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これがVirtual Reality

 エアレーが目障りな虫を払うかのように暴れている。それをスイさん、撫子さん、しーの三人で、大振りな攻撃の隙を狙うようにしてアタックをかけていく。


「カムラッドヒール!」


 パーティ全員の体力を回復する。でも減りすぎた体力は全快にまで達しなくて。


 背中がぞわぞわした。

 これが、戦うということ!


 魔法で回復しても、エアレーの攻撃がそれを上回る破壊力で繰り出されてしまう。これじゃ、あっという間にジリ貧だよ……!


 エアレーの体力は、ようやく七割を切ったかというところかな。体力バーがあるゲームで良かった。なかったらいつ終わるのかわからない戦闘に、メンタルがやられてたかも。でもでも、逆に言えば七割も残っているということで。攻撃範囲が広いから、前衛はまともに避けることも敵わない。


 さっき体力とスタミナを全快にするために後退してきたスイさんが言っていたけど、ゲームやアニメでやるような体さばきをしようにも、真似ができないらしい。どうやって体を動かせば良いのか分からないのだとか。スキルなら正しい身体の動かし方をすればシステムサポートが発動するけど、通常動作じゃ発動しないみたい。なんてこった!


 防御を捨てて火力を以て相対しようとも、溜め技に生まれる一瞬の隙が命取りになる。慎重に撫子さんと、スイさんが一撃一撃を打ち込もうとも、クリティカルボーナスも奇襲ボーナスも入らずに決定的な一打とはならない。


「PCの時ならもうとっくにクリティカルの一つや二つ出ててもおかしくないのに……!」


 隣でエリちゃんをゲージに入れ、一緒に前衛三人を支援していた乙さんが歯がゆそうに呟いた。私も同じ気持ちだよ……!


「チャージ」


 カムラッドヒールの魔法印を描いて、杖にチャージする。六十秒間だけだけど、杖によっては「魔力の蓄積」というスキルで魔法を一つ溜めることができる。これで瞬時に魔法が放てる。


 前衛にいたしーが、後ろ尾で叩かれた。防御の姿勢をとったけど、体力が激減して。


「カムラッドヒール!」


 私はすかさず魔法を解放した。パーティに向けて放たれる魔法だから、しーだけではなく、スイさんと撫子さんの体力も回復する。


「カムラッドエナジー!」


 隣で乙さんがパーティ全員のスタミナを回復させる。前衛の三人はもちろん、私も乙さんも魔法技術スキルを使うためにスタミナを使っているからね……!


 で、言うまでもなく、私と乙さんの魔力も底を尽きかける。前衛三人の体力が全損しないうちに、魔力を回復しないと……!


マナスパーリング(魔力消費減少)スピリートユニタトス(魔力回復量上昇)マナラマセ(魔力継続回復)!」


 自分のステータスを確認。魔力回復のポーションをぐいっと飲んで、さらに三つのスキルで自分の魔力が全快する時間を弾き出す。パレヒスの悪いところ、ポーションにも連続使用を制限するためにクールタイムが発生するところなんだよね……!


 およそ六十秒。

 マナラマセはスキル使用中、動いてしまうとその時点で術の効果が途切れてしまう。瞑想のようなスキルだからこの動作不可のデメリットがつらい。


 六十秒。

 六十秒保ってくれれば、魔法の支援をすることができる。


 私が魔力回復をしだしたのを見ると、乙さんもまた自分の魔力を確認。多種多様な支援魔法と回復魔法を連発していた私とは違って、乙さんはカムラッドエナジーだけを集中して行使していたから、まだ余裕はありそう。


 その間にも前衛が攻撃を受けて体力を減らしていく。

 乙さんは彼らの体力を回復させようと魔法印を描いた。


「カムラッドヒール! ……えっ?」


 乙さんが魔法を放とうとすると、魔法印がミスのウィンドウを出してパキンと消滅した。


「な、なんで!? 魔力も足りてるし、今まで発動してたじゃないっ」


 乙さんの焦る声。

 ミスのウィンドウが何度も出る。このままだとヒールが間に合わなくなる……!


「どうして……!?」


 混乱している乙さんが見ていられなくて、マナラマセを中断した。ある程度回復したからよし!


「乙さんどうしたんですかっ」

「ヒールが、使え、ない……!」


 そんなはずは……と乙さんの描く魔法印をみた。


 あぁ、これは。


 少しだけ苦い気持ちになる。

 魔法印は魔法によってマークの種類も、描く数も違う。乙さんの描く魔法印は、カムラッドエナジーのもの。乙さんはカムラッドエナジーの魔法印を無意識のうちに描いている。


 カムラッドエナジーを連続して行使していたせいかもしれない。乙さんはよく似た魔法印と数のカムラッドエナジーとカムラッドヒールが混ざってしまってる。


 それを指摘しようとした、その瞬間。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 絶叫。

 鼓膜が震えるほどの。

 痛みの叫び。


 私と乙さんは声のほうを振り向いた。

 あ、と声がこぼれる。


「しー!」


 しーが私のほうを見た気がした。

 その口は「ナノちゃん」と小さくつむいでいるように見えて。


「しー……!」


 その一瞬後、無常にもしーのアバターはパリンと軽快な音を立てて消滅した。その場に魂の炎がゆらめく。


 HP全損による、消滅。


 目の前で悲しそうな顔をして消滅していったしーの顔が、私の脳裏に焼き付いた。


 ショックだった。

 でも、これがゲームだ。


 ゲームなら、こういうことは当たり前。

 現に今までだって、クエストに失敗し、当たり前のように死んできた。

 今回もまたそれと同じ。

 HP全損によるゲームオーバーなど今さらなのだ。


 乙さんが、震える声で言葉を漏らす。


「ごめんなさい、しーさん……! 私が、私が魔法印間違えなければ……」


 謝る乙さんに、私も前を向く。私もつられて、しーに誤ってしまうところだった。でも乙さんの言葉を聞いて、何か違う、と違和感を持つ。


 そう、これはゲーム。

 現実ではないんだもの。

 目の前で死んでいった彼は、ゲーム内での死であって、現実世界に直結している訳じゃない。


 私は知ってる。

 しーは帰ってこられるって……!


 蘇生の魔法を三分以内にかけられれば、しーはすぐにでもこの場所に復活を遂げられる。

 助けられたはずの仲間を目の前で見殺ししてしまったことに罪悪感はおぼえても、私たちがやるべきことはしーへの懺悔じゃない。


 私が、やるべきことは。


「……カムラッドヒール!」


 私は乙さんが失敗し続けていたカムラッドヒールを使って撫子さんとスイさんの体力を回復する。それからエアレーに向けて駆け出した。


「ナノちゃん!?」

「ヒールとエナジーを続けてください! 私はしーに蘇生かけてきます!」


 私は脇目もふらずに全力で走る。

 少しすると、後ろから回復魔法のエフェクトが広がって。


「カムラッドヒール……!」


 良かった、乙さんのヒールが成功した!

 安心したのは私だけじゃない。

 体力が限界値だった撫子さんとスイさんも、ようやく防御から、攻撃に転じることができる!


燎原之火(りょうげんのひ)!」

「ククールス!」


 撫子さんが火属性の刀技を、スイさんが速さと鋭さを追求した拳を、エアレーに叩き込む。

 どちらかの技がエアレーのウィークポイントをヒットしたようで、クリティカルボーナスが入る。エアレーの体力が目に見えて減少した!


「効いたぞっ」

「いけるか!?」


 撫子さんとスイさんが声を掛け合う。

 エアレーの体力は残り六割。クリティカル判定が入ると確信し、二人のモチベーションはさらに上がる。そうだよ、強くてニューゲームした私たちだもん。これくらいのクエスト、PCのときなら全然余裕だったんだたし!


 走って走って、私はエアレーのタゲに入らないように足元へと滑り込む。ようやくしーの魂のところに来た……!

 私は深呼吸する。エアレーの攻撃範囲内にいるから油断ができない。かといってしーの魂の炎を動かせるわけでもないから、この場で蘇生をしないといけない。


 蘇生魔法の効果範囲はとても狭くて、チャージも不可能な魔法。パレヒスVRにおいては「魂の炎に触れること」が発動条件になっていた。


 私は杖を持っていない手で、しーの魂の炎に触れる。

 炎はさらさらとした水を触るような感触で、熱さは無かった。


マナスパーリング(魔力消費減少)スピリートユニタトス(魔力回復量上昇)マナインクルメンタル(強化成功率上昇)


 まずは魔力消費を抑えるために魔法技術スキルを使う。それから強化成功率を上げる魔法をしーにかけておく。


 蘇生魔法はどれだけスキルを極めようとも、一定以上失敗率が下がることがないスキル。運が悪ければ、十回連続でミスして術者の魔力が尽きたという話もきいたことがある。だからこそこの強化成功率をあげる魔法は必須なんだよね。


 私はもう一度、大きく息を吸い込んだ。

 まさか初日でこの魔法を使うことになるなんて……!

 蘇生の魔法印を刻む。


蘇生(リザレクション)!」


 成功して……!

 私は祈る。

 魔法の成功判定のでるコンマ数秒すら、長く感じられた。

 そして。


 ――シャン……


 耳に響いた澄んだ音。

 成功の、音。


 青白い炎が燃え上がり、炎に包まれてしーの体が再生する。


「しー!」

「ナノちゃぁぁぁん!!」


 炎から解放されたしーがふらりと倒れこむのを見て、私は抱き止めた。

 よかった、成功した……!


 だけどしーのステータスは瀕死状態。蘇生が成功したら、次は回復をしないと!


 ぎゅうぎゅう締め付けてくるしーをそのままに、なんとか杖を動かす。しー、邪魔なんですけど……!


「レースアルカーナ」


 対象一人を魔力の泡が包み込むように回復させる魔法。回復量は少なめだけど、体力、スタミナ、魔力をある程度回復することができる。


 まだまだ全快には程遠いから、ここから体力を大回復する魔法と、スタミナを大回復する魔法を使う。しーも調合師らしく自前のポーションを使って足りない分を回復。


 あとは保険としてアダマースパリエースをしーにかけておこう。私は宙に魔法印を描こうとして。


「――■■■■■!!」


 エアレーが咆哮をあげる。

 ビリビリと体が震える。


 な、なに!?


 がくりとしーが膝をつく。体力もわずかに減っている。撫子さんとスイさんをさがせば、二人とも膝をついていて。


 遠くにいた乙さんは無事みたい? 私もだけど。もしかして今の咆哮は魔法スキルが何か混ざっていた? だから魔法耐性の極端に高い私と範囲外の乙さんには影響がないの?


 エアレーの魔法スキルってなんだっけ。

 必死に頭を回転させて。


 そう、あれはエアレーの特殊スキル。それも百分の一と、発動頻度のとても低いスキル。


「エアレーの怒号!?」


 効果はたしか、短時間の麻痺だったはず。つまりは動けなくなる。このタイミングで、最悪のスキルを使われるなんて……!


 スキルの正体に気がついた所で、エアレーは止まったりなんかしない。強く、強く、足踏みする。


「っ!」

「うぁっ」


 ぐらぐらと地震のように床が揺れて、私も体勢を崩してしまう。


 ――ギュルルルルルルルル


 エアレーの角が、ドリルのように回転をしだす。


回旋角(キルクィトスコルヌ)!?」


 しまった……!

 これは嫌だ、これは嫌だ、これは嫌だ……!


 撫子さんとスイさんが、今の咆哮と足踏みで体勢を立て直せていない。しかも二人とも、足踏みの振動で盛大に転がって、今はエアレーの目前にいる。


「撫子さん、スイさん!」


 どうしよう、間に合わない……!


 ゲームってこういう時、すごく無慈悲になる。

 エアレーがドリルのように回転する角を撫子さんに突きだした。


「ぐ、ああああああああ!!!?!?」


 撫子さんの体を、エアレーの角が貫通する。

 回転する角は撫子さんの体を内側から削っていく。

 撫子さんの痛みの絶叫が、耳が痛いほどに空間中にこだました。


 仮想世界のアバターとはいえ、痛みが完全にないわけじゃない。

 例え現実世界で受ける痛みの何十分の一しか感じない痛みだとしても、痛みは痛みとしてフィードバックされる。

 もっといえば、感触、といえばいいのかな。切られたら鋭い痛みがあるし、殴られたら鈍い痛みがくる。


 だから今、撫子さんにはドリルで腹を抉られる痛み……まるで自分の腹の肉をミキサーでかき混ぜられるような感触が襲ってきているのかもと想像して、私は全身の血の気が引いた。


「撫子……!」


 ようやく体勢を建て直したスイさんが磁場形成(マニェティスム)で撫子さんのすぐそばまで出現し、彼を解放しようとする。


 だけど、それを読んでいたかのようにエアレーは撫子さんを突き刺した角をブンッと後ろにまわした。


 文字通り、前に突き出すように回転していた角が、その根元から筋肉すらも動かして、後ろに向くようについて。これがジャルの親玉である、エアレーの本領……!


「う、がぁあああああああああああ!!!!?!?!」


 空中で体勢の変えられないスイさんを、もう一本角が狙う。容赦なくスイさんの体をエアレーは突き刺した。


 私は想像もしたくなかった。

 ドリルに触れれば指が飛ぶ。

 脱出も不可能。


「カムラッドヒール!」


 乙さんが必死にヒールをかける。

 でもそれは彼らの苦痛を長引かせるだけ。


 永遠に腹を掻き削られるだけ。


「やめて! やめて乙さん!」


 叫ぶけど、乙さんは二人を助けることに必死で、魔力のあるかぎり、ヒールをかけていく。


 仕方ない、麻痺で動けないしーは置いて、乙さんを止めないと……!


 それが駄目だった。 

 私の目には乙さんしか見えていなかった。


 この油断が、エアレーに好機を与えてしまって。


「――■■!」


 背中に強い衝撃。私の体が弾き飛ばされる。


「きゃぁぁっ!」


 視界の端で体力バーが半減したのが見えた。意識が飛ぶ。


 まさに地獄絵図だった。


 二人はエアレーの角に突き刺され、一人は麻痺で動けない。また一人は悪魔のような回復魔法をかけ続け、私は攻撃によって気絶判定が入り一定時間行動不可。


 身のほど知らず、と運営開発者が私たちを嘲笑っている気がした。



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