1 2-2 bullseye
違和感
それは恒常であると妄信した事象が、いささかながら差異を引き起こした際に生じる人間心理の名称である。これは大変大きな意味を持つ。語るまでもないが、それは物語を承へ導くには大変有用であるが、あくまで幕間の今、これ以上無粋な文を書き上げる訳にはいかないのだ。
少年はそれを感じた。違和感。それは、先程購入した準食料ではなく、町の配色だった。
人が多すぎる。
たとえこの町が地方行政を担っているとは言え、辺境の地である。
平日のこの時間であの人だかりは一体なんだ?
「ラルド君、今日何かあったっけ?」
「いや、特にない筈だが…。」
「はむ、はむっ」
秋は奢らせたクレープを食べきり、ゴミをラルドに投げつける。
「ちょっと見てくる。」
「おいっ、待て秋。」
(ったく…)
少年が彼女を追いかける前に少女は人ごみに消えていく。
少女を追いかけるラルドの肩に、置かれた手が彼を止める。
ラルドが振り向くとそこには外人の女性がいた。
彼の感知する世界から騒音の一切が消え失せる。
年齢は分からなかった。自分より年上なのだろうか?ハイヒールのためか、長身であるためか、目線が自然と上を向く。金髪。透き通る目で少年を見下ろす。彼を留めた腕はシルクを思わせる程白かった。
本来なら感じるそれらの印象、その一切の情報が頭に入らない。
少年が抱いた感情は恐怖だった。
何かがおかしい。
周囲の人間の視線が一切彼女に向かないのだ。
そうじゃない。
どうして背後に人間が来たことに気付かなかった?
そもそも秋とクレープを頬張るとき、近くに誰もいなかった筈である。
違う。
どうして彼女は自分を止めたんだ?
混乱する思考の中で、ある事実を確信する。
今、彼女を認識している人間は、自分だけである。
今、少年は何かと対峙した。
対峙してしまった。
冷たい汗が、背中を駆ける。
根拠のない恐怖が少年を支配する。
まるで銃口をむけられているようだ。
少年は鉛のような足を、それでも動かし引き下がる。
向き合う。
「今のちっちゃい子君の連れだろ。早くしないと大変な事になる。」
冷たく、また流動的に彼女が囁く。
あれ程の感情を抱かせた人間から出てくる言葉とは思えなかった。
「情報料だ、もらうね。」
ラルドの手の中にあったクレープを取って、後方へ歩いてゆく。
ラルドの思考がオーバーフローし、視界がブラックアウトする。
自我に変える。
振り返っても、そこに、あの人間はいなかった。
「早くしろ…だと。」
ラルドは人込みの群衆へ秋を追いかける。
その時。
破裂音が鳴り響く。
ラルドは確認する。
群衆の中心には死体が横たわっていた。
その死体には首から上にあるべき物が全て弾け飛んでおり、中に在るべき組織がアスファルトにばら撒かれていた。
静寂は悲鳴で押しつぶされる。
彼女の言う通り”何か”が起きている。
「秋っ!!」
ラルドは少女を探す。
早くしないと、早く秋と探さないと、大変な事にあると。
逃げ惑う事もなく、ただ騒ぎ、興味の対象として、群衆は拡大する。
ラルドは、その中心に秋の姿を見つける。
「最悪だ…。」
返り血で頬を濡らして、秋の瞳孔は広がる。
座り込み、震える秋の手を曳いて、少女をその場から引き剥がす。
ラルド自身、どうすれば良いか何をすべきか
その時の彼には、何もわからなかった。