信仰せし者を望むジャルの王
ジャルの王がいる部屋は、ぼんやりと明るかった。
どれくらい明るいのかといえば、乙さんの光魔法が切れても部屋全体を見渡せるくらい。部屋のあちこちにクリスタルのようなものが生えていて、それが発光しているみたい。
前衛に撫子さんとスイさん、その後ろにしー、後衛に乙さんと私、という陣形で部屋に突入する。
部屋の中央、私たちの正面にそれはいた。
「――■■■■■■!!」
ビリビリと体が痺れるほどの咆哮。
もはや鳴き声とか、そんな可愛いものじゃない!
黒いヤギの体に、イノシシの牙のような立派な角。象のような尾。体には毒々しい色をした多彩色の斑点。
私はモンスターの頭上にかかっている名前を確認する。
【信仰せし者を望むジャルの王・エアレー】
……すっごい大きいんですが。
見上げないと名前が見えないくらいに大きい。家くらいの大きさがあるかも? さすがにそんなに大きくはない? でも小屋くらいのサイズはあると思う。
画面越しでは分からなかった圧巻のサイズ。みんな動くことを忘れて、驚きに呑まれてる。
「――■■■!」
短い咆哮。
その肌を刺すような叫びに、一番最初に我に返ったのは撫子さんだった。
「来るぞ!」
撫子さんの号令に、私たちも硬直から解放される。
ハッとしたら、撫子さんはリボンと小袖をなびかせて駆け出していた。
びっくりしたけど、ぼーっとしてらんない!
私も魔法印を書きなぐる。
「アダマースパリエース!」
鉄壁の防護とも呼ばれる神聖魔法を撫子さんにかける。
シールドの耐久値がなくならない限り、対象者にダメージが届かない魔法なんだけど……
「――■■■」
エアレーが前足を一本、軽くはらう。
それだけで撫子さんに張ったシールドの耐久値はゼロになった。
撫子さんの身体が吹っ飛ぶ。
私たちを通り越して、壁に近い柱に叩きつけられる。
ぼろぼろと柱を崩し、撫子さんは床にずり落ちた。
「ひっ……!」
しーの情けない声が聞こえた。
私は一瞬で思考を切り替える。
これは駄目だ。
死ぬ気でやっても殺される……!
私はフルスピードで魔法印を書き殴って。
「マナスパーリング、スピリートユニタトス、アダマースパリエース!」
魔法技術スキルで自分に魔力消費量減少バフをかけて、スイさんに魔力回復量アップの魔法と、撫子さんと同じ防御魔法をかける!
「スイさん行って!」
「応!」
スイさんは拳を握る前に、自分の被ダメージをカットするための魔法印を描く。
「フィレミュール!」
さらに物理攻撃の威力を高める戦闘技術スキルを使う。
「インクルシオ!」
そして敵の懐まで潜り込んで――攻撃する!
「磁場形成!」
スイさんの体がかき消え、次の瞬間にエアレーの顔の目の前に現れた。そのままスイさんは一発、その鼻先に向けて力を込めた拳を叩きつける。
「――■■!」
スイさんの拳を真正面から受けたエアレーは、痛がる素振りを見せながら、それでも首を突きだした。エアレーの鋭利な角が、空中で身動きの取れないスイさんを――突き刺して。
「がッ!?」
やばい!
スイさんの防御ゲージが被ダメージカットのスキルのお陰か、わずかに残ってくれた。でも突き出された角によって弾き飛ばされて、部屋の壁に叩きつけられてしまう。
「エリちゃん、ポイズンクロー!」
スイさんに気をとられたエアレーに向けて、乙さんがエリちゃんに指示を出した。
のたのたとエアレーに近づいたエリちゃんがその毒々しい色をした爪で、エアレーの足を切り裂く。
ブクブクと毒のエフェクトが切り裂いたところにかかる。
「――■■■■!」
「バジャッ」
エアレーが前足を上げてその痛みにひるんだ!
これから毒で徐々に体力が減っていくと思うけど、エアレーは元のHPが高いので、これに頼りっぱなしではいられない……!
しかも最悪なことに、振りおろされた前足がエリちゃんを押し潰してしまう。
「エリちゃんっ! 」
乙さんが悲鳴をあげる。エアレーがその前足を上げる。下からのたのたとエリちゃんが這い出てくる。体力は半減していた。
よかった、一撃で瀕死にはならなかった……! ぺっしゃんこになったエリちゃんを想像したけど、そんなこともなさそう。
乙さんもほっとした表情で、こっちに戻っておいでと指示をだした。魔法印を描いて、エリちゃんの体力を回復させている。
乙さんはとりあえず大丈夫そう。
私としーは柱に叩きつけられた撫子さんのもとへと駆け寄った。膝をついて撫子さんに杖を向ける。叩きつけられた衝撃で気絶していた撫子さんを状態異常回復の魔法で起こした。
「……う」
「撫子さん、大丈夫です?」
「……だ、いじょうぶ。サンキュ」
頭を振って意識をしっかり保つと、撫子さんは柱に手をついて立ち上がる。その足は心なしか、震えている気がして。
「前衛二人で足りますか」
「無理だ。俺とスイさんだけじゃ、手数が足りねぇ」
「……そ、それならっ」
私たちの会話に、しーが声をあげる。
「ぼ、僕も前衛立ちます」
「あったり前だ。しーさん、あんたも男ならこっちこいや」
ひぇっと及び腰になるしーを一瞥し、撫子さんはエアレーのほうを向く。
「無理はしなくていい。できると思ったときにアタックして、少しでもタゲを俺とスイさんから離してほしい。あんなの、攻撃が当たる気が全然しねぇ」
エアレーから視線を外すと、撫子さんは大きくため息をついた。
「はぁー……めちゃくちゃ怖ぇ。画面見て、マウスクリックするだけのと全然違うんだな。足がすくんで、逃げ出しそうだ」
足の震えはやはり気のせいではないみたい。それでも撫子さんは床に落ちた刀を拾ってにっかりと笑う。
「ま、でも女の子には良いとこ見せねぇとな、ナノちゃん?」
「期待してますよ。支援は任せてください。スイさんもすぐに起こしますので」
「おうよ。行くぞ、しーさん」
「は、はいっ」
刀を構えた撫子さんと、棍を握りしめたしーが、エアレーに向かって駆け出していく。
震える足を叱咤してそれでも駆けていく撫子さんに奮い立たされて、しーが勇気を出してくれたことが私は嬉しい。
本人には言わないけど、しーのそういう頑張る姿は結構好きだったり。
でもまぁ、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
私も走ってスイさんのもとへと急ぐ。スイさんのほうもまた壁に叩きつけられた衝撃で気絶していた。撫子さんにかけた魔法と同じものを彼にもかけて。
「……っ、すまん」
「いえ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇ……安全装置なしのジェットコースターに乗ったみたいだ」
スイさんも攻撃をまともに受けた精神的ショックからか、なかなか立ち上がれない。震える足が、立たせてくれないみたい。
「……リタイアしますか」
「いや……こんな一回目で諦めるのも癪だからな」
そう自分を奮い立たせて立ち上がる。スイさんはぽんぽんと私の頭を撫でて。
「サポート頼む」
「もちろんです!」
スイさんがもう一度フィレミュールとインクルシオを自身にかける。その間に私は彼にアダマースパリエースをかけた。
「ありがとう」
「いえ。いってらっしゃいです……!」
スイさんは私の言葉に笑って答えると、スキルを使って一足飛びにエアレーのもとに戻っていく。
「磁場形成!」
姿をかき消したスイさんを追って、私もエアレーの近くへ戻る。
撫子さんもスイさんもさっきので慎重になったのか、体力ゲージはまだ減っていない。
私はパーティが全員回復魔法の射程圏内に入るところで足を止めると、魔法を使うための魔法印を描き出した。