想い
これは『幕間』の物語
再び舞台の幕が上がるまでの追憶の物語
「……私が生きるために……他の命を頂く……」
ヤナ様の国の食事の作法の説明を聞いている時に、思わず口からもれてしまった。以前、アメノに尋ねたときは祈りだと言っていた為に、その異なる表現を聞いて自然と口に出してしまった様だった。
「おいおい……そんな深く考えなくていいって!……要は、感謝の気持ちを表しているだけだから」
(まただ……また、ヤナ様を怒らせてしまった)
ヤナ様は、召喚直後も私に怒りを向けていた。その事を尋ねると、私の目が全てを諦めた者の目に見えたのが原因だった。ヤナ様は『諦め』や『絶望』の目に怒りを覚える性分なのだと説明し、私に謝罪された。
何も謝罪してもらう必要はなかった。実際その通りなのだから。
(きっとまた、そんな目をしていたのでしょうね)
エイダが湯浴みの準備が出来たということで、ヤナ様を連れて部屋を出て行った。ヤナ様は私に「また明日」と言っていたが、きっと明日も私はヤナ様を怒らせてしまうのだろう。きっと死ぬまで……いや、死んでも私から『諦め』と『絶望』は消えないだろうから。
私は、ジャイノス王国の第一王女として生を受けた。王である父には側室もいたが、父は正室である母も側室の女性も共に愛していた。母もまた父を愛していた。
私が生まれた二年後には側室の女性が、第二王女となるエルミアを産んだ。エルミアの母親はエルミアと似て明るく美しい女性だった。
私の母とエルミアの母は正室と側室の関係ではあったが、非常に仲が良く共に王を愛し、其々の子供に対しても深い愛情を注いでくれた。
その為か、私とエルミアも非常に仲が良かった。
私は幸せだった。
あの日が来るまでは……
私は七歳になっていた。二つ下のエルミアが可愛くて大好きで、よく城の中庭で花飾りを作ってあげたりして一緒に遊んでいた。二人の母親も、私たちの近くで楽しそうに話をしていた。この日も、いつもと同じように幸せな日であるはずだったのだ。
私がいなければ
突然大きな衝撃が地面を揺らし、何か恐ろしい咆哮がすぐ近くで聞こえた。目の前では、エルミアが突然の衝撃で転んでおり、聞こえる咆哮の恐ろしさで泣いていた。私はエルミアに駆け寄ろうと動き出した瞬間、私の名を叫ぶ大きな声と共に、衝撃を受けて地面を転がった。
衝撃を受けた方向を見ると、背中を何かに引き裂かれ血塗れのエルミアの母親が倒れていた。そしてすぐ近くに身体が黒い靄に包まれた飛竜が立っており、鋭い爪は鮮血に染まっていた。そしてエルミアの泣き声に反応したのか、飛竜はエルミアに向けて爪を振り下ろそうとしていた。しかし、爪はエルミアには届かなかった。なぜなら飛竜とエルミアの間に両手を大きく開き、立ち塞がる私の母がいたからだ。そして、飛竜の爪を止めてくれる人は誰もおらず、そのまま母を切り裂いた。私は自分の声だとわからないくらい大声で叫んでいた。
「母様ーーーーーー! いやぁあああああ!」
エルミアは私の母から噴き出した血の雨に濡れ、呆然としていた。そして、私に更なる絶望が舞い降りた。
「フハハハ! 見つけたゾ、悪神様より聖痕を受けた巫女ヨ。絶望するのはマダ早いゾ。アッチを見てみロ」
指差された方を見てみると、黒い靄に包まれたもう一体の飛竜が、護衛の兵たちと戦っていた。すでに何人もの護衛の兵と侍女が血塗れで倒れていた。突然の襲撃で、ここに居る全ての者が混乱していたのだ。
「悪神様の巫女ヨ。お前の魂は、悪神様より聖痕を受けてイル。瘴気を呼び寄せる呪いがナ! フハハハ! お前は生きてイルだけで、周りに災厄を呼ぶノダ。お前が生きる限り、他の者のイノチをオマエは喰らっているのと同じダ!」
目の前の飛竜の上に降りてきた異形の者は、私に絶望を届けながら嗤っていた。
「オマエら巫女は転生しても、魂に刻まれた悪神様から受けた聖痕はきえないゾ。次のお前も、次のオマエも、次も次も次モ! 我等魔族が見つけ『絶望』を届けてヤる! さぁ、安心して逝ケ!」
私はこの時、生きる事を既に諦めていたのだろう。次の生も、ずっと『絶望』が私を探していて、迎えに来るという。私の心は、この時に粉々に砕け死んだのだ。飛竜の顎が私を嚙み砕くべく、大きく開く。ゆっくりと牙が迫ってくる。
私は、全てを諦め絶望を受け入れ、意識を手放した。
この日運が悪かったのは、天気が良く暖かかった為、中庭でいつもより長く遊んでいた事。この日は私の誕生日で祝いの会があり、お祝いに訪れた要人の方の警護の為に、当時王国剣術指南役だったアメノがこの場を離れていた事。そして私は誕生日だったので、少しわがままを言って四人で一緒にお花で王冠作りをしていた事。
この日運が良かったのは、私の誕生日を祝う為にスーネリア騎士国の聖騎士が城内に来ており、この時偶々中庭に近いところにいた事。その為、私が噛み砕かれる直前に聖騎士の槍の投擲が飛竜に直撃したこと。聖騎士の投擲を躱した魔族が、すぐに逃げずに私を殺そうとした為、丁度その瞬間にアメノが駆け付け母親達の仇を討ってくれたこと。
長らく平和だった王国を襲った悲劇に、国内は騒然となった。王は二人の妃を失い、嘆き哀しみにくれた。魔王の使い魔である魔族の襲来と、瘴気に汚染された飛竜は、魔王の復活が近いことを予感させた。
魔族が喋っていた『悪神の聖痕』は、瘴気に侵食された魔物を呼ぶ呪いの事だ。聖痕を受けるのは決まって女である為、『悪神の巫女』と呼ばれている。生まれた時から身体の何処かに、黒い焔のような紋様が浮かぶ。今の私の背中の様に浮かんでいる物と同じものだ。
「なぜだ! セアラが生まれた時には、そんな所に聖痕はなかったはずだ!」
私は襲撃の後に落ち着いてから、父と近しい者達だけで集まった部屋で、襲撃の後に背中に浮かび上がった紋様を見せた。父がそれを見て怒鳴っていた。
「襲撃の前までは、間違いなくありませんでした。湯浴みの時に気付かない筈がありません」
エイダが厳しい表情を見せながら父に述べた。
「幸いあの時に、セアラ様が聖痕を受けた身であると魔族が言っていた事を知る者は多くありません。しかし、城内でもこれまで通りとは行かないでしょう。それに聖痕の呪いは本人の成長に合わせて力が増すと言われております。とりあえず聖水を浸した護符で今はまだ抑えられている様ですが……」
サーレイス大臣が、苦虫でも噛んだ様な顔をして話していた。
「今回の様な襲撃が今後も起きるかも知れません。もし、王と一緒に居られる時に今回の様な事があり、王が倒れられる様な事があれば国が乱れます……王もセアラ様も、お辛いでしょうが……セアラ様は城の中枢から離れて頂くのが、最善かと思われます」
「目の前で母が殺される所を見て、今度は俺やエルミアからも離され、一人で隔離するというのか!」
父はサーレイス大臣を怒鳴りつけ、今にも殴りつけそうな勢いだったが、アメノが父と大臣の間に割って入った。
「王よ、落ち着かれよ。大臣も苦渋の提案なのじゃろうて。あの顔を見れば分かるはずですぞ」
大臣は口を食い縛り、涙を流していた。
「王よ! セアラ様に少しでも長く生きて頂くには、王宮から遠ざけセアラ様を危険視する者共から離し、信頼できる者で守らねばならぬのです。民衆の目からも遠ざけなければなりません。民衆に知られれば良くて国外追放…最悪は処刑を求められるでしょう。城内の端に塔を建て、瘴気除けの結界を張り、魔族からも人からも隠さなければなりません。そうするしか……ないのです!」
「王よ。儂が指南役を引退しセアラ様の専属護衛となり、エイダも専属侍女として付くことになっておる。そして塔の中で働く者を儂とエイダが選ぶのじゃ、安心なされよ。それに儂らは、セアラ様が赤ん坊の頃より近くにおったのじゃ。少しはセアラ様も安心してもらえるじゃろうて」
そして父は、暫く目を閉じていたが、少しして目を開き近づいてくると、私を抱き締めて涙を流し始めた。
「セアラよ、済まぬ。これよりお主は、父とエルミアと離れて暮らさねばならぬ。しかし、覚えておいてくれ。今までもこれからも父はお主を愛しておる。いつか……いつかまた、父とエルミアとセアラでまた、笑い合える日を夢見て、共に耐えようぞ」
こうしてこの時より、私は離れの塔にて暮らす様になったのだ。
公式な所では、ほぼエルミアに任せて、私は第一王女として表に出ないといけない時だけ、皆の前に出た。勇者召喚の儀も第一王女の役目であった為、私が勇者様をお迎えした。
父や大臣は、私が離れの塔に行くことを悲しみ憐れみ泣いてくれた。アメノやエイダは災厄に見舞われることを覚悟して付いてきてくれた。
しかし、生きているだけで他の者を不幸にする私に、それだけの価値があると言うのだろうか?
私はあの時、全てを諦めたのだ
絶望を受け入れたのだ
私も十五歳になり成人する歳となった。最近、悪神の聖痕を抑えている護符が一日持たずして焼き切れるようになった。
恐らく身体の成長と共に、悪神の呪いも増しているのだろう。
せめて他の者の命を私が奪わないうちに、此処から出て魔物に殺されなければならないのに、中々チャンスがない。
自決しようともしたのだが、いざしようとすると何故か身体が動かず拒否をしてしまう。
最初は自分にもまだ未練や怖いという感情があったのかとも思ったが、何回か試しているうちに気が付いた。どんな力が働いているのかわからないが、どうやら私は自分を殺す事が出来ない。これも悪神の呪いだというのであれば、本当に意地が悪い事だ。
だから私は待っているのだろう。誰かを災厄に巻き込む前に、私の命を貰ってくれる者を。
「ヤナ様は、私の命を貰ってくれないかしら……」
勇者の称号がない召喚者
魔力量も一般人と同じくらいの唯の凡人
そして唯一私に怒りをぶつけてくれる人
「悪神の聖痕や巫女の事を知ったら、やっぱり私に同情や憐憫の目を向けてくるのかしら?」
巫女の事を知っても、なお怒りをぶつけてくれるなら、私の命を頂いてほしい。
それが今の私の想いだ
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





