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ネトゲあるある

 はじまりの村『ヴィラージュ』。

 丸太の柵に囲われた、森の民の村。


 森を開拓した名残なのか、大きな樹木が村のあちこちに残っていて、そこから伸びたしなやかな葉っぱが差し込む陽を遮断している。

 ちょっと薄暗い静かな村、っていうのが第一印象。


 私はヴィラージュの門を潜ると、うろ覚えのマップを頼りにヴィラージュ村長宅を目指す。その家の前でギルドメンバーと合流する予定になっているから。


 ちらちらと葉の隙間から差し込むまだらな陽に、なんだかスピリチュアルなものを感じながら歩いていく。

 もうすぐ村長宅……というところで、後ろから声をかけられた。


「なぁ、そこのおねーさん」

「はい?」


 くるりと振り向く。

 見知らぬ男の人が立っていた。


「お、ビンゴ」

「なんですか?」


 おどけたように言う男の人に聞き返した。

 びんごってなに?


 男の人はにやにや笑ってる。なんかちょっと嫌な感じ、と一歩下がれば、その分だけ詰めよってきて、あまつさえ私の手を握ってきた。うぇ、何この人!


「いやー、おねーさん、その装備、見るからに引き継ぎプレイヤーだろ? 俺、パレヒス初心者なんだ。色々教えてくれね?」


 初心者?

 男の人は茶色いポロシャツに古びたズボン。それから木の靴。右手と左手を見ても武器装備はなく、頭の上や背中の方を見てもアクセサリー装備はついていない。確かに、初期装備。スキルもほぼゼロの状態なのかもしれない。


 でも、そんなこと言われても、困る。私はもうすでに、先約が入っているわけで。

 普段のソロプレイだったらともかく、今日だけはどうしても相手をしてあげるのは難しい。


「ごめんなさい。ギルドの人と合流する予定なので」

「えー、マジで。仕方ないかー。あ、じゃあさ、フレンド登録だけでもしてくれね? また声かけるからさ、暇なときに手ほどきを……」


 いや、フレンド登録くらいならしてあげるけど、その、その手を離してくれませんか??


 ゲームだからか、この人、距離感が近すぎる。私の手をぎゅっと握って離してくれないんですけど!?


 真面目な話、私の筋力スキルなら初期プレイヤーくらい軽く突き飛ばすこともできるんだけど、初対面の人にそれをするのはちょっとばかし気が引ける。一応ここ、PvP可能エリア……じゃないね。村の中だから大したダメージにはならないね。


 どうしたもんかと困り顔になっていると、さらにその横から、声がかかった。


「困ってるだろう、離してやれ」


 声のする方を向くと、まるでアラジンのような雰囲気をした大きな身体の男の人がいた。


 ふよふよと周囲に岩石のようなものを従えて、両手には武器らしい武器は持っていない。その代わりに、指先の出ている黒いグローブのようなものを両手につけている。


 浮いている岩石は装備アクセサリーとして考えると、特徴的に彼の職業は格闘家っぽい。


「……なに? にーちゃん横やり? やめてくれね? このおねーさん、俺が先に目、つけたんだけど?」

「横やりかどうかは知らんがな。俺の推測が正しければ、彼女は俺たちのギルドメンバーだ」


 そう言いきった格闘家の人。

 私はもう一度、格闘家の人をまじまじと見つめてみる。


 レアドロップのターバンに、イベント限定のベスト、それから課金ガチャ限定アクセサリーの恒星メテオを身につけた格闘家の知り合いと言えば……


「スイさん!」

「ナノ、だろう。遅いから探しに来たんだ」


 気がついた私に、アバターネーム「sui」、通称スイさんは穏やかに微笑んでくれた。


 きゃー! 本当にスイさん? スイさんだー!


 私たちが知り合いだったことを知った初心者プレイヤーさんは、ばつが悪そうに私の手を離してくれた。

 ようやく開放されたとほっと一息つくのもつかの間、スイさんがそれを見て、屈託なく初心者さんに笑いかけた。


「心の底から手解きをしてほしいと思ってるなら、俺がフレンド登録をしてやるが?」

「……けっ、だれが男なんかの手解きを受けるかよ!」


 え? 何あの態度??

 初心者さんは言い捨てて、さっさとその場を立ち去っていった。


 私が呆気にとられていれば、見送りもせずスイさんは私の方へと向き直る。ぽんぽんと私の頭を撫でた。


「名前で呼びかけられない限り振り向くな。VRに慣れてないプレイヤーは普段通りに行動してしまう。今のはサービス開始を狙った女性プレイヤーあさりだ」


 スイさんの忠告に、ようやく私の理解も追いついた。なるほど、そういうことだったの。


「めちゃくちゃ悪質じゃないですか」

「だな。だがまぁ、たまに男性プレイヤーが女性アバターを使っていることもあるから、この手口も効率が良いとは言えんが……実際にナノもひっかかってたから、効果のほどは抜群なんだろうな。気をつけた方がいい」


 顎に手をやり一人頷いてるスイさん。

 対称的に、私は首を傾げた。


「スイさん、やけに詳しいね」

「さっき合流した撫子(なでしこ)がやられたらしくてな。最初は女アバターらしくなりきってやろうと意気込んでいたようだが、ナンパされてやめたらしい。ご丁寧に音声データをやり直すために一回ログアウトまでする始末だ」

「うわぁ……」


 顔がひきつったのが自分でもよくわかる。

 パレヒスに限らず、VOISEを使用するゲームは全て、VOISEに自分の声を登録する。


 自分の声を仮想世界で使いたくない人はランダム音声も使用できるんだけど……せっかくのVRゲーム、私みたいに現実の性別と仮想世界の性別が一致する人は、自分自身の声を使うパターンが多いって聞いた。だから私もリアルの自分の声を使っているわけで。


 たぶん撫子さん……アバターネーム「†nadeshiko†」は現実世界では男の人らしいので、女性アバターに合わせてランダム音声を使っていたんだと思う。だけどナンパで音声データやり直すってことは……残念なことに、ちょっと野太い女性アバターが生まれることになりそう。


 それはそれで面白そうだけど、脳がバグりそうで困る。あはは、と渇いた笑みを浮かべたら、スイさんも苦笑していた。


 一通り落ち着くと、スイさんが道案内をしてくれた。今度こそ真っ直ぐに長老宅に進むよ!

 とことこと歩いていると、やがて見慣れた装備を着込んだ人たちが、とある家の前にたむろっているのが見えた。


「な、ナノちゃん!」

「おそいよ~」

「ちーっす」


 エプロン姿の女性調合師、アバターネーム「しー」。

 空飛ぶ絨毯に座った女性テイマー、アバターネーム「おとひめ」。

 女侍姿の女性剣士、アバターネーム「†nadeshiko†」。


 見知った人たちに私も手を振って駆け寄った。


「こんばんわ。ナノです」

「待ってたよ、ナノちゃん!」


 わー! と抱きつこうとしたしーを、私はぐっと手を突っ張って拒否する。


「しー、それ、リアルでやったらセクハラだよ?」

「あうっ」


 ぴたっと動きを止めたしーに、ふふふと(おと)さんが口許に手をやって笑った。


「そういえば、しーさんとナノさんはクラスメイト……しかもしーさん、リアルは男の子だっけ?」

「うぐっ」


 しーはどさりとその場に膝をついた。

 しーは玲音だ。撫子さんと同じく、仮想世界では女性アバターを使っている男性プレイヤー。


 だけど撫子さんとは違って、もともと声変わりをしたというのに中性的な声をしているから、そのまま自分の声を使っているみたい。


 あんまり違和感がなかったから、私ですら一瞬、実はしーがリアル女性なのではと疑ってしまったじゃないの。まぁ、中身はどう考えてもしーなんだけど。


「撫子、戻ってたのか」

「ああ。まったく……別のキャラで引き継げば良かったと後悔だらけだっつーの」


 ちょっとどころか、かなり低め声の女侍さんがスイさんと話していて、改めて私もその人に声をかけた。


「撫子さん、音声変えに行ってたって」

「そーそー。聞いてよナノちゃん! 俺、男にナンパされたんだよ! 昨今ネカマだってごろごろいるのに、俺が男だって気づいた途端、あいつらすごい目で見てきやがってさぁ、ひでぇや!」


 ぴーちくぱーちくと雛鳥のようにわめきたてる撫子さん。撫子さんってチャットでもおしゃべりだったけど、リアルでもどうやらおしゃべりさんみたい。

 私がどうどうと荒ぶる怒りの撫子さんをたしなめていれば、スイさんが私たちの間に割り込んできた。


「おしゃべりもいいが、そろそろ行かないか。早くやりたくてしょうがない」

「あ、そうですね」


 スイさんのおっしゃる通りです!

 話を続けようとした撫子さんの口を乙さんが抑えてくれた。やっと大人しくなった。撫子さんのマシンガントーク、ちょっとすごい。


 さて、と。

 私は改めて四人を見渡した。


「確認です。ギルドから来てるのは、この五人だけですよね?」

「そうだよ。まだ初日だからか、僕らだけ」

「それじゃあ、このまま一つのパーティとして組みましょう」


 昼間からギルドチャットにかじりついていたらしいしーの言葉にうなずいて、私はメニューウィンドウを開いた。


 フレンド画面からパーティ申請のコマンドを四人に向けて飛ばす。

 引き継ぎアバターだから、フレンド申請も新しくしないで済むのは楽だよね。こういう風に楽ができるの、ほんと強くてニューゲームって感じがする!


 スイさん、しー、乙さん、撫子さんの四人から、加入の通知が返ってくる。これでよし!


 では早速。


「ヴィラージュにある初級クエスト『村長のお使い』を受けます。敵は村の外の雑魚モンスターがメイン。肩慣らしにはちょうどいいと思います。最後、洞窟の中での中型モンスターとの戦闘がありますが、慣れないでしょうけど頑張りましょう」

「うん」

「はーい」

「了解」

「オーケー」


 流れ的に私がしきっちゃってるけど、まぁいつものこと。

 一応、白魔導師である私が、パーティ全員のHP(ヒットポイント)ST(スタミナ)MP(マジックポイント)の管理をしないといけない。その流れで自然と、私が司令塔になるのは目に見えていたわけです。


 これからの流れを説明したあと、私はクエスト進行のための作戦を伝えておく。大丈夫、イメトレは完璧だから!


「敵モンスターと遭遇した場合、まず私の魔法か乙さんのペットで先制攻撃。私たちのパーティにまで誘導します。それから前衛の撫子さんとスイさんでタゲを取ってもらって攻撃。誘導の後、乙さんは自分のペット優先で回復、私はパーティの方を回復させます」


 私はそこで一旦言葉を区切ると、しーの方を見た。


「しーはどうする? 後衛? それとも前衛?」

「んー、そうだなぁ……」


 しーは首を傾げて考える。

 ぽく、ぽく、ぽく。

 じっくり三秒考えて、答えを出す。


「せっかくだから前で」

「分かった。それなら引っ張ってくるモンスターは最初は一体。様子を見て二体、三体と増やしていきましょう」


 全員、私の作戦に賛成してくれた。よし、それじゃあ大丈夫だね。


「中型モンスターとの戦闘はまた直前に指示します。それじゃ、ギルド『ガーデンナイツ』、見事村長のお使いをクリアして見せましょう!」

「おー!」


 一人、しーだけが元気よく私の言葉に返事をしてくれた。

 チャットの時と違って、大人らしい他三人は声を出すのが恥ずかしかったのか、控えめに笑っているだけで乗ってこなかった。

 なんていうか、その……しー、憐れ。



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