長い夜が明け
学生の本質は学業です。
それでも学校生活のうち少しくらいは自由にのびのびできる時間があるわけで。
そう、例えば昼休み!
四限目の授業が終わると、皆、思い思いに友達や部活動の同じ子達と集まってお弁当を食べる。
本当なら私もいつものように、別のクラスにいる友達のところに行ってお昼ご飯を食べるんだけど……今日は別の人と食べることにした。
自分の席についたまま、お母さんお手製のお弁当を机の上に広げていると、私の前の席に玲音が座った。椅子だけ私のほうを向けて、持ってきたパンと紙パックのジュースを私の机に置いてくる。
最初はしばらく無言だった。
教室のがやがやとした喧騒に混じって、玲音のパンの包装がカサカサと聞こえるくらいに、私たちの間には会話がなかった。
私がお弁当を半分食べたくらいで、ようやく玲音から話を切り出してくれて。
「奈乃ちゃん、昨日のことだけど……スイさんと撫子さん、大丈夫かなぁ」
「……」
お弁当に入ってるポテトサラダをひと口食べる。ゆっくりと咀嚼すると、ポテトの甘さとマヨネーズの油っぽさ、それからシャキシャキの玉ねぎが自己主張してくる。
こくりと飲み込んで、お茶を飲む。
玲音が不安そうな面持ちになっている。そんな顔されても困る。
「大丈夫だと思うの?」
刺々しい言い方になってしまった自覚はある。玲音がうっと言葉をつまらせて。
私は卵焼きを箸で小さく切った。
「パレヒスの痛みのフィードバック、一回死んだキミのほうがよく分かるんじゃない?」
「う……ん、そうだね。あれは、すごく痛かった」
玲音が食べかけのパンの包装をがさがさといじりだす。
昨日、私が気絶した後のこと。
そのすぐ後に乙さんの魔力が底をついて、撫子さんとスイさんは体力を回復されながら腹を角でえぐられ続けるという痛みから解放されたらしい。二人のHPもまた、あの場から逃げられないからゼロになり、二人のアバターは消滅したそう。
しばらくは魂の炎が揺らめいていたそうだけど、しーの麻痺が完全に消える前に、二つの炎はかき消えた。おそらく、デスペナルティを課せられること覚悟で、ホームポイントでの蘇生を選んだんだと思う。
そこから先はもう、どうにもならなかった。
気絶判定が解除されて、私の意識が戻っても前衛のアタッカーはしーだけ。
発動に時間のかかる私の破壊魔法とスキルレベルの低いしーの火力だけでは、六割をようやく切ったエアレーを倒すことなんて到底無理。テイマーの乙さんも種族特攻があるからと言って、エリちゃんを主戦力として扱うにはリスクが大きい。
仕方なく私たちは戦闘を放棄し、クエストを破棄した。
クエスト破棄の旨をソルティに伝えると、悲しそうに彼は「よく無事で戻ってきてくれた。それだけでも成果だ」と言って、また新たな挑戦者を石碑の前で待ち始めた。
正式にクエストを破棄した私は、しーと乙さんの前で撫子さんとスイさんにチャットを使って連絡を取ろうとしたけど、二人はすでにログアウトしてしまった後のようで、連絡はとれずじまい。日付も変わる頃だったので、私たちもまたそこでログアウトした。
完全な敗北だった。
強くてニューゲームだからって、調子に乗りすぎてた。
昨日のことを思いだした私は、また黙り混んでしまう。玲音もそれは同じで。
連絡がつかない撫子さんとスイさんが心配だ。パーティーリーダーとして采配が取れなかった私が一番悪い。二人がパレヒスをやめちゃったら、私のせいだ。
まるでお通夜のような雰囲気でもそもそとお昼ご飯を食べる私たち。そんな私たちの直ぐ側を通りすがったクラスメートが声をかけてきた。
「奈乃っちと平群くん、どうしたの?」
声をかけてきたのは田嶋真凛。気さくな真凛が、私たちの間にひょっこり割り込む。
隣の席から椅子を引っ張ってきて、私と玲音と同じ机に向かい合ってきた。
「真凛〜」
聞きたそうにしていた真凛に、かくかく然々とかいつまんで話をする。別に話してはいけないという決まりでもないし。
色々と省いて事のあらましを説明すれば、真凛はふむふむと頷いて。
「奈乃っちがやってるゲームって言うと、パレスセレスト・ヒストリー?」
「田嶋さん、知ってるの?」
「うん。兄貴がやってるし、奈乃っちから時々話も聞いてたから」
玲音が驚いたように聞き返したけど、真凛はそんなに驚くこと? と笑って聞き流した。知らないだけで結構いるんだよね、パレヒスユーザー。玲音とだって偶然それで知り合ったんだし。
だけど真凛は急に真面目な顔になると、声を潜めてきて。
「うちの兄貴も昨日、そのゲームやってたんだ。深夜過ぎくらいかな。自分の部屋から真っ青な顔で出てきてさ。なんかそこそこ強いモンスターと戦って来たらしいんだけど、死ぬときのフィードバック? ってのが相当きつかったみたいでさ。しばらくはログインしたくないって言ってた」
「僕たちと同じ人たちがいたんだね」
「まぁ、実装された上級クエストはソルティだけじゃないから。私たちと同じで引き継ぎの人は強いモンスターと戦いたくってしょうがないと思うよ」
真凛の話に目を丸くしている玲音に私ははぁ、とため息をつく。
「うちのギルドの人たちも、真凛のお兄さんみたいにトラウマになってログインしないって事にならないといいけど……」
「それもそうだけど、僕、ギルド脱退しないのか不安だな」
「なになに? ギルドって?」
「あー、えーっと。一緒に戦う仲間みたいな人たち。ギルドの中からVRに引き継いだメンバーで小さいパーティ組んでたんだ。でも私らのパーティで死んじゃった二人、モンスターにやられた時に、同じパーティの人の行動でちょっとひどいことになってたから……」
後から考えてゾッとしたけど、どう考えてもお腹ドリルでえぐられてる状態で回復魔法によるデスループは怖すぎる。私なら殺してくれって思うし、絶対叫ぶと思う。乙さんは良かれと思ってやったことだと思うけどさ……うん……。
「そっかー。それならその人恨んでギルド脱退? もしちゃいそうだね」
ゲームもそういう人間関係って難しいんだねと真凛は言葉を添える。
私も玲音もこくりと頷いた。
その後は真凛が別の友達に声をかけられたので、私たちは再び黙々とお弁当を平らげ始めた。
ぽつぽつとこれからの方針を相談した結果、とりあえずは定期的にログインをして撫子さんとスイさんの動向を見ておこうと言うことになった。旧サーバーのチャットもあるしね。
私はお母さんとの約束で、平日のゲームは三時間までって決められてる。セーフティ設定も初日だから緩和してくれただけで、今日からは二十四時で強制ログアウト予定。本当はずっとやっていたいけど、なかなか自由がない身なのです。
「それじゃ玲音くん、よろしくね。今日、みんながログインしてたら反省会しよう」
「分かったよ」
頼もしく頷いて見せた玲音に、私もちょっと気持ちが和らいだ。
撫子さんとスイさん、無事にログインしてくれるといいな。