岩山のフランムヴィペール
さすが攻略組は行動が早いね……!
私たちが岩山近くまで転移したときには、もうすでに何人かのプレイヤーがフランムヴィペールを狩りに来ていた。とはいえ転移できる人があまりいないのか、教会ほどごった返しているわけでもなく、狩場の確保はできそう。
私は全員にパーティ申請を送り、早速岩山の登頂を目指すけど。
「岩山は細い崖を登っていくので、一列で進みたいのですが……」
ここで問題発生。
うちのパーティー、まともな前衛が今いないんです……!
スイさんと撫子さんが転職してしまったので、前衛があまり頼りにならないしーだけ。しーは一応、棍棒スキルを持ってるけど自己防衛程度だからスキルレベルはそこそこしかない。うーん、どうやって隊列を組もうかな。
「しー、殿でもいい? 私がサポートするから」
「えっ、前衛じゃなくていいの?」
明らかにホッとしたしー。
あっこれ分かってないな、と内心思った。
ので、現実を直視させてあげる。
「前衛はスイさんと撫子さんが遠距離からスパスパ弾とか矢とかを撃ってくれれば問題ないんだけど、後ろがね。出現箇所はランダムだから、細い道で前衛の戦闘中、後ろから襲われたら銃と弓だとスキル装填時間分だけ初動が遅くなるの。だからしーが殿で即座に殴ってくれると安心なんだけど……」
そこまで言えば、しーも一拍おいて理解したようで、冷や汗たらたらで顔をひきつらせた。
「ランダムってそういうこと……?」
通常ヴィペールは頂上までに幾つかある少し広めの空間に巣があって、そこにヴィペールが出現する。だけど今回のフランムヴィペールは出現箇所がランダム。つまり、細い道のなか、挟み撃ちにされることだって十分にあり得る話なんだよね。
しーは手に持った棍を握りしめて、ごくりと喉をならしている。やっぱりしーには荷が重いかな。エアレーのときもだいぶ無理して前衛をやってもらってたし……。
やっぱり私が殿で、魔法を杖にチャージしておいたほうがいいかな?
そう思っていたら。
「分かった。僕、がんばるよ。ナノちゃん、手伝ってね!」
意外なことに、しーが頷いてくれた。
うんうん、その意気、その意気!
「もちろん。それに私たちなら二人でよく狩りしてるから大丈夫でしょ」
しーの素材採取に付き合っていたのがここで役立つなんて。もちろん素材採取のときはしーも積極的に戦ってたから、できないわけじゃないんだよ。しーがちゃんと戦えるってのを私は知ってるんだから。
私が上手くしーを丸め込んでいると、乙さんが面白そうに笑う。
「ふふ、ナノさんお見事」
「お見事、じゃなくてしーさんがチョロすぎんだろ……」
撫子さんが同じ男としてそのチョロさはどうにかするべきみたいな顔をしてるな。いいんです、しーはちょっと情けないくらいがしーらしいと思うから!
その横でスイさんが話を戻してくれて。
「それで先頭はどうする? 俺か、撫子か」
「スイさん今銃いくつ?」
「補正なしで37.7だ」
「俺は補正なしで35.0」
どっちもそう大差ないスキル値に二人とも唸ってる。これでは技の種類も似たり寄ったりかも。
「ジャンケンで決めるか?」
「だな」
二人がジャンケンをする。
スイさんがグーで撫子さんがチョキ。
スイさんが勝った。
「じゃ、俺二番目で。いざとなったら残ってる刀剣スキル使えるしな」
「えーと、それじゃあ……」
隊列の確認!
先頭のスイさんから順に、撫子さん、乙さん、私、しーの並び。
「それでは、いざ」
フランムヴィペール狩りへ!
フランムヴィペールは炎を吐く蛇だ。お腹は赤く、銀色に鈍く光る鱗を背にした見た目で、小さいものなら一メートル、大きいものなら三メートル近くと個体差が大きいモンスター。
ヴィペールは蛇型モンスターとしてあちこちに生息するけど、火山地帯に生息するのがフランムヴィペールと言われてる。普通のヴィペールが巻き付いたり噛みついたり毒を吐いたりするのに対し、フランムヴィペールは毒の代わりに炎を吐く。なるほどね。まさしく『炎の吐息』の文言に相応しいかも。
「うわぁぁぁ、ナノちゃん熱いよぅっ」
「待って今魔法かけるからっ」
「……っ、的が細くて弾が当たらん!」
「スイさん前出過ぎです! バフかけられません!」
「ちょ、上から降ってくるとか聞いてねぇぞ!?」
崖の中腹で、私たちパーティは見事に挟み撃ちにされて立ち往生しています!
前と後ろときちんと確認しながらここまで上ってきたのに! すでにフランムヴィペールを十六体、確実に各個撃破してきたんだけど、ここに来て恐れていたことが現実になっちゃった……!
ただの挟み撃ちなら良いの。前と後ろ。それだけじゃなくて、上方にある道から誰かが落としたのか、それともリポップしたのか分からないけど、頭上からフランムヴィペールが降ってきた。
そのせいで、パーティがスイさん、撫子さん、乙さんと、私としーで分断されてしまう。
「モルブスサナーレ!」
状態異常回復の魔法をしーにかける。フランムヴィペールのブレスで火傷を負っていたしーから、火傷のデバフ効果が消えた。
分断された乙さんたちのほうも気になるけど、今は目の前のフランムヴィペールに集中しないと……! 落ち着いて対処すれば切り抜けられる程度の窮地。まだ、なんとかできる!
「せ、セクス・キルクイトゥス!」
しーが手に持つ棍を、巧みな手さばきで上下左右に大きく旋回させるようにして六連撃をお見舞いする。棍の先端がフランムヴィペールの眉間に相当する部分に当たったとき、急所だったのかクリティカル判定が出た。
見事に六連撃全てをヒットさせたしーが後退してくる。
「パラリジ!」
私がフランムヴィペールを麻痺させている間に、しーは組み上げていたマクロを発動させて。
「マクロ・応急手当!」
しーのアイテム欄が独りでに開き、そのうちのバンデージというHP回復の包帯が出現。するりとしーの回りで一巻き円を描くと、回復のエフェクトを散らして霧散する。それからポーションの小瓶が出現し、しーはそれをぐいっと飲み干した。スタミナが回復する。
近接戦闘する人には必須のアイテム使用マクロ。とっても便利だよね。旧サーバーにあった裏技なんだけど、VRサーバーでも使えたのは僥倖!
その間に私は魔法印を描き、しーの攻撃力の底上げを図る。
「オールアップ!」
しーに魔法のエフェクトがかかり、30秒間、全ステータスが上がる。体力もスタミナも全快したしーは、フランムヴィペール目掛けて前進していって。
「一突瞬打!」
しーが、スキル値に応じて威力のかわる技を繰り出した。
一撃と見せかけて、同じ箇所に幾度もの衝撃を与える技。スキル値に応じて衝撃の回数が変わるんだけど……クリティカルが出て、時間差で四回、モンスターのHPゲージが減る。四回か。あんまりしーの棍棒スキルは高くないから四回も出れば十分。
それでもまだHPの半分も削れない。しーのスキルが低いのと、フランムヴィペールのステータスが高いから。
分断されたもう片方の様子を知りたいけど、そんな余裕はない。うっかりしーから目を話せば、彼は死んでしまう。
「マナスパーリング、アダマースパリエース!」
魔力消費を抑えて、しーに盾の魔法をかけた。これでしばらくはまだ保つはず。私はしーに絶対の安全を確保してから、別の魔法印を描く。
「アクアランス!」
魔法印を描くと空間がブレて、空中に水でできた槍のようなものが生まれる。水の槍は一直線にフランムヴィペールに飛来した。
お腹に直撃し、突き刺さった瞬間、水蒸気になって霧散した。HPが減る。弱体属性が入ったからか、フランムヴィペールは苦しそうに身をくねらせた。それでもHPはようやく半分を切ったかと言ったところ。まだ数発は攻撃を加えないといけなくて。
「セクス・キルクイトゥス!」
もう一度しーが同じ技を打ち込む。一度のダメージは私の魔法のほうが多いけれど、あんまり打ち込みすぎるとしーじゃなくて、私のほうに敵のヘイトがたまってターゲットにされちゃう。十分な間合いを取れない今、それは避けたい。これが撫子さんやスイさんだったら、もう少し高火力の魔法を撃ち込んでも、ヘイト気にしないでいられるんだけどなぁ……!
じりじりとフランムヴィペールのHPを削っていく。回復より、しーの攻撃力と防御力をあげるための魔法を使い、時々隙を見て攻撃する。タイミングを見計らって私がフランムヴィペールを麻痺させると、しーが後衛に下がってアイテムで回復する。その繰り返し。
じわじわと削っていって、ようやくフランムヴィペールを二人がかりで倒した。スイさんと撫子さんが先頭に立って戦っているときはあんまり感じなかったけど、さすがに一人で狩るには厳しいかもと思う強さだった。
とはいえまだ戦闘は終わってなくて。
削りきったフランムヴィペールにほっとするのも束の間、すぐに近くにいる撫子さんに救援に入る!
「乙さん、撫子さんは任せてください!」
「ありがとう!」
声を張り上げると、少し離れた場所にいる乙さんから返事があった。これでよし!
私としー、撫子さんで、フランムヴィペールを一匹挟み撃ちにする。上から降ってきて私たちを混乱させた罪をあがなうべし!
「マナスパーリング、パラリジ!」
バチっと麻痺させると、しーが棍で殴り込みに行く。その隙に管理がおろそかになっていた撫子さんの体力とスタミナを全回復させて、と。あと少し遅かったら、撫子さんはスタミナが尽きて、動くことができなくなっていたかもしれない。
「ナノちゃんサンキュ!」
乙さんも人間なので前と後ろ、正反対な方向にいる人間のステータス管理なんて至難の技。目が後ろにつくわけがないから仕方のないことだけど、ここで死んじゃうのはもったいないからね。
フランムヴィペールは、アタッカー二人で殴ると一瞬だった。撫子さんも、しーも、スキルレベルは低いけれど、二人の手数のおかげであっという間にフランムヴィペールは消滅エフェクトを散らしていった。撫子さんが一人で半分近く削っていたのも大きい。
二匹目のフランムヴィペールを倒したとき、スイさんが三匹目も倒したようで、『愛の欠片』がわずかに増えた。
「つっかれた……!」
「くたくただよぉ」
「なんなのあの蛇、上から来て……!」
「パーティ組んでて良かったな……」
「一人じゃこれ、無理ですね」
全員緊張が弛み、くたくたとその場に座り込む。
今日一番疲れる戦闘だったかもしれない。
疲れながらも、今の戦闘で得たアイテムを確認する。愛の欠片はこれで……
「四十七個……今の戦闘で三個ずつ落ちましたね」
「道理で強いわけだ……明らかに下のほうが弱かったからなぁ」
「上に行けば行くほど貰える欠片は多いが、難易度は増す……どうするナノ。引き返すか? 今のペースなら引き返しても問題ないと思うが」
「……せっかくなので、上まで目指したいんですが」
時計を見る。
残念ながら、もうすぐ日付が変わってしまう。
「夜も更けてきたのでここでお開きにしたいと思います。リポップする前に離脱しましょう」
「だなー」
「はーい」
「おっけー」
「あぁ」
皆の返事を聞いて、私は行きと同じように転移用の魔法印を描いた。
まだイベントは始まったばかり。一ヶ月もあるから、焦らずゆっくりと攻略していけば良いもんね!