悲劇か喜劇か
「ぜぇぜぇ……ちまちま鬱陶しい……雑魚は雑魚らしく、無い頭なんぞ使わずに、さっさと玉砕されに来い……はぁはぁ……」
「マスター、全身ボロ雑巾で煽らないでください。特に格好良くありませんよ?」
「今の言葉が、痛恨の一撃だよ……」
「中々しぶといヤツだギャギャ! だがもう、それだけボロボロにしたら、反撃もできんダロ! 全員で一斉にカカレェ!」
北の迷宮の魔物の大氾濫を、防ぎきった直後に現れた数体の名無し魔族と瘴気纏い個体の群れに襲われた俺は、そのまま戦闘を続けていた。
しかし、魔力と体力が限界にきていた俺は、中距離からチクチク攻撃してくる魔族と、魔族の指示で同じく中距離から攻撃してくる瘴気纏い魔物に、徐々にダメージを蓄積していた。
「やっとか……もう、追いかけっこはしたくないからな……」
俺は、全員が射程距離に入るギリギリまで、引きつけてスキルを発動する。
「『神殺し』『天下無双』『起死回生』」
そして、静かに剣技の名を言い放つ。
「『狂喜乱舞』『隙間無』」
俺の全方位に逃げ場の無い剣戟が、ギチギチと音を立てながら放たれる。
「ギャギャァアアアア! 隙間がぁ! 逃げ場がァアアアア!」
「「「グルギャァアアア!」」」
俺を『中』に閉じ込めるように、全方位から隙間なく襲いかかってきた魔族と魔物の壁は、同じく内側から全方位に向けた隙間の無い剣戟で、『中』からブチ破ってやった。
「はぁはぁ……流石に……もう終わりか?……気配は……無いな」
俺は、周囲を死神の慟哭で気配を探るが、俺に敵意を持っている者はいなかった。
「『ヤナだ……やっとお客さんにお帰りいただいた。今から戻る』」
「『ガストフだ。そうか……お疲れさん。こっちにも、新しいお客さんが来ちまってな』」
ガストフ支部長は、王都にも遂に瘴気纏い魔物の群れがたどり着いた事を口にした。魔族はいないらしいが、それでも五十階層付近の迷宮魔物の最後の波に攻められている所に、瘴気纏いの群れは絶望的な状況だろう。
「『やばいな、すぐ戻る……ぐぉ……全く、これ終わったら、とにかく眠りたい……』」
俺はボヤいたが、ガストフ支部長から告げられた言葉を耳にして、一瞬で眠気が吹き飛んだ。
「『あぁ、終わったら好きなだけ眠れ……ただな、もうちょい頑張れるか? エディスが、瘴気纏いの囮になって、南の荒野へ瘴気纏いの群れを引き連れていった』」
「『はぁ!? 何やってんだよ! それに瘴気纏いだけだと! そんな事が……おい! まさかエディスさんは……』」
「『そうだ、あいつは悪神の巫女の証である聖痕持ちだ。アレは、瘴気を呼ぶからな。狂化している魔物の大氾濫の迷宮魔物は釣れないが、何処からかやってきた瘴気纏いは見事に釣れたみたいだ』」
「『それでいつも、あんな目を……』」
ガストフ支部長は、俺に無理な頼み事をする。
「『あいつは……エディスは『外』に憧れ故郷を捨てた身だった。そして俺と出会い、冒険者として育てた。荒々しい言動は、そのなんだ……冒険者なったら舐められないように、俺が教えた』」
「『元凶がここにいやがった! そろそろ、俺のこめかみが砕けるぞ!』」
それを聞くと、ガストフ支部長は笑っていたが、笑いを止めて話を続ける。
「『エディスは、元々高い魔力量を持っていてな。順調に経験を重ねて、冒険者ランクもそろそろSランクにまで届くんじゃ無いかと、期待されていたんだ。そんな時に、身体に悪神の聖痕が浮かび上がった。そのタイミングも悪く、丁度高難易度クエストの最中だった。俺の油断も重なり俺は片腕を失い。エディスと俺以外のパーティメンバーは死んだ』」
ガストフ支部長は、とても苦しそうに俺に全てを話す。
「『その時に負った傷が元で俺は現役を引退して、支部長になった。今ある腕は義手だ。エディスも、悪神の聖痕がある為、『外』にはもう出られなくなった。護布と隠蔽スキルのお陰で戦闘さえしなければ、外にも出られるが、一人で戦闘無しに外は出られないだろう? 誰か守ってくれる仲間がいれば、『外』にも行けるが、当然悪神の巫女を連れ歩くような者はいない。それにエディスもそれは望んでいない』」
「『あぁ、わかった。それであんたも俺に、無理を言う気だな?』」
「『あぁ、そうだ。一人孤独に戦い続ける『中』に囚われし女が、最大の危機を迎えている。お前は……どうする?』」
「『フフフ……アッハッハッ! 決まっているだろう! 俺は、悲劇が大嫌いなんだよ!』」
「『あぁ、頼んだぞ。エディスとお前は、悲劇より喜劇が似合う』」
俺がその言葉に文句を言う前に、ガストフ支部長は通話を切った。
「マスター、でもどうやって移動するつもりですか?魔力は残り少ないですが」
ヤナビが、まだまだ俺の事がわかっていない様な事を言う。
「やれやれ、ヤナビはもう少し俺の事を知らないと、俺のスキルから生まれたとは、恥ずかしくて言えないぞ?」
「はい?」
「魔力が少ないから飛べない? なら走ればいい! エディスさんまで一直線に! 真っ直ぐに! 全力で! 走ったあと後の事なんぞ知ったことか! 『神殺し』『天下無双』『起死回生』『疾風迅雷』! もう、何人たりとも、俺を止められねぇえええ!」
「あぁ、要するにゴリ押しなんですね」
「うぉりゃぁあああああ!」
そして、悲劇回避の為に、一直線にエディスさんに向かって、俺は限界を超えて走り続けた。
「くそ! せっかくエディスさんが瘴気纏い達を連れていってくれたのに、このままじゃエディスさんが無駄死にだぞ!」
王都防衛する冒険者達は、五十階層の迷宮魔物の猛攻に城壁が破られそうになっていた。
「諦めるなぁ! まだ瘴気纏いがこっちに来ていないってことは、エディスが気張ってるってことだ! 王都支部で、最もSランクに近いと言われた女を見くびるなぁ! あいつは必ず生きて帰ってくる! てめえらそれでも冒険者か! 仲間の帰る所ぐらい死ぬ気で守れぇ!」
ガストフ支部長が檄を飛ばした瞬間だった。遂に南門に施されていた結界が破られた。
「押し返せぇええ!」
「「「うぉおおお!」」」
立ち向かう冒険者は、大半がCランク以下である。彼らの多くは、王都出身だった。王都は瘴気に汚染された土地から離れている謂わば初心者の街。
大抵はBランク以上になると、もっと高ランククエストや、迷宮踏破をめざしてこの地を離れる。
この地に残るBランク以上の冒険者は、単純に王都が好きだから残っている者達だった。
「引くなぁ! 五蓮の蛇の意地を見せろぉ!」
ガストフ支部長とともに、先陣を切って魔物と戦う五蓮の蛇もそうだ。
そんな、王都支部の高ランクパーティの気合に乗せられ、Cランク以下の冒険者も決意を固める。
彼らは先程までは、城壁がある結界の『中』で集団として戦うことで、魔物に対抗出来ていたのだ。当然、五十階層の迷宮魔物達との乱戦を生き残るだけの力はない。それでも、彼らは立ち向かう。例え、数分後には命を散らすとわかっていても、前に足を進める。
ここは、彼らの家なのだから。
アシェリとセアラも門から、侵入してくる魔物達に駆け出していた。
「ここが正念場ですよアシェリちゃん!」
「えぇ! 主様の家を汚す輩を、排除です!」
「その通りです。ヤナ様と私の愛の巣に、土足であがる汚物共を掃除するのです! ウフフフフフ! アハハハハハ!」
「「「………」」」
完全に目がイキだしたセアラに、ドン引きする周りの冒険者と、アシェリだった。
そして、冒険者と冒険者達がいよいよ街中で激突する瞬間だった。
「どぉおおおけぇええええええ!」
突如聞こえた怒号と共に、門から侵入してきた魔物の群れが門の外に弾けんだ。
「「は?」」
一瞬の間があって、ガストフ支部長が我に帰る。
「『変態の中の変態』が帰ってきたぞ! 続けぇえええ!」
「「「おぉおおお!」」」
「てめら全員後で、ぶっ飛ばしてやるから覚えとけぇええ!」
ヤナは走り去りながら、そんな叫びをあげていたが、聞くものはいなかった。
「フフフ、ヤナ様……やっと、帰ってきましたね」
「ふふふ、そうですね。勝手に一人で、色々背負っているみたいですね」
「「お仕置きですね」」
アシェリとセアラが、去りゆくヤナの背中を見ながら嗤いあう。
不幸にもその様子を見てしまった冒険者は、ガクガクと震え上がるのであった。
「おらぁああああ! 腰抜け共めぇ! あたいはまだ死んじゃいないよ! さっさとこっちにきなぁ!」
あたいは胸元の聖痕を全開に見せながら、瘴気纏いの大群を王都から引き離しながら、荒野へと辿り着いた。
「全部ちゃんとついてきたみたいだね! いい子だ! ここであたいと一緒に踊ってくれよ!」
「「グルギャァアアア!」」
「『世界樹の加護』『魔力変換金剛力』『威力貫通』『気高き闘神』!」
あたいは、これまで抑えつけてきた魔力を全開放し、その全てを『魔力変換金剛力』により筋力へと変換した。そして『威力貫通』により、相手の防御力及び耐性を無視して、こちらの攻撃が通る様にする。
最後は、『気高き闘神』により近接戦闘における全能力倍増化が起こり、これまでの鬱憤を晴らすかのように拳を握り締め、殴り掛かる。
だが、当然これらは全て、自身の持つ高い魔力量にものを言わせた強さに過ぎない。いずれ魔力が切れれば、強さは維持できなくなる。
「くっ!」
そしてその状態で戦い続けた結果、当然の如く魔力の底が見え始め、あたしの身体に無数の浅くない傷が出来始める。
「はぁはぁ……結構頑張ったかな? あとは、ガストフ支部長の『爆弾』って奴を使えば、殆んど吹き飛ばせそうだよね」
あたしは、前に一回だけ実験的に使っているところを見たことがあるガストフ支部長の切り札を知っていた。余りの威力に自分も巻き込んでしまう欠陥品だったが、そんなガストフ支部長の最後の手を借りてきたのだ。
「魔力を込めて、三つ数えたらドカンだったよね……」
エディスはガストフ支部長の『爆弾』をそっと地面に置いた。そして、静かに魔力を込めた。エディスの魔力がスイッチとなり、内部で魔力がどんどん膨れ上がる。暴走し始めた魔力に瘴気纏い魔物達も、一瞬固まった。ただ、次の瞬間には聖痕に誘われるように、エディスに殺到しようとした。
「結局、自由にはなれなかったな」
森の中から外へと、何があるか知りたく飛び出した
森の外でガストフ支部長と出会い、一緒に旅をした
色んな景色を見ることができた
でも、あたしは災厄を呼ぶ巫女だった。
魔族や瘴気纏いを呼ばない様に、自分の殻に感情を押し込め、街の中に引きこもった
街の中も、別につまらないわけじゃなかった
でも、あたしは外も中も自由に行き来したかったのだ
でも、あたしには聖痕がある。
悪神からつけられた傷は、あたしを外に出させてくれない
このあたしを包む殻は、誰にも壊すことなんか出来やしない
そして、『爆弾』は強い光を放ち、魔力の暴走が最高潮に達した。
「じゃあね」
あたしは、全てに別れを告げるよう呟いた。
いつかこんな日が来ることが、わかっていたせいか、涙も出ないことに苦笑しながら、そっと目を閉じようとした。
「たぁまやぁああああ!」
突然、よく知る叫び声と共に、『爆弾』が一瞬で上空へ蹴り上げられた。そして、上空で大爆発を起こした。
「きゃぁあ!」
瘴気纏い魔物達と同じ様に、あたしもその爆風に吹き飛ばされる筈だった。
ただ実際には、私は吹き飛ばされなかった。
そして、三度目ともなると、涙で顔が見えなくても、すぐ分かってしまった。
「ヤナ君……あたしをまた抱っこするなんて、いい度胸してるよね」
「はは、そんな泣きながら言われても怖くないぞ? 誰も見てないし、別に恥ずかしくなんかないだろ? それにいつもと違って、銀髪にその耳で凄まれてもな」
そんな事を言うヤナ君は、若干顔を赤らめていた。
「どうしたの? 顔が赤いけど」
「いや、ちょっとな……エディスさんの格好が予想外に… その布面積が… 」
あたしの今の装備は、本来の戦装束だった。確かに、動きやすい様にしている為、布面積は小さい気はする。
「ふぅん……ヤナ君も、男の子だったかな?」
「やかましい! 取り敢えず、そのまま動くなよ? 『神火の清め』」
ヤナ君に抱っこされたまま、身体がヤナ君の神火で包まれる。
「え? 何? 胸が熱いんだけど……ん……んぁ……あぁああああああ!」
聖痕が熱くなり、身体の奥底まで聖なる気が浸透するかの様に、魂まで癒される衝動が身体を襲う。
「はぁ……はぁ……なに? 今の?ヤナ君が……あたしに……いやらしい事を……?」
「してねぇよ……エディスさんなら自分の、そのなんだ……胸元見えるだろう?」
「はい? まだ周りに瘴気纏い達がいますけど?……こんなところで欲情されても……」
「だから違うわ! このやろう!」
流石にヤナ君が怒り出したので、からかうのをやめて自分の胸元を見てみると、特に何も無かった。
「ない……え? ない!? 聖痕が消えてる!?」
「あぁ、そういう事が俺は出来るって事だ。まさかエディスさんが、巫女だったとは思わなくてな。知ってたら、もっと早くに……うぉい!」
あたしは、抱っこされている状態で胸元をぐいっとヤナ君に近づけた。
「見て! 消えたよ! ヤナ君! 消えたよぉ!」
「見えてるから! よく見えてるから! むしろなんか他のものも、見えそうだから止めて!」
そして、あたしは嬉しさのあまりヤナ君に抱きついた。
「のわ! 分かってて遊んでるだろ! 胸が! 当たる! 近い近い!」
あたしが激しく抱きつくため、ヤナ君に地面に降ろされてしまった。
そこであたしは、漸く気づいたのだ。
「ヤナ君……身体が……」
全身が傷まみれとなり、頑丈な筈の瘴気纏い個体で作ったヤナ君の防具も、ボロボロと成っていた。そして、何より全身の傷から血が、今も流れ出ていた。
「ん? あぁ、そこで派手に転んでな。擦り傷だよ、ツバつけとけば治るさこの程度」
笑いながらそう話すヤナ君を見て、あたしは涙が溢れそうになったが、我慢した。
だって、男の子のやせ我慢は、見て見ぬ振りが優しさでしょ?
そして、爆発の衝撃で吹き飛ばされた瘴気纏い達が再び私達に向かって、駆け出して来ていた。
「済まないがエディスさん、頼みがあるんだが」
「なあに?」
「颯爽と駆け付けた割りに、間抜けでカッコ悪いんだが、一緒に踊ってくれないか? ひとりで踊るには寂しくてな」
罰が悪そうに、私にはにかみながら笑いかける彼の笑顔を見ると、何故だか身体の奥から力が湧いてくる様だった。
「ふふ、いいよ。貴方と一緒に踊ってあげる!」
あたしは、いつぶりかわからない程に心からの笑顔で彼に返事をする。
「ぐはぁ!……銀髪エルフ耳に巨大なアレ持ちながら、純粋そうな笑顔だとぉ……天然小悪魔めぇええ!」
何やら彼が悶絶していたが、悪い気はしなかったから、きっと褒められているのだろう。
そして落ち着くと彼は、あたしを手招きする。
「さぁ、一緒に踊ろうか」
そして狂り狂りと二人は踊る
死神の円舞を
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





