クエスト『村長のお使い』
お主……時の海より流れ着いたという者か。
それなりに腕がたつと村の者から聞いておる。
どうじゃ、わしの手伝いをちとしてくれないかの。
なーに、わしにとっては難しいことでも、お主にとっては容易いことじゃ。
ヴィラージュと町を結ぶ街道の手前にある草原に、『ドルフクー』という牛がおる。
普段は温厚なのだが、近頃様子がおかしいようで……
そこでお主は村人の代わりにドルフクーを数体仕留めてきてほしいのじゃ。
『ドルフクーの肉』『ドルフクーの毛皮』『ドルフクーの蹄』『ドルフクーの乳』。
どれも村人の生活を支える大切なもの。
どうじゃ、引き受けてくれんかね?
【クエストを受けますか?】
【 →はい 】
【 いいえ 】
おお! 受けてくれるか!
それではよろしく頼む。
【クエストを受けました。】
【達成条件:ドルフクーの肉×5、ドルフクーの毛皮×5、ドルフクーの蹄×3、ドルフクーの乳×3を村長に渡す】
◇
ヴィラージュの北には、『セントラル』と呼ばれる中央都市につながる道がある。
その手前には草原地帯があり、そこがドルフクーという牛型モンスターの生息地。
サムライである撫子さんを先頭に隊列を組んで、スイさん、しー、乙さん、私の順で戦闘可能エリアに踏み出した。
もうすでにドルフクー相手に戦っているプレイヤーが何人もいるみたい。
撫子さんはそれらのプレイヤーの戦闘範囲内に入らないように歩くと、適当なところで足を止めた。
後ろに続いていた私たちも、それに合わせて足を止める。
「ここでいいか?」
「大丈夫です。それじゃ、まず一匹引っ張りましょう。乙さんお願いします」
「了解」
私と乙さんで辺りを見渡し、手近なドルフクーを探す。あ、ちょうどよい所にいたいた! 乙さんにアレをと伝えると、乙さんはにっこり微笑んで。
「出ておいで、愛しのエリちゃん!」
アイテム欄から実体化させた角ばった結晶を、乙さんは放り投げる。
カシャンと澄んだ音。
光の欠片が飛び散って、結晶からバジリスクといわれるエリマキトカゲのようなモンスターが出現した。体長は約一メートルくらい? ゲームの画面で見ていたサイズ感としては小さい方かもしれないけど、乙さんの育成したバジリスク・エリちゃんのレベルは最大値!
「エリちゃん、噛みつきなさい!」
乙さんの発したコマンドに応じて、エリちゃんは目の前にいたドルフクーの腹に、見事な狂暴さで噛みついて見せた!
『ルモォー!』
ドルフクーが驚いて、その場で足踏みする。
エリちゃんはパカッと顎を開いて噛みつくのをやめると、踏まれないようにのそのそと避けた。だけどドルフクーの方が大きい。足で蹴られたり、しっぽでで叩かれたり。雀の涙くらいじりじりと、エリちゃんのHPが減っていく。
「エリちゃん、戻って!」
コマンドを認識したエリちゃんがのそのそと乙さんの元へと戻ってくる。
『ルモォォォ』
その後ろを、エリちゃんを敵と認識したドルフクーが追ってきた。
「早く早くっ」
乙さんはせかすけど、バジリスクは足が遅い。二次元のときも足が遅いなぁって思っていたけど、この体重感だと移動速度が出ないんだろうなぁってくらいには見た目からして重そう。
エリちゃんががんばって飼い主の元に戻ろうとする後ろ、突進の構えをしたドルフクーに気づいたスイさんがひと足先に飛び出した!
「ボディブロー!」
スキルコマンドを認識したシステムがスイさんの体をサポートする。
右肩を引き、バネのようにしてやや強力なパンチをドルフクーに食らわせた。だけど間合いがちょっと遠すぎたのか、ドルフクーの突進の勢いが削がれただけでHPはそんなに削れてない。
「ドライジャブ!」
立て続けにスキルを放つ。三連撃の拳がドルフクーのお腹に入る。
「エックスクロー!」
握った拳に気流のようなものが纏われ、そのまま爪のように鋭くなったのを、スイさんは左右の拳を同時にドルフクーに叩き込む!
か、かっこいい〜……!
消失エフェクトがドルフクーを包み込み、スイさんの前にドロップウインドウが開いた。スイさんが取得ボタンを押すとドロップウインドウは閉じられる。
「肉が一つと皮が一つ、だな」
「おー、お見事」
「すごーい」
「な、ナノちゃん! 僕らも!」
「はいはい、間髪入れずにもう一匹つります」
騒ぐしーに笑いながら、私は別のドルフクーに目星をつけた。
杖を振る。
魔法はスキル毎によって決められた魔法印を空中に描くことが呪文詠唱の代わりとなる。
私は四つの魔法印を空中に描いた。
空中に描いた魔法印が消える前に魔法を発動させる。
「蒼き稲妻!」
私が発動のためのコマンドを叫んだ瞬間、ズドン! と重い音を立てて、ドルフクーに青白い雷が落ちた。ビリビリと大気を震わせた落雷は、そのままドルフクーのHPを削りきって、消滅エフェクトとともに収束していく。
目の前にドロップウインドウが開かれた。
私はきょとん。
みんなは私をガン見。
「……」
「……」
「えーと……」
「ナノちゃん……?」
いや、あの、その………えぇ??
しーに名前を呼ばれて、一旦あわてて取得ボタンを押すと、私はくるりとメンバーの方を振り向いた。
目線があちこちをうろつくのはしょうがないと思う……!
「ごめん、ちょっと時間ください。中級以上の魔法印は覚えてきたんだけど、タゲ取り用の初級魔法の、分かんない……」
これは私のうっかりです。
最初からガンガンバトルするつもりでいたからさぁ……!
私の告白に、一瞬間が空いた。
それからメンバー全員どっと笑い出す。
「ははは! マジか!」
「ふふ、ふふふ、あれだけ仕切ってたのにまさかの!」
「ナノちゃん~!」
「まあそういうこともあるさ」
私は恥ずかしさで穴に埋まりたくなってしまった。
事前に予習はしていたんだよ! 既存の魔法スキルに対する魔法印は公式サイトで一ヶ月以上も前に公開されていたから! でもでも、引き継ぎ前に私がメインに使っている魔法印はあらかた覚えたんだけど、さすがにもう全然使わなくなっていた初級魔法なんて覚えるわけないよぉ……!
ごにょごにょしてると、乙さんがフォローをしてくれた。
「まぁ、最初だから仕方ないわよね。魔法職だし。しばらく私がつるから、ナノさんは適当な魔法見繕ってて。スイさんと撫子さんのHP管理も任せてもらって大丈夫。こんな初歩の初歩で死ぬような人らじゃないでしょう? ナノさんは準備でき次第、しーさんとコンビで」
「ありがとうございます……」
うっうっと泣きながら、私は習得技能ウインドウを開いて、適当な初級魔法の魔法印を見る。
最近ヒーラー役しかやっていなかったし、モンスターをつるときも、中級以上の魔法でも良いレベルのモンスターとばかり戦っていたものだから、すっかり初級魔法の存在を忘れていたよ。
恥ずかしさで火照っているような錯覚を覚えたけれど、これはVRだもんね。ほんとうに体温が上がるわけじゃないはずだけど……でも結構リアルな感じ。
まぁ、細かいことは後々!
動きたくてうずうずしているしーを見て、私は気を引き締めた。