1 1-2 mashed potatoes
「君は闘争を肯定するかい?」
桜崎ラルドは三島秋と肩を並べ、駅を中継する帰路に着く。
「闘争といっても喧嘩くらいしか思いつかないけど・・・。」
普段から二人は帰路を共にしている。二人が所属する公立高校は、地方の県庁所在地に位置するため、生徒たちの実家は四方にのびる。
「うん、それも闘争だよ。人間関係の対立構造、直接的な思想否定そのものだ。」
彼らは二人とも家を近場に置いているため、校外で話をする機会は能動的に増やしてしまう。
「それで…喧嘩ならまぁ、人並みにしたことはあるよ。最近はめっきり減ってしまったけど。」
高校生故周囲の人間はやはり男女が仲睦まじく猥談することは、恋愛関係としか受け入れられない。二人に対する噂は、少年にとって憂鬱なものであった。
「以前なら喧嘩に明け暮れているみたいな言い方だね。」
初夏の夕日に目を細め少女は笑う。
ラルドは彼女の問いかけを考える。
それは今に始まったわけではない。
少年は、常日頃少女との会話に掴み所のない輪郭を感じつつ、人は慣れる生物だからなのだろうか、もう違和感を感じなくなっていた。
「ラルド君、例えば君が人と喧嘩をしたとしよう。そう喧嘩だ。相手は誰でもいい。別に男でも女でも関係ない。その相手がこの私でも構わない。そう誰でもいい。重要なのは君自身が思想の対立構造に身を投じる、或いは投じている事だよ。」
栗色の少女は少年に尋ねる。
「つまりなんだ、僕自身が喧嘩をすることが、闘争を排他的に肯定しているって言いたいのか?説教したいのか?」
少年は話を切り出す。
「君は何というか…。結果を重んじる傾向があるみたいだね。きわめて合理的だけども、それは私の望むところじゃない。もちろん私が提示したこの議題の終着点は"闘争の肯定"だけど、私が重視するのは過程なんだよ。君が何を思い、何を感じるか、それらによって終着点へのアプローチが変化する。それは大変重要なことだと思うのだけど。」
「結論出たな。よし帰ろう。」
「ちょっと、面倒くさいのは自覚してるけど、もう少しだけ話を聞いてぇ。」
少女は懇願する。
仕切り直し。
「君の身を投じた闘争構図に暴力が生じたとしよう。いや、私は暴力に関しては寛容だ。当然だよ。人によっては"暴力はいけない"とか偽善を建前でしか話ができない人間がいるけど、それは本末転倒だろう。思想対立が話し合いで収集が付かなくなった本質が見えていない。そう、その人間は当事者でなく第三者でしかない。本来口を挟む権利すらない。」
「…。」
「あぁ、そんな難しい顔をしないで。ごめんごめん、私の悪癖だ。どうしても言いまわしてしまう。私は話すことは得ているが、話し合うことは存外下手なのかもしれない。」
少女はバツの悪い顔で嘆く。
「つまり暴力を正当化ってことでいいのか?」
「そうなんだよ・・・。あぁ、私は話をややこしくする事に酷く長けいるようだ。君みたいな合理性は見習わないとだめだなぁ…。」
少女は頭を抱え、ひとり自虐する。
「いや秋…、それでも話の展開がみえないんだけど…。」
「あぁ、ごめん、話を戻そう。私は暴力を肯定した。そう闘争は議論の段階を過ぎた。そこで生じるリスクはなんだとおもう?」
「リスク?…まぁ痛いだろうな。それに武力の絶対値が主張の善悪に関係なくなるとか…。」
「まぁ、別にそこは問題にしなくていいよ。それは闘争という時点でわかっていたことだ。人が持つ武力であれ、権力であれ、それらを前提とした闘争だ。問題は、第三者だ。」
「第三者?」
「そう。闘争に関係のない人間が、生じた暴力によって被害を被るリスクだ。」
「なるほど。」
ラルドは理解する。
"闘争"は対立構造を抽象的に示す図式でしかない。そして人は集団を形成する社会性生物である以上、対立する2つの勢力だけがそこに存在するわけではない。人を"巻き込む"可能性。決して肯定できない暴力…。
「きみが生んだ暴力によって第三者が被害を被ったとしよう。誰が悪い?」
「自分だな。それは人間としての倫理…って言ったらお前が嫌がるだろうけど、それに順ずるなら俺の過失だ。」
「私を何だと思ってるんだ君は…。そう君が悪い。」
「そう言われると極めて不快なんだが、それでおまえの闘争を肯定する事とどう関係があるんだ?」
「しまった、ミスリードだ。これは私が闘争を君を…いや人を使ったのが悪い。」
「人を?」
「そう、今までの過程は君の闘争として建てられたロジックだ。」
「つまり?」
「国同士ならどうなる?」
秋のこの一言で、ラルドは理解する。
"闘争" "第三者" "国家"
「そういう事か。」
彼の頭の中には、3度目の戦争が脳裏に浮かぶ。