吉報凶報どっちが聞きたい?
花嫁魔女のイベントが開始してから二週間。
私としーが『ホロウの森林遺跡』で何匹目か分からないホロウウィスプを狩っていた時だった。
ピロリンと軽快な音を立てて、通信のウィンドウが開く。
『おーいナノちゃーん』
「撫子さん?」
ドロップウィンドウを確認していたら、急に通信ウィンドウが開いて驚いちゃった。私の驚いた声につられて、しーが寄ってくる。
通信窓の向こう側で、撫子さんがじっとこちらの様子……今、私たちがどこの場所にいるのか目を凝らしてくる。
『ホロウ狩りか?』
「そうです」
周囲の木々の形と、所々に見受けられる石柱から場所を特定したのかも? 撫子さんが『頑張ってるなー』と励ましの言葉をかけてくれた。
私は杖をぎゅっと握って頷いて見せる。
「頑張っていますよ。もうちょっとで希望の欠片が集まりそうです」
しーもこくこくと頷いた。
ホロウウィスプを見つけるのには苦労するけど、見つけたら倒すのは簡単だもの。私の魔法なら一撃で倒せる。しーがちょっと手こずるからたまに手伝ってあげてるけど、順調に希望の欠片を集めていた。
「それにしても珍しいですね。チャットじゃなくて通信なんて。何がありましたか?」
自分たちのことは置いておいて、私は撫子さんに問いかける。今日は金曜日。明日になればいつものメンツで集まるのに、通信をしてきた意味とは。
撫子さんはそうそう、それなんだけどと前置きをして、私と、通信窓を覗くしーに提案をしてくる。
『明日の火蛇狩りを無しにしてさ、エアレーに行かないか?』
えっ? エアレー?
撫子さんの言葉にちょっと驚いた。
エアレーという言葉はもう既にいつメンの中では禁句にさえなっていたのに。花嫁魔女イベントの攻略情報に上がってきても、誰一人として口には出さなかったくらい。
それが、あの時以来初めて話題に上ったんだもの。
しかも撫子さんから。
そんなの、驚かないわけがない。
私は慎重に言葉を選んで、撫子さんに尋ねてみた。
「行っても……良いのですか?」
『もちろん。とゆーか、俺とスイさんで黙ってエアレーのレイドクエの抽選送っちゃってさ。明日の討伐に当たったんだよ』
う、うそぉ……!
撫子さんとスイさんが気を遣って、自分たちから行動を起こしておいてくれたの?
なんていうか申し訳ないというか、とどうして相談してくれなかったのっていうか、水くさいっていうか……少しの不満を募らせながらも、ほっとした。
皆で、あの時のメンバーで、リベンジができる……!
もしかしたらイベント中、エアレーのクエに参加できずに終わってしまうのかもしれないとも思っていたから、この上ない申し出だった。
「ありがとうございます、撫子さん!」
「わー……!」
黙って通信を聞いていたしーも、嬉しそうに顔を輝かせる。
レイド戦は毎日二回。
ただ人数制限があり、申請したパーティで抽選が行われる。攻略回数が少ない者から数をとっていくから、何度もクエを受ければ受けるほど、抽選からはみ出ていく仕組み。
ただ、報酬は固定で欠片が百個貰えるようなので、一回いけばクエストがクリアできるそう。
さっそく撫子さんに明日の待ち合わせ場所を教えてもらう。
行き先が変わるなら、待ち合わせ場所も変えたほうがいいもんね。
『あー、それな。ソルティのとこ。依頼を受けないといけないし、レイド選抜組の集合場所もそこだから』
「分かりました。レイドの集合場所が決まっているってことは、リーダーパーティーがあるんですか?」
『いるぞー。ギルド『薔薇の剣世』だ』
「……え」
しーの顔が一気に暗くなる。私もちょっと、うわって思っちゃったんだけどさ。……うん、あまりよろしくないギルドが抽選に入っていたみたい。
『ちなみに二十組中、四組入ってる』
「……あれだけ大きいギルドだもんね、仕方ないね」
しーが諦めたように肩を落とした。
ギルド『薔薇の剣世』は、たぶんパレヒス内で一番の規模のギルド。それは旧サーバーでも、VRサーバーでも変わらない。
ちょっと変わった特色としては、ギルドとして大きい分、ギルド内規定が細かく作られていることかも。普通にしていればマナーの良い、規律あるギルドなんだけど……。
問題はギルドメンバーがたまに、ギルド内規定とゲームマナーをごっちゃにしてしまうところ。特にこういったレイド戦ではそれが露骨に浮き彫りに出るんだよね。
私も旧サーバーで絡まれたことがある。人のドロップ事情はパーティーやギルドによって違うのに、ギルドに入っていない私にまでドロップ開示を要求された挙げ句、ドロップしてないアイテムを巻き上げられそうになったからね。ちょうどうちのギルド長が同じパーティの同じレイドにいたから、ギルドとして抗議してくれたんだ。残念ながらそのギルド長はまだVRサーバーに来れてないんですが……。
ため息をつきたくなるけれど、贅沢は言っていられない。救いなのは受注補正でレイドパーティ十二組中過半数が『薔薇の剣世』になるとかいう地獄を免れたことかな。レイド実装開始直後はそれが問題になって運営が叩かれていたって聞くしね。
ランダムだから仕方ないとはいえ、良識あるゲーマーはなるべく『薔薇の剣世』に近づきたくないと思っている。『薔薇の剣世』は大きいギルド故に、一度悪意を持った認識をされてしまうと瞬く間に噂が飛び火して自らに跳ね返ってくるんだもん。大手ギルドだからとはいえ、初心者が入団してあれが普通のギルドだと思われたくはないくらいには、皆目の敵にしている。
最後に撫子さんにもう一度お礼を言うと、私は通信を切った。
「しー、明日覚悟しておきなよ」
「え? なんで僕?」
「馬っ鹿、うちのパーティー、近接が今キミだけなの忘れてるでしょ」
「あ、あー……」
しーが顔をひきつらせる。
薔薇の剣世は、パーティー編成がとても片寄っているのももう一つの特色なんだよね。例えば、剣士しかいないパーティとか、回復魔導師しかいないパーティとか。
明日来る編成がどうなっているのかわからないけれど、今から身構えておかないと、しーが前線に出たときに苦労する。
「たぶん、ごちゃごちゃ言ってくると思うけど、同じギルドじゃないから、言うこと聞く義理はないからね。旧サーバーの時には気にならなくても、たぶん今回はそういうのが目立つと思うから……」
「大丈夫だよ。ナノちゃん、心配しないで」
しーは一転してふんっと拳を握って見せる。
「僕だって男だもん。それくらいへっちゃらだよ」
「ほんとかなぁ……」
疑わしげに見れば、しーはうんうんと頷いて。
「平気だよ。何かあったら撫子さんもスイさんもいるし、アタッカーは僕だけじゃないから!」
そのメインアタッカーだった二人の戦力が弱体化してるからなんだけどなぁと思ったんだけど、言わないでおこう。
しーの場合、知らぬが吉だ。