イベント『花嫁魔女の指輪探し』
わたくしは魔女フローリア。
大切な、大切な、花嫁修行の途中なの。
わたくしはもうすぐ愛しい旦那様と婚姻を結ぶの。
それなのに、それなのに、いまだ婚姻に必要なものが見つからない。
魔女ならば皆、一度は指に嵌めてみたい婚約指輪。
わたくしとあの人の薬指に輝く稀少な指輪。
愛と幸福と夢と希望をあしらった、魔女の彫金する指輪なの。
これがないと奇跡の婚姻ははじまらない。
どうか、どうか、あなたの勇気と神から賜ったその力で、わたくしに少しだけ力を貸してくださいな。
『愛の欠片』は炎の吐息。
『幸福の欠片』は水を切り裂く。
『夢の欠片』は踊る角。
『希望の欠片』は微風に拐われる。
欠片を集めて、沢山集めて、わたくしのもとへ届けてください。
次の新月の晩に、間に合うように……
【クエストを受けますか?】
【 →はい 】
【 いいえ 】
ありがとう! ありがとう! 旅の人!
偉大なる魔女クロワーゼの加護があなたにありますように……
【クエストを受けました。】
【達成条件:愛の欠片×100、幸福の欠片×100、夢の欠片×100、希望の欠片×100をフローリアに渡し、共に石を生成する】
◇
ヴィラージュの村から出て西の草原へ進むと、寂れた教会がぽつりと建っている。普段は何もないただの教会だけど、イベントの時にはそこに何かが出現する。
今回のイベントだと教会に現れるのは花嫁魔女フローリア。期間中にフローリアに会えば、クエストの依頼をしてくれる。
寂れた教会に装備を揃えた古参新参のプレイヤーがごった返すようにあふれる中、私たちのパーティはなんとか全員クエストを受けることができた。
「はぁー、めちゃくちゃ人多いな」
「初イベだからでしょう。とはいっても、イベントをこなせる人なんてこの中のどれだけいるかしら……」
撫子さんと乙さんがぶつぶつと言いながら教会から出てくる。外で待っていた私としー、それからスイさんは、二人が出てきたのを見計らって、教会に出入りする人の邪魔にならないように入り口から少し離れたところへ移動した。
円陣になって芝生の上に腰を下ろすと、私はさっそく本題へ。
「どこから回りますか?」
「たぶんしばらくは幸福と希望の二ヵ所はソロプレイヤーが占拠するだろうな」
「水を切り裂くと微風に拐われる……でしたっけ?」
スイさんの予想に、しーがフローリアの言葉を思い出すように反芻する。
「対象モンスターは確か……」
「前回……旧サーバーのときに行われたイベントでは、サラマンダー、リヴァイアサン、エアレー、ホロウウィスプだったんだっけ」
乙さんが尋ねると、撫子さんが前回の集まりで確認したことを指折り数えていく。
でも問題があって。
「結局イベント告知から今日まで、マップの拡張はされませんでした。現状、サラマンダーとリヴァイアサンがいないので、愛と幸福に関しては変更があると思います」
そう、そうなのです。
旧サーバーでのモンスターが、今のVRサーバーにはまだいないの……!
イベントまでにマップが開放されるのかと思ったけど、そんなことはなく。これじゃあイベントにならないじゃん! という状況なわけですが……。
「炎の吐息に関しては情報が出るのを待つしかないですが、水を切り裂くに関してはリヴァイアサンのマップの代わりに、村にある池がクエストの鍵になっているみたいです」
「池?」
撫子さんの言葉に頷く。メニューウィンドウを開いて公式ホームページを開く。別枠で攻略サイトも開いた。
「旧サーバーにおいて幸福の欠片はリヴァイアサンが期間限定で生み出す水中モンスター『リヴァイアサンの麟魚』のドロップアイテムとして入手可能でした。そのリヴァイアさんの鱗魚が、村にある池に出現したそうです」
「東に流れる川は?」
しーが他にもいそうな場所を上げるけど、それには乙さんが答えてくれた。
「あの川、マップ外扱いで今はまだ何のアクションも取れないのよ。釣りも水泳も、マップの拡張が来るまで何もできないわ」
イベントのマップは限られている。今回のマップの対象がヴィラージュの村周辺までなので、北にある街道以降のマップでイベントアイテムはドロップしない。旧サーバーだったら、もう少しヴィラージュの村周辺のマップが広がっているんだけどね。
さて、全員が幸福の欠片に関することを共有したところでもう一つ。希望の欠片についての情報も共有しておかないと。
「希望の欠片に関しては『ホロウの森林遺跡』に出現するホロウウィスプが確率で落とすみたいです。だからこの二つの欠片に関してはソロで集める事が可能です」
リヴァイアサンの麟魚は釣りスキルで釣り上げれば、難なくアイテムを得られるし、水泳スキル、もしくは魔法で水中耐久時間を伸ばせば、水中に潜って殴り倒すことも可能。
ホロウウィスプはふわふわと宙に浮いてるので間合いが少し遠くなってしまうけど、攻撃系スキルを持っているなら倒すことはそう難しくない。
だからたぶん、まだギルドやパーティが少ないこの時期だと、真っ先にこの二ヶ所に人が集まるだろう。狩場の取り合いも起こるかもしれない。
そうならないためにも、古参で、ギルドメンバーで意思疎通のできるパーティがくめる私たちは慎重に動いたほうがいいわけで。
何ごともスタートダッシュが肝心だからね!
「となると後は……」
「当初の予定通りエアレーか、まだ全く予想のつかない炎の吐息のモンスターか、だな」
撫子さんが考えるように折っていた指を開いていくと、スイさんが指針を二つ提示してくれる。
「炎の吐息に行こうにも、全く手がかりが無いんじゃなぁ」
「今のところ、炎系のモンスターは実装マップ内にはいません。大型レイド戦がどこかのタイミングで起きる可能性が一番高いとの噂です」
私の言葉にほぼ全員頷いた。あり得ない可能性ではないんだよね。マップがなくて、該当するモンスターもいない。でもイベントには明記されている。それに過去のイベントでも、サラマンダー討伐は別マップでもレイド戦だったって聞いたことがあるし。それならね?
唯一、しーだけが分かっていないように首をひねった。
「レイドじゃなくても雑魚モンスターが実装する可能性はないの? エアレーだって一人じゃ無理じゃない」
「それはないよ」
だって旧サーバーのイベントで、エアレーがレイド戦扱いにされたことがなかったから。耐久値が高いだけで、旧サーバーだったらこのメンバーで十分対処できるくらいのモンスターなんだもん。初日のトラウマのせいで、あれに勝てるとはなかなか思えないけどさ……。
それにエアレーがレイド戦にならない理由はもう一つ。
「献花クエのエアレーはこのイベント期間中、受注ができないの。だからエアレーは絶対に出てこない」
読み落としがちだけどね。イベントの注意事項に書いてあるんですよ、これが!
スイさんも頷いて、夢の欠片の攻略の仕方を教えてくれる。
「イベント中はジャルの洞窟内に『エアレーの分霊』という中型モンスターがランダムドロップする。狭い洞窟内だからレイドはできないが、こいつには高めのHPがあって一人で倒すのには時間がかかる。だがそこそこの量の欠片を落とすから、パーティを組んでアイテムの均等振り分けをしても効率が極端に落ちることがない」
スイさんは初期からパレヒスをプレイしている最古参プレイヤーだ。花嫁魔女の初期のクエストにも参加していたんだって。過去のイベント攻略サイトや現在進行系の攻略ログを開いる私よりよっぽど詳しい。
やっと納得したようにしーが頷いて。
「ちなみにスイさん、サラマンダーの攻略はどんな感じだったのかしら?」
「サラマンダーはレイドだった。定時に出現するヴォルカン神殿の探索クエストを受けて、神殿最奥のサラマンダーを倒す。部屋にいる全員に固定で欠片の配布。神殿内にランダムドロップするモンスターからも欠片が落ちた」
ふむ……と撫子さんが顎に手を当てて、何やら思案する素振り。
「サラマンダーがそれだったんなら、やっぱどこかでレイドがあるんだろうなぁ……サラマンダーのレイド戦がエアレーのボス部屋になっている可能性は?」
「無いことはないが……情報がでないことにはな。だがエアレーのボス部屋は少し狭くて、大型レイド戦に向かないと思う」
そっかぁ……と撫子さんは納得。
私はぽつぽつと攻略ログを眺めながら、皆の話を聞いていて。
「それならやっぱ予定通りエアレーのに行った方が良さげ……」
「あっ! 情報出ました!」
思わず叫んだ私は悪くないです! 話を遮ってごめんなさい撫子さん!
私は公式ホームページにあるメンバーズチャットのイベント攻略スレに打ち込まれたログの内容を読み上げる。
「北北西にある岩山地帯付近にて『フランムヴィペール』が出現。中型モンスター程度のレベルで、愛の欠片をドロップ。山頂に近いところほど、欠片のドロップ率が高いみたいです」
「早くない? は? イベント開始からまだ半日も経ってないじゃん!?」
撫子さんがすっとんきょうな声をあげる。
乙さんはそれに呆れたように言う。
「いつもの攻略組でしょう? メンテ明け早々にクエスト受けてテレポートを使ってあちこち回ったんじゃないかしら。それでナノさん、情報出たけどどうするの?」
「……岩山に行きます。あそこの岩壁でフランムヴィペールに挟み撃ちされると、ソロじゃ逃げ場がないので。今ならそんなに人もいないはず」
ナノがそう決断を下せば、皆それが一番良いだろうと頷く。
それじゃあ、と全員で立ち上がる。ナノが地面に魔法印を描いた。
「ルジストル・ラスタシオン」
魔法印が輝き、焼き焦げるように広がり、地面に張り付いた。そこに杖を置き、所持アイテム欄から取り出したクリスタルを握る。
クリスタルを握ったところで、座標名と転移開始ボタンのついたウィンドウが開いた。
「岩山近くにテレポートします。魔法印に乗ってください」
「ナノさん岩山の記録石持ってたっけ?」
「はい。しーの調合材料集めるのに付き合わされてあそこの通常ヴィペール狩りしてたので」
「あらま」
「あはは……」
ちらりと視線を向ければ、しーがばつの悪い感じで愛想笑いをしていた。別に好きで付き合ってるんだから気にしなくていいのに。
記録石とも呼ばれるクリスタル『ルジストル・コア』は場所を記憶する触媒で、個人転移の『テレポート』や多人数転移の『ルジストル・ラスタシオン』で使用する。これを使って転移をすると、その記録された場所に転移することができる便利アイテム。ただし、ルジストル・コアが今のマップじゃ手に入らないので貴重品だったり。あってよかった引き続きシステム!
私は全員が魔法印の上に乗ったことを確認すると、転移開始のボタンを押した。
転移の淡い光の中、少しだけ不安がよぎる。
皆には言わなかったけれど、実はエアレーに関する情報も上がっていた。
本来なら受注できないはずのクエスト『ヴィラージュの献花』が受注できたという情報。また、ジャルの洞窟内に散策をしに行った人からの証言も上がっており、ボス部屋の大きさが二回りほど広がっているということ。
情報が錯綜しているって思った。公式には献花クエは期間中受注できないって書いてあったから。
でも、愛の欠片が通常入手可能になっている。となると、この事から導き出される答えは……。
私は頭を振って思考を打ち消した。いずれ皆にも知れ渡ること。その時にまた考えればいい。あの恐怖を思い出しては足がすくんでしまうから。
今は狩り場が空いてる間に、少しでも多くフランムヴィペールを倒し、欠片を入手することに集中しよう!