クエスト『ヴィラージュの献花』
おお、お主戻ってきたのか!
どれどれ、頼んでいた物は……うむ、揃っているようだな。
頑張ってくれた褒美じゃ、これをやろう。
【クエストを達成しました。】
【獲得報酬:ヴィラージュの花の種×1、10000$】
また何かあったら頼むぞ。
◇
指定されていた素材を全員分狩ると、私たちはクエスト達成報告をするために村へと戻った。
クエストクリアのウィンドウが開くと、全員に達成報酬が渡される。
「よーし、まずまずってところね」
「まだ狩りたりねぇや」
「今のは肩慣らしだろ」
「ナノちゃん、次って……」
次々と口を開くギルドメンバーに、私ははこくりと頷いた。
「移動して、魔術師ソルティのところに行って、クエストを受けるよ」
待ってましたと言わんばかりに、全員が顔を輝かせる。こういうところを見ると、みんな立派なゲーマーだよねって思う。
かという私も楽しみなわけでして!
今までのは軽い肩慣らしの初級クエスト。それとは違って、魔術師ソルティの依頼は上級クエストといって、まず一人ではクリアすることが難しい難易度のクエストになっている。
初級クエストで手に入れたアイテムが上級クエストの鍵になるから、必ず村長のお使いをこなさなければいけないんだよね。
初級からいきなり上級へ……なんて鬼畜なとゲーム初心者ならば言うだろうけど、違うんです。こういうのが、このゲームの醍醐味なんです。
解放されたクエストに対して初心者は挑みにいくけど、こてんぱんにされる。そしてリベンジをはかるために、はじまりの村を出て修行のための旅をしに行ったり、仲間を集めたり……これは運営の、ちょっとした遊び心って言われてる。
ちなみに私が実装されたマップの中で、あちこちにある上級クエストから今回このクエストに目星をつけていた理由はただ一つ。
ヴィラージュから一番近い上級クエストだったから。
もしかしたら私と同じような考えを持っている引き継ぎプレイヤーがいるかもしれない。こういう上級クエストは一つのパーティが受けている間、他のパーティーは受けられないパターンが多い。簡単に言えば、ボスのリポップ待ちってやつ。クエストを引き受けたと言っても、すぐに進められるかはまた別問題なんだよね。
だから早く早くと、私たちのパーティはVR世界という感慨に耽ることなく初級クエストをこなしたわけで。
メインはあくまで上級クエスト。
初級クエストなど、所詮前菜でしかないのです!
私の言葉にギルドメンバーはまたぞろ歩き出した。
魔術師ソルティは村の少し奥まったところにいる。家を持たないNPCで、村人が大切にしているという石碑の前に常に立っているはず。
その場所を目指して、私たちは村長宅を出た。
空は真っ暗。ゲーム内の時計は現実時間と大差ないけど、夏場の日が落ちるのが長いように、パレヒスの世界もまた、日が沈むのが遅い。大体夜の五時頃までは空が青く、七時ぐらいになると茜色に染まり、九時を過ぎれば現実世界と同じく夜になるんだって。
昼の太陽が長くある世界。
そんな世界の夜が訪れた。
私はメニューウインドウを開く。ウインドウの端には時計があり、リアルの世界の時間を教えてくれる。
「十時か……」
横から覗いてきたスイさんが眉を寄せる。
思ったよりも、ドルフクー退治に時間がかかってしまったみたい。
「二時間でソルティ行けるか?」
「二時間……明日何かあるんですか?」
「仕事が早くてな。今日は最低でも日付が変わる頃には落ちるつもりだ」
「あー、俺も明日仕事だ。でも俺はやるぞ」
スイさんに便乗して、不服そうな撫子さんも加わる。
「本当はずっとやっていたいんだけどさぁ……有給が取れなかった」
唇を尖らせる撫子さんに、ふふと乙さんが笑った。
「私、明日は講義が午後からだから問題なし。ナノさんとしーさんは?」
「私は一応、セーフティ設定で二十五時までしかできないです」
「僕も同じく」
それなら、とスイさんが言う。
「日付変更くらいを目処に行こう。ドルフクーに時間をとられたことを考えたら、たぶんソルティも時間がかかるだろう」
ドルフクー退治はスイさんと撫子さんを筆頭に、私と乙さんも必要素材をとんとん拍子で手に入れたんだけど、しーだけがもたもたとドルフクーの突進を恐れてアタックができずにいたんだよねぇ。そのせいで時間をロスしてしまった。
通常、モンスターのドロップアイテムの権利は、HPの減少割合からその権利が与えられる。
しーはなかなか攻撃が与えられずにに右往左往してしまって、まだ慣れていないVRの戦闘でスイさんも撫子さんもどうやってフォローすれば良いのか戸惑った結果、一時間かけてしーの素材を集めたのだ。全く、しーの意気地なし!
まぁ、もともとしーは調合師で、戦闘職じゃないんだけどさぁ……それを差し引いても、初級クエストだよ? 楽しみにしていた割には、及び腰がすぎると思わない?
まぁ、そういうわけで。もし日付が変わったらそこで終わって、明日またやり直そうという話になった。
他のメンバーもそれに賛成して、改めてソルティのいる石碑の前まで移動を始める。
パレヒスの空には知らない星座が瞬いていて、月の変わりに王都の方に浮いている天上宮殿が淡く光り輝いて、地上を照らしていた。
なんだろう、ようやく実感が生まれてきたかもしれない。
ここは現実世界なんじゃないんだなぁって。
だって、私の現実の家からは、こんなに綺麗な星空は見えないからさ。
クエストを受けに行く道中、村から少し外れて静かな道を通る。誰も、何も話さないで黙々と歩き続ける。
そして、もうすぐソルティの元に着くというところで、乙さんが「ちょっと待って」と声をかけてきた。
「どしたー?」
「エリちゃんとはぐれちゃう」
乙さんの言葉に全員が歩く足を止めた。来た道を振り返ると、一生懸命よたよたと歩いてくるバジリスクが一匹。
「ゲージにいれなかったのか?」
「だって触媒の結晶が貴重なんだもの。すぐにまた出すことを考えたら出したままの方が良いでしょう?」
ペットは百メートル以上飼い主と離れてしまうとその場に留まり移動しなくなってしまう。飼い主が探しに来るまで、その場に居続けるの。もちろん戦闘可能エリアならモンスターに襲われることもあるんだよね。
結晶っていうのは、長距離移動中にそういうことを防ぐため、ペットを収納するための触媒のこと。ちなみに収納した結晶はゲージと呼ばれるんだけど、この収納スキルは、調教スキル60から使用可能です。
よたよたと歩いてやってくるエリちゃんを待って、私たちは再び歩きだす。今度はエリちゃんと離れないようにね。
そうやって黙々と歩いて、やっと目的地へとたどり着く。
村のはずれ、森のすぐそばに、腰くらいまである長方形に切り出された岩がある。そのすぐ側に佇む男性。
金髪に金の瞳、そして白いローブをその身に纏う魔術師。
私が彼に話しかけると、彼は文字の刻まれたその岩にそっと触れた。袖口から、腕に何か紋様が彫り込まれているのに気づく。
私がそれを指摘する前に、彼――魔術師ソルティは話し出してしまった。
◇
私は魔術師ソルティ。ここでこの石碑を守るもの。
あぁ、これか。これを知らんのか。
これは失われた命を刻んだ石碑だ。
北に進む街道から外れたところに洞窟があるだろう。あそこに葬り去られた魂を刻んだ石碑なのだ。
ヴィラージュは昔からあまりよくない風習があってな……ドルフクーが獰猛になるのは、洞窟にいる「主」がドルフクーを怯えさせているからだと言われている。
それをおさめるために、村人が一人、生け贄として洞窟に行くのだ。
何もなければそれで良し、帰ってこなければ……
この石碑はそういった村人を忘れないために、私が建てた。村人はこれを良くないと思っているようだが……
私は星を読む。今宵、ここにお前たちが来るのを知っていた。
お前達はどうやら腕が立つのだろう。自信があるのならば、どうか洞窟の主を退治してはくれないだろうか。
【このメンバーでクエストを受けますか?】
【ナノ 】
【しー 】
【おとひめ 】
【†nadeshiko†】
【sui 】
【 →はい 】
【 いいえ 】
……なんともありがたいことだ。
では私はここでお前たちの健闘を祈る。
戻ってきたら、ヴィラージュの花を共に供えよう。
【クエストを受けました。】
【達成条件:「洞窟の主」を倒し、ヴィラージュの花を供える。】