お静かに
私は、ヤナ君の用意した小屋の様な馬車の荷台の中に入った時に、本当に驚いた。
それは、中の内装に驚いたのではない。途轍もなく清浄な気が、空間全てを満たしていたからだ。思わずヤナ君の頭を潰そうとしてしまったのは、仕方がない事だと思う。アシェリちゃんも、ヤナ君殴ってたし。
ヤナ君は、これを魔法で創ったと私達に説明した。どんな魔法を使えば、こんな温かい空間が創りだせるというのだろう。
王都から外へ出かけるときは、聖水に浸した護布を胸に巻き、『世界樹の加護』を全身に施した上に『聖なる修道服』を着ていないと、忌々しい傷を抑えきれない。それでも、私は戦闘時に感情が高ぶってしまう為、戦闘しようものなら途端に胸に巻いた護布が焼き切れてしまう。
だから、この聖痕が現れてから『外』の世界には出る機会なんて、殆どなかった。それなのにガストフ支部長は、何かが見えているらしい。ヤナ君と私に何があると言うのだろう。
「でも、何があっても結局『外』に出られる事はないんだけどね……」
「ん? なんか言ったか?」
ヤナ君が私の呟きに気づき、声をかけてきた。
「何でもないですよ。ただの愚痴ってやつです、ふふ」
思わず本当の自分の自嘲気味な笑い方をしてしまったが、気付く事はないだろう。久し振りに素の自分で考え事をしていた事に驚きを覚えつつ、この神聖でどこか安心感を覚える空間が、そうさせたのかもしれない。
この馬車の『中』は、とても気持ちが良い
まるで、遠い昔に大好きだった陽だまりの中で、微睡んでいるかのようだ
もう叶わない、そんな大好きな……
「寝てしまいましたね。エディス様」
「そうだな。ソファーに寝かせるから、毛布をかけてあげといてくれ」
「わかりました」
鞄から毛布を取り出しアシェリに渡す。俺がエディスさんを抱きかかえソファーに寝かせ、アシェリが静かにエディスさんに毛布をかけた。
「寝顔は、純粋そうな少女みたいなのにな」
「……主様……聞かれたら、また頭へこまされますよ……」
「……寝てる……よな……?」
「多分……」
出発してから、初めは二人とも馬車自体や内装等について驚いていたが、そう言うもんだと無理やり自分を納得させたらしい。ただ、昼飯をキッチンで作り二人に振る舞うと、再度何に驚いたのか知らないが固まった。
「私より……上手い……何この女子力……」
「ちゃんとした台所でつくると、こんなに上手なんですね、主様……」
アシェリは護衛任務時にも、俺が飯を作って食べさせていたが、あの時はいつ魔物が襲ってくるかもわからなかった為、すぐ食べられる簡単な食事しか食べさせなかった。だが、今回は安全地帯となっている馬車の中で過ごしている為、クックルさんに習った『胃袋をつかむレシピ』から選んで作ったのだ。料理自体もクックルさんに教えてもらっていたので、そこそこ自信はあった。
当然量は特盛である。エディスさんも普通に平らげていた。ただ、食べた栄養がどこに行っているのかは、考えないようにした。
そして、昼飯の後にエディスさんは、この空間の心地良さに負けて、寝落ちしたのだ。
何せ振動すらないからな! なぜなら少し浮いているのだ! 安全安心快適走行なのだ!
「主様、寝ているエディス様に向かって、なに得意顔してるんですか……」
「フフフ、設計者として勝利をかみしめていたのだよ」
「……」
アシェリから呆れた目線をスルーして、今後の事を考えようとするが、さっきの事が気になって中々集中出来なかった。
さっきのエディスさんの笑い方は、自然な表情だった。ただ滅多に見せない自然な表情だったからかもしれないが、余計にその中の寂しさが目立って見えた。
少しモヤモヤした気持ちになっていると、俺の身体にアシェリが寄りかかってきた。
「ん? 寝ちゃったか。二人とも子供だな、ふふふ」
アシェリももう一つのソファーに寝かせ、毛布を被せてやった所で死神の慟哭に魔物の反応を感じた。
静かに扉を開け、後方を見てみると、ブラッディホーンの五頭ほどの群れが、こっちに向かって突進してきている。
「ほっといても勝手に神火の神兵が狩ってくれるが……今は、お姫様二人がお昼寝してるからな」
神火の馬車は、止めずに俺だけ馬車から飛び降りた。
「静かにしてくれや」
俺はブラッディホーンに向かって、静かに駆け出した。
二人が昼寝をしてる最中に、ブラッディホーンを狩り、そのまま起死回生の発動を止めて、馬車と並走して走っていると二人から声をかけられた。
「脳筋……」
「変態……」
「……アシェリ降りてこい……夕飯まで走りながら……一緒に斬り合おう」
昼寝から起きた開口一番に、俺を変態扱いしたアシェリを付き合わせる。決してイラッとした訳ではない。決してそうではない。
「アシェリちゃん……」
「鬼ぃいいい! ぎゃ!」
こうしてすごく平和的に、旅の道程は進んでいき、次の日の昼過ぎには目的地である東の都シーサイの門が見えてきた。
「……普通の馬車で四日の行程が、一日半だと……」
「……寝てる間もずっと、走ってたみたいですからね……この馬車……」
「二人とも惚けてないで、馬車から降りてくれ」
俺は馬車を止めて、二人を馬車から降りてもらった。
「『解除』っと、魔道具は拾って鞄に入れて……良し、ここからは歩いて門まで行くぞ」
「……アシェリちゃん……」
「……もう慣れるしか無いと思います……」
俺は、形状変化を解除し、神火魔法で創った部分を全て『解除』した。内装に使っていた『浄化』等の魔道具はその場に残っているので、鞄に回収し歩き出した。
門番に全員が自分のギルドカードを見せて、街の中に入った。俺は王都、北の都ノスティに続いての、訪れた大きな街となった。護衛クエストの時に訪れたノスティは、ただ宿屋にただ泊まっただけといった感じだったので、今回は自分で自由に行動出来るので楽しみにしていた。
「王都に比べると、活気がないな」
「なんかみんなに、元気がない気がします」
歩いている住民達の表情には笑顔が少なく、冒険者の表情は固く険しいものだった。
「頼みの上級冒険者と衛兵が、こぞって、行方不明じゃ不安にもなるでしょう」
「それもそうだな……取り敢えずここのギルドに行って、情報取集からだな」
基本的にエディスさんは試験官である為に、今回の事に一切手を出さないので、門番にギルドの場所を聞き、三人で向かった。
シーサイ支部のギルドに入ると、中の雰囲気は外にも増して険しいものだった。入ってきた俺達を見ても、殺気も威圧も飛んでくることがなく、言ってしまえ無関心と言った感じだ。
「殺気も威圧もなしか……なんか寂しいな」
「主様……それはちょっと」
アシェリ、どうか引かないで下さい。
「それだけ海からの魔物の群れの襲撃に、皆が疲れていると言うことでしょうね」
エディスさんは、そう言いながら空いている受付の所へ歩いて言った。
「ジャイノス王都支部職員のエディスです。こちらから王都支部に要請のあった、瘴気纏いキングクラーケン討伐クエストを受けた冒険者ヤナ君を連れてきました。先に言っておきますが、ヤナ君はCランク冒険者ですが、王都支部で受諾可能の判断をしておりますので、ご安心下さい」
「おぉ! あのヤナ殿ですか! お待ちしておりました! 私は、今回の瘴気纏いキングクラーケン討伐指定クエストの担当者ゲッソです! よろしくお願いします!」
見た目若そうな男性で、まだまだ希望に満ちた目をしている。
「キングクラーケン討伐の担当が、ゲッソって……」
「何か?」
「いや、何でもない……それはそうと、今回の瘴気纏いキングクラーケン討伐の詳しい話か、資料は貰えるのか?」
「それが……ですね。前任者が前回の討伐作戦の時に、一緒に行方不明になっておりまして、ざっくりとした資料しか残っていないのです」
討伐作戦本部であった船ごと大破した為、資料も残っていないと言うことらしい。残っている資料は、海岸のざっくりとした地形のみだった。
「魔物の群れが襲ってくる時は、その瘴気纏いキングクラーケンは確認出来るのか?」
「いえ、確認出来ません。これまでも魔物の群れの中で瘴気纏いクラーケン全体を、しっかり確認出来たことはありません」
「ん? なんでそれなら、瘴気纏いキングクラーケンが親玉だと思われているんだ」
通常海岸から魔物が群れをなして襲ってくる場合は、必ずその近辺の主であるキングクラーケンが群れのボスとして最後方に陣取るらしい。その為、群れを抑える隊とキングクラーケンを討伐する別働隊で、通常は対応するらしい。
「その別働隊が、これまでも群れのボスを叩きに行くと『足』しか海面から出ておらず、その『足』のみで返り討ちに遭っていました。その為、全体は確認出来ていませんが、その『足』が黒い瘴気に纏われていたという証言があるのです」
そこで、大規模な討伐作戦の際には、『足』が確認出来たら、集団魔法により水中に魔法攻撃を放ったらしい。
「そしたら、次の瞬間に討伐隊の船を大渦が襲い……」
「そのまま、壊滅……と」
「はい。これまでの通常のキングクラーケン討伐に於いて、あんな大規模な大渦が発生した事がなかったのです。その為、現場は恐らく混乱したのではないでしょうか」
「あんな? って事は、その大渦を見てたのか?」
ゲッソは青い顔をして答える。
「はい……海岸の高台から、作戦様子を確認していたのです。やはりその際も、敵の全体像は水中で見えませんでした」
「そうか……他の支部に依頼した上級ランクの冒険者は、もう来ているのか?」
「いえ、他の上級ランクの冒険者はまだ到着してません」
「わかった。それなら一先ずは、その壊滅した海域が見えるっていう海岸の高台に行ってみる」
まずは現場を見てみないと、海でどうするかのイメージも湧かない。これまでの戦闘は全て、陸地だった為、水上もしくは水中になるかも知れないというのは、考えどころだった。
ゲッソに高台までの道順を聞いて、ギルドを出ようとした時だった。丁度ギルドの扉が開き、見知った顔の五人が入って来た。
「あれ? お前ら、この街にいたのか?」
「ヤナ!」
「「「「ヤナ君!」」」
「ヤナ様!」
再び俺達召喚者が、ここ海の都で全員揃ったのだった。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





