからとる行動は、家族を悲しませるだろうことは分かっている。だが、この〝死〟の加護がある限り周りの誰かが〝死〟に近づくことは間違いないのだ。ノビムは寂しさと悲しみで胸が張り裂けそうだった。
「それにしても、この穴どこまでつづくんだろうね?」
どこまで歩いても底が見えてこない。それは退屈だった。ノルンは話を切り出す。
「さぁな。だけど、たどり着くことには間違いないよ。底が見えないだけでね」
「不思議な穴だよね。こんなに深くまで降りたのに明るい」
「それは、まわりを飛ぶヒカリマケロウのおかげだろうな」
ヒカリマケロウ。別名、光虫は洞窟などに生息するその名の通り光る虫だ。
「あ、ほんとだ。不思議な虫だよね。光るんだもん」
ノルンは目の前に飛んできたヒカリマケロウを指先でつつこうとして逃げられて不満顔になる。
「世界にはもっと不思議な生き物がたくさんいるんだぞ、ノルン」
そんなノルンに微笑ましくなり、ノビムが本で見た生き物たちの話をしてやる。どれも、ノルンには聞いたこともない生き物だった。
「へぇー、見てみたいな」
「そうだね」
会話を重ねる毎に、ノビムの胸は締めつけられた。ノルンと離れたくない。お父様も、お母様とも離れたくない。けれど、冥界の神の加護はノビムの周りに死を与える。今はまだ力が弱いからいい。だけど、成長していけば……。
「お姉ちゃん?」
ノビムの心の葛藤を見抜いたのかノルンが、不安げにノビムに問いかける。
「いや、何でもない。さぁ、もうすぐ着くぞ」
「あ、本当だ」
長い階段も終わりが近かった。2人は底を見つめてみる。ヒカリマケロウが周りに飛び回り、蔦が巻きついているオガトらしき者の銅像があった。幻想的なまでにそれは美しく、そして今にも動き出しそうな気配さえ漂わせていた。
「あの人がオガト様……」
「そうだな」
2人はそんな銅像に、魅入られたかのようにため息をそっと零した。これから見られるだろうノブフの花を思いながら。




