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水泳大会ですか?いいえ釣りです

 ヴィラージュの村には、東に流れる川から分流した水が溜まる池がある。ただの溜め池で、普通ならヴィラージュの魚という、初期の調理スキルで扱える魚が釣れるくらいで、あまり注目されない池だ。


 それがこの花嫁魔女の期間中、いつ見ても釣りに最適な場所は誰かが陣取っていて、思ったように欠片を集める事ができていないのが現状です……!


 幸福の欠片の入手条件は、ヴィラージュ村の池に出没する『リヴァイアサンの麟魚』をさばくこと。さばくためには本来調理スキルが必要なんだけど、調理スキルがゼロでも、別のクエストで配布される『板前見習いの包丁』でカバーすることが可能になるみたい。


 しーは調理スキル持ってるし、私も事前にクエストを受けて板前見習いの包丁を持ってきたわけですが。


「うわー、人多いね」

「場所探すだけでも苦労しそう……」


 あまりの人の多さに二人して辟易する。こんなに人が多いと、場所取りも戦争だぁ。


「やっぱり夜はこうなるよねぇ」

「そうだね。まぁ、私たちは最悪、一人分の釣り場が確保できれば良いだけだし……」


 私は歩きながら一人分のスペースが確保できる場所を探す。ヴィラージュ村の池はそんなに大きくないせいで、池の岸に人がぎゅうぎゅうと押し込まれていた。


 しーと二人で池を一周する頃、見慣れた背中を見つける。


「あ、乙さん」

「あら? ナノさんとしーさん。こんばんわ」


 乙さんがのんびりと池を眺めていた。その脇には水袋みたいなものがおいてある。


「イベントですか?」

「そうよー。二人も?」

「はい。でも場所がなくて」


 私としーがねー、と顔を見合わせて答えると、それなら、と乙さんが立ち上がって。


「二人じゃ狭いでしょうけど、ここをどうぞ。私、昼からインしてて飽きてきたところだったから」

「昼から……」

「乙さん、釣果は?」


 しーが不躾とは思いつつも聞いてみると、乙さんはうんざりした顔で答えた。


「ドルフィンに捕まえてきてもらってるんだけど、駄目ね。七時間で四十七匹」


 ドルフィンは乙さんのペットだ。水中でしかゲージから出せない魚型のモンスター。どうやら乙さんは、ドルフィンを使って、魚を採ってきてもらっているみたい。


「半分には足りないですね」

「そうなのよー。これだけ人がいるから、リポップも間に合ってないみたい」


 予想していたことだけど、やっぱりかぁ。池の規模が、ユーザー数の規模に見あっていないんだよ。

 それでもイベントはまだ始まって一週間も経っていないから、最初だけのはず。これから終盤にかけて落ち着いていくと思うけど。


「ま、そういうことだから。私はここでお暇ね。お疲れさま」

「あ、はい。ありがとうございます」

「お疲れさまでしたー」


 乙さんはドルフィンを呼び戻すとゲージクリスタルにしまった。最後、水面から顔を出していたドルフィンの愛らしさといったら。まるでイルカショーに来ている気分!


 ドルフィンをしまうと、乙さんは手を振りながら池から去っていった。


 ではでは、さてさて!

 私としーは拳を固める。


「最初はグー」

「じゃーんけーん」


 ほい、と自分の手を出す。私がチョキで、しーがパー。私の勝ち!


「それじゃ、私から先に釣りね~」

「うぇ~! ナノちゃんひどい~!」

「ひどくないよ。どうせ場所がないからって言って決めたじゃん」

「うぅ……」


 しーががっくり項垂れる。その横で私はアイテム欄から釣竿と水袋を取り出した。魚は水袋がないと、アイテム欄に入れることができないんだよねぇ。


 そんな私もの後ろで、しーはメニューウィンドウを開くと、装備の欄を開いた。


 胴と腰をタップして、別の装備に着替える。


「……」


 色は爽やかな青。邪魔な紐のないオフショルダーのトップウェアは、長布を胸の前でリボンにしただけの形をしている。


 アンダーウェアは、前は体のラインにそって布が張られ、紐が左右の腰のところで結ばれているだけのもの。申し訳程度に、蝶々結びにした紐の先は長く、タッセルのようにふさふさとしていた。


 装備名『ビキニ(20XXタイプ)・上下』。その名の通りの水着! なお、毎年その年の流行を取り入れた新型水着が期間限定で実装されるので、レアリティが無駄に高く、性能も高い。しーが着ているのは去年のもの。


「……ぅぅ」

「情けない顔をしない」

「だって僕、男なのに……なんで女の子の水着を着ないといけないのさ……」

「それはキミのアバターが女の子だからじゃん。だからVRに引き継ぐ前に転生して性別変えればって言ったのに」


 やれやれ。そのアバターで引き継ぐって決めたのはしーじゃんか。

 人が多く注目するなか、しーがもじもじと陸に留まり続ける。人に見られるのが嫌なら早く池に入れば良いのに。でもそんなこと言わない。面白いから。


 ちなみにパレヒスには種族がある。一括りに大地の民・天上の民と呼ばれるけど、実質アバターとしての種族も存在する。

 しーは女エルフ。その顔は元のしーの顔を反映しているとはいえ、少し加工されて美人な造形となっている。こういう補正があるのも、後続VRゲームの良いところだと思う。


「……なんか、視線が」

「女の子の水着だしね。しかもビキニ。あーあー、私もリアルがこれだけ美人だったらなー」

「な、ナノちゃんは十分可愛いと思うよ!」

「今のキミに言われても嬉しくないかなー」


 私はちょっと八つ当たりぎみに、むんずとしーの胸をわし掴んでみた。


「いた、いたた! ナノちゃんそれ痛い! ちぎれるっ! おっぱいやめて!」

「もげる乳があるとか殺意しかわかないし」


 普段は気にしないけどさー、さすがにゲームとはいえ自分との差を見せつけられるのは納得がいかない。まぁ、ただの茶番なのでそこまで腹がたっているわけでもないからほどほどにしておくけど。でもいいな、すごいな、掴めるんだよ、その乳……。


 とはいえ私もそろそろ周囲の視線が辛くなってきたので、うぅ…と半泣きで唸りながら胸をいたわるしーの背中をちょっと押して、池に落としてみた。


「うわぁぁぁ!?」

「ほら、さっさと泳いでらっしゃい。いくら時間あっても足りないんだからさ」


 岸辺で首を傾けながら圧をかけてやる。さっさと魚を集めてこいと無言の圧をかければ、しーは、うぐぐと唸りって、ちゃぽんと池に顔をつけ沈んでいった。


 さてここで、私はふっと遠い目をした。


 体育の水泳を二十五メートル泳げないしーは、果たしてパレヒスVRで泳げるのでしょうか。

 答えは……


「……」

「……ナノちゃん、どうやって潜ればいいの……」


 ぷかーっと浮いてきたしーに、私はやっぱりかと半笑いになった。

 じゃんけんの意味なし。






 パレヒスには水泳スキルがある。それはスキルが高いほど、潜水時間が延びるというもの。旧サーバーにおいてはクリック一つで移動が可能だったけど、VRになった今、水泳の技術自体はプレイヤー本人の経験に依るみたい。


 水らしい水を体に受けて、私は水中を進んでいく。私は水泳スキルを持っていないけど、代わりに神聖魔法の一つ『アクアナーレ』で、潜水時間をカバーした。


 装備も水着に変えて、水泳スキルを少しだけ盛ることも忘れない。もちろん着替えは水中で行った。水の中に入ってるプレイヤーもそこそこいたけど、陸にいるほどではないので注目を浴びることもない。やったね。


 しーは結局、陸に上がって釣りで地道に釣り上げることにしたみたい。まぁ、それが無難だろうなと思う。せっかく持ってる水泳スキルは錆びてしまうだろうけど。


 すーいすいと池の下のほうに泳いでいく。目の前を尾の長く、尖った背鰭とびっしりと敷き詰められた鱗をもつ魚が上昇していった。たぶんあれが『リヴァイアサンの麟魚』かな?


 私はもう少し下へと潜っていく。ここはまだ釣りエリアで採取が不可能だから。


(ここかな)


 ある一定の高さを境に、水の色が変わった。光源がないのに、水の色が少しだけ明るくなった。


 たぶんここが採取エリアなのかな。私はここで腰に携えていた水袋の口を開いてみた。視界の端に水袋用のウィンドウが表示される。うん、採取エリアに到着!


 だけど油断大敵。採取する前に魔法印を描いておく。そろそろ魔法が途切れる頃だからね。


(アクアナーレ)


 こぽこぽと泡が口からこぼれていく。でも不思議なことに息苦しさとかはなかった。エフェクトがあるだけで、普通に呼吸が出来ている。ただ言葉は空気中のように伝わらないみたい。確かに口に出しているはずなのに、耳に入ってこないんだよね。


 私はふよふよとたゆたいながら、リヴァイアサンの麟魚を探す。一匹、背後から顔の真横をするりと通りすぎていった。


(いた!)


 麟魚を追いかけるようにして水を蹴る。得意というわけじゃないけど、人並みに泳げるから、なんとか追い付かないかと手足を動かしてみる。


(……だめか)


 もがくように水をかいてみたものの、追い付けなかった。さて、どうしよう。


 うーんと、たゆたいながら思案する。ふよふよと視界の端に、水着の布が波に揺れるのが見えた。しーのとはちがって、スカートがあるタイプの水着。そのスカートをひらひらともてあそびながらたゆたっていると、ふとひらめいた。


(よし、杖を出してと)


 私はメニューウィンドウを開くと、しまっていた杖を装備した。魔法印を描くと、杖にチャージする。水の中だからか少し描きづらいけど、全然オッケー。


 そうしてキョロキョロと辺りを見渡して、手近な……というか魔法の射程距離にいる麟魚を見つけると、それに狙いを定めて。


(パラリジ!)


 バチっとエフェクトが散って導線のように水中をかくかくと進んでいく。麟魚に当たると、びくんと痙攣してその場に固定された。なるほど、行動不能になるとその空間に固定されるのか。


 私は揚々とその麟魚を手にするとぽいっと水袋に放り込んだ。


 ――――――――――

 リヴァイアサンの麟魚:+1

 ――――――――――


 麟魚が一匹カウントされる。


 よしよし、重畳重畳!

 私は小さく拳を作ると、意気揚々と次の獲物に備えて魔法をチャージした。



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