1 2-3 bullseye
ラルドは秋の手を引いて、一刻も早く事件現場から離れた。人が死んだことに対する事実が、または秋の見たことない、血の気の引いた顔がそうさせたのだろう。彼女含め、今の自分たちがあの場に残れる精神状態ではなかった。
秋は何も言わなかった。
余程あの事件が応えた、
「ラルド君、痛いよ。」
というわけでもないらしい。
「お前、大丈夫なのか?」
「ラルド君こそ大丈夫?さっきからずっと呼んでるのに…。」
秋は、そう言ってラルドを諭す。だが、やはり体は震えていた。
「ああ、ごめん。とりあえず家に帰ろう。」
秋の提案により、一時彼女の家に行くことになった。
秋の両親は外交官だそうで、たいていは一人だそうだ。
なのだが…。
「でかいな・・・。」
豪邸なのである。それも西洋の豪邸である。庭に噴水まである。
「ごめんね。落ち着かないかな?」
「いや、お構いなく。」
長い付き合いではあるものの、思えば祖父の神社からこっちに下宿してきたため、秋の家を見たのは、今回が初めてではある。
「(…ってことは、あっちの家は別荘か)」
玄関を抜け、広いリビングに置いてあるソファーに腰かけ、秋がくれたお茶に手を付ける。
「で、どうするべきだと思う?」
秋はラルドに尋ねる。
「…正直なところ、どうすべきでもない。あそこで起きたことを見たのは俺たちだけじゃない。わざわざどうこうすることではないだろ。」
「(それに、あの女のことを秋に知らせたくない。)」
「…まぁ、そうだよね。下手に首を突っ込むものでもないよね…。」
秋は笑ってみせる。
「不服そうだな。」
「と、とんでもない。私だって自己の保身にくらい走るよ。」
「まさか、警察に事情聴取してもらうとか言わないだろうな。」
「ま、まさか、そんな馬鹿な真似。」
「本当は?」
「…すいません。」
ラルドはため息をつきソファーにもたれかかる。
わかっていたことだ。
秋はあの事件を目の前で見ていたのだ。ましてその少女は結局、自分が事実を伝えなければなどと使命感を感じているに違いない。
「秋、お前の言わんとしていることも分からんでもない。お前が目の前であんな惨劇を見た事を、どうにかして死んだ人に償いたいこともわかる。だが、今の俺達には時間が必要だ。あんなものを見て、普通でいられるわけなんかない。俺も、お前も混乱しているんだ。」
「時間・・ね。」
「とりあえず一晩寝ろ。一晩経って、本当にお前が必要になると感じてからでも、遅くないんじゃないかな。」
―速報です。本日午後6時36分、○○県○○市○○駅駅前の広場で大規模な爆発が発生しました。確認されている死亡者数は12人、重傷者は50人を超え、今も病院に搬送されている模様です。爆発の原因については、一切分かっておらず、警察はテロリストによる犯行も視野に入れ、捜査を続けています。繰り返します。―
ラルドは止まりかけた思考を限界にまで引き上げる。
「何があった!?あの時確かに死亡事故が起きたが、爆発だと!?あの後何があったんだ?」
自分があの場所に残っていたら…。戦慄する。あの場所にもし二人とも残っていたら、死んでいたかもしれない。
思い出せ。
群れる群衆
囲まれた死体
違う。もっと前だ。
一見のただの人ごみを警告したあの外人
動けなかったあの状況
これは仮定だが、もしあの死体に彼女が関係しているなら、あの後、目撃者を消すために殺害を図ったならば…。
嫌でも辻褄が合う。いや、軽率か?
違う
顔を見られた。
一気に意識は現実へ引き戻される。
もし彼女の目的が証拠隠滅ならば、
自分たちはマークされた。
「秋っ!ニュースで目撃者の情報は?」
「警察はまだ現状を理解できていないみたいだけど…。やっぱりこれってあの事件と関係があるんじゃ…」
「違うんだ、秋。俺はあの時、もしかしたら犯人と接触したかもしれない。」
「…はっ!?」
「お前が俺にゴミを押し付けた後に、お前を連れ戻すよう忠告されたんだ。もしそいつが、爆発が起こると知っていたとしたら…。」
「その人が犯人だって言いたいの?でもおかしいよ。何で目撃者を殺害しようとしたのに、私も含めて逃げろって、普通逆じゃない?」
「仮にだ、今回の事件がテロリストによるものだとして、それが宣戦布告だとしたら、その意図を汲み取る人間が必要だった…。いやそれじゃ…。」
「皆殺しにする意味がない。それに、目的ならそうならそもそもやり方が違う。もっとメディアに近い所で犯行すべきた。学生の君にそれを任せる意味がない。」
今置かれている自分たちの状況を理解する。
「だが、もし今回の事件に何かしらのコンタクトを持つ人間に顔を見られた事は事実だ…。どうする秋…?」
「通報しよう。」
「なぜ?今自分たちは危ない状況かもしれないんだぞ。」
「だからだよ。一つは、これ以上の被害者を出さないため。事態がどう動くかわからない状態で、情報を出し惜しむ事は得策じゃない。次に、私たちの保身のため。今の状態で、一市民である私たちがこのまま残った所で、危険な状態に変わりがない。最後に、情報戦において勝ち目がない。私たちがここで悩んでも、あくまで憶測でしかない。もし君の予想が的中していた時、二人でどうこうできる次元の話じゃなくなる。それならば警察に保護してもらった方がよっぽど安全だよ。」
「…大丈夫なのか?お前の言う事は最もだが、警察は相手にするのか?」
「普通なら相手にもしないだろうけど、今は例外だよ。事件が事件なだけに、警察も情報を欲しがってると思う。ニュースでも情報が足りてないことを示唆しているし・・・。私たちの情報も無下にはできないと思う。それに、監視カメラに私たちの姿が映ってたとしたら、後になって警察から調べられるかもしれない。そうなったとき何て言い訳するの?後で、面倒になるより、よっぽどメリットがあるとおもうよ。」
「わかった。連絡はお前に任せてもいいか?」
「うん。」
秋は家の固定電話から警察へ通報する。
自分たちが爆発前の現場を目撃している事、事件について知っているかもしれない人間と接触していること、また、自分たちを聴取する際、できれば二人、同じ部屋で行ってほしい事を伝え、今後どのように動けばいいのかを相談した。
「では、警察の護送車が来てくれるんですね。わかりました。家からは出るなと…。はい。わかりました。では後程。」
秋は電話を置く。
「どうだった?」
「警察の人もやっぱり心配してたみたい。一応保護って形で匿ってくれるって。あと、事情聴衆も同じ部屋でしてくれるって。」
「…そうか。」
二人はソファーに座して、沈黙に支配された。