月狼は狂い、絶望と舞い踊る
「あ! 主様!」
「おっ、ちゃんと全部食べてきたか? 食べないと大きくなれないぞ?」
「ちゃんと残さず食べました……ケプ」
アシェリが、イヌミミと尻尾を垂れ下げながら上目遣いに俺を見る。内心その様子にクリティカルなダメージを受けて悶えているのだが、それは無駄に『神出鬼没』を瞬時に発動して平常心を『偽装』した。これは、スキルの鍛錬だ……と俺の心も『偽装』した。
「よ……よし、えらいぞ。冒険者登録は済ませたか? 出来てたら、防具屋に素材を追加で持ち込みに行くぞ」
「だい……大丈夫です。エディスさんに、先ほど登録して貰いました。わたしの担当もエディスさんだと言われました……ケプ」
「はっ!? しまった! そう言う仕組みだった! くそ、この純真そうな子供に、あんな腹黒そうな嗤い方が感染ったらどうすれあばばばばば!?」
「主様が、屋内でカミナリにうたれた!?」
この時、俺は忘れていたのだ。まだここが、ギルドのフロントだという事を……
「今日は室内落雷警報発令中でしたよ、ヤナ君? 気をつけないと……ね? フフフ」
「アシェリ……見るな……アレは、知らない方が幸せに成れるんだばばばばば!? 冗談だばばばば! やめででででで!」
「主様……」
アシェリが、可哀想な人を見る目で床に這いつくばり黒焦げになっている俺を、見下ろしていた。俺は特殊な性質は持っていない為、普通に心にダメージを受けながら防具屋に向かった。
「どうしたんじゃお前……雷竜とでも戦ったのか?」
俺が黒焦げの姿で、パチパチと若干帯電しながら防具屋に入ってきた為、防具屋のオヤジに開口一番そんな事を言われてしまった。
「あぁ、ギルドのフロントに雷竜が住んでてな……それより、追加素材の瘴気纏いロックベアの素材を持ってきたがでかいぞ? ここには、流石に出せんがどうしたらいい?」
瘴気纏いロックベアの素材は大岩の様に大きく、明らかに店の中で出せるような量と大きさではなかったのだ。
「当たり前だ! こんなとこで、ロックベアの素材なぞ出そうとするな! この間のオーガで、ギリギリだっただろうが! ったく、付いて来い。奥に素材倉庫があるから、そこで出せ」
店の奥はギルド倉庫と同じく、魔道具により空間拡張されており、だだっ広い倉庫が広がっていた。
「随分広いな。ここなら大丈夫だなっと」
空間に十分余裕があった為、全ての瘴気纏いロックベアの素材を出した。
「なんじゃ、今回は普通の瘴気纏い素材か。これだと少し期間が増えるぞ?」
「ギルドから素材を受け取ってそのまま来たからな。今『清める』からちょっと待ってな」
俺は、微動だにしない様に直立不動で腕輪と指輪を外した。魔力の制御は『正確無比』の発動で問題ないが、筋力の力加減がどうにもうまくいっていない為、下手に動くとそれだけで何か壊しそうだったからだ。
「『神火の清め』」
清めの神火が瘴気纏い素材を淡く包み、神々しく光を放ちながら神の火で清めていく。
「「……はぁああああああ!?」」
「よし、これでいいだろ。『消毒』完了だ」
二人して、見事な反応をしてくれている。
「瘴気の残滓まで完全に……消えた……?」
「これで、あの瘴気纏いオーガの素材もやったってのか……」
清められていく様子を固まって見ていた二人を、腕輪と指輪を装備してから声をかけた。
「オヤジ、あとは任せたぞ。仕上がったら、宿屋に言付けといて貰えるか?」
「……あぁ、わかった。素材が素材だけに、気合い入れて作ってやるよ!」
そして、俺たちは防具屋を出て行った。
「あいつ一体……何者だ?」
俺とアシェリは防具屋を出た後、そのまま街の外の荒野に出てきた。流石に戦闘鍛錬は街中では出来ないし、ギルドの訓練場は近くて良いのだが、わざわざ手の内を他の冒険者に見せたくない。その為、仕方がないので、街の外に出てきたのだ。
「主様……さっきのは、何が起きたのでしょうか?」
防具屋から黙って付いてきていたアシェリが、荒野に着くなり防具屋の出来事を聞いてきたのだ。人目を気にしていたらしく誰もいなくなった為、聞いてきたらしい。
「ん? アレか? 嫌だろ、瘴気なんぞの気配が少しでもある素材を使うなんて」
「いえ、何故したのかではなくて……なんで、あんな事が出来るのですか!」
アシェリは子供とは思えないような、切羽詰まった様な真剣な眼差しで俺を見つめてきた。
「なんでと言われてもなぁ。獄炎魔法が進化すると、出来る様になるらしいぞ?」
流石にこの国の王女が悪神の巫女だったことは話せる訳がないので、瘴気纏いだった個体の死骸を浄化出来る事を伝えた。俺が神に喧嘩を売っている事まで話す気は、始めから無い。アシェリは一人立ちできたら解放する為、無闇に巻き込む訳には行かない。
「まぁ、出来るもんは出来ると納得してくれ。俺も何でと聞かれても、よく分からんしな」
「……はい……」
アシェリの目の奥には、俺の嫌いな気配があったが、親も身寄りも魔物に殺され、自分も奴隷に身を落とせば、そんな目もしたくなるだろうと納得していた。
この世界には俺の嫌いな気配が、そこら中から漂ってくる。明るく振る舞い気にしない様に普段はしているが、心の中はいつも胸糞悪かった。
「はぁ、汗でもかいて忘れるか……」
「え?」
「いや、何でも無い。さて、それじゃあ昼まで鍛錬するぞ! 昼からは、アシェリの冒険者クエストでもやろう」
「はい、わかりました。よろしくお願いします」
「アシェリは、そのナイフは扱えそうか?」
「はい、これまで基本的にナイフ二本を使ってましたので、一応使えます」
「なら、大丈夫だな。今から鍛錬を始める訳なんだが、俺も戦い方を覚えてまだ一ヶ月少しだから、俺は教えることは出来ない」
アシェリはそれを聞いて、目を見開き信じられないという顔をしていた。
「で、でもあんな強く……えぇ!?」
「それにジョブレベルもこの間やっとLv.28になった所だから、他のジョブの上げ方もよく知らない」
今度はアシェリが口をパクパク鯉の様にしながら呟いていた。ガルガオウ公爵との戦いでレベルが三つ上がっていたのだ。あっさり斬り捨てたが、あれだけで三つも上がるとは、実は結構『冒険』していたのかもしれない。
「レベルが28……そんな……そんなに低くて、何でアレなの……」
「アレって言うな、傷つくぞ? だからな、俺がやられた事を取り敢えずやれば、強くなれると思うんだ? 俺も何とか強くなれたしさ」
そして俺は、鍛錬の準備をする。
「『十指』『火球』『形状変化』『火の棒』『自動操縦』『対象:アシェリ・ルナ』『攻撃停止条件:気絶』『待機』っと、これで良し」
俺も自分の鍛錬がしたいので、アシェリの鍛錬はスキルに丸投げした。形状変化で剣ではなく棒にしたので、死にはしないだろうという判断だ。自動操縦の停止条件もちゃんと『気絶』にしといた。何も設定しないでいると俺が止めるまで、攻撃が止まらないのだ。
アシェリを取り囲む様に空中をフヨフヨと火の棒が浮いている。
「……主様?……聞きたく無いですが、これは?」
「ん? だから、俺は自分がやられた事しか出来ないんだよ。アシェリはもう、武器も持ってるだろ? ならやる事は一つ、戦って戦って戦うしかナイダロ?」
「ひぃ!? 主様の目が怖い!」
「ははは、何を言っているんだ? 因みにそれだけどな、アシェリが『気絶』するか、アシェリが俺の魔法を破壊しない限り、ずっと続くぞ? それと、気絶してる間は、行儀よく待っているから心配するな。起きたらまた襲ってくる様にしてあるから便利ダロ? それじゃ頑張れよ? 鍛錬にゴォオオオオ!」
一斉にアシェリに、火の棒が襲いかかる。俺は心を鬼にしてその様子を見て、アシェリから少し離れた所へ歩き出した。
「アシェリ……頑張れよ……」
遠い目をしながら、アシェリの健闘を祈るのだった。
「いやぁあああああ! 鬼ぃいいいいい! ぐべぱ!ぎゃん!……助け……」
十本の火の棒から逃げ惑うアシェリを横目に、俺は自分の鍛錬の用意をする。
「まずは『十指』『獄炎剛球』『形状変化』『黒炎の大剣』『自動操縦』『対象:ヤナ・フトウ』っと、あとは『起死回生』の発動を停止してっと……ぬあ!……ぐぅうう……流石にやり過ぎかな?……まぁ取り敢えず、やってみるかぁ!」
十本の黒炎の大剣を自動操縦にして、自分を攻撃対象にした。当然、攻撃制限は設定してないので、油断すると大怪我で済まない。更に『起死回生』の発動を止めて、腕輪と指輪の負荷を全身に受け止める。
「さぁ! かかってこいやぁああああ!」
自分のスキルとの、死ぬ気の鍛錬が始まった。
暫くするとわたしは倒れたが、そのまま気絶した振りをして主様を見た。
「……狂ってる……」
自ら創り出した見るからに凶悪な黒炎に燃え盛る大剣十本と、本気の斬り合いをしている。度々浅くない傷を負っているが、主様の回復魔法の『応急手当』で手当しながら戦い続けている。
血飛沫を飛ばしながら、黒い剣戟の嵐中を嗤いながら舞っている。
「……綺麗……」
狂気の沙汰にしか見えないそれを見ながら、私は思ってしまったのだ
狂気が漂う血塗れの舞を美しいと
わたしも、あぁ成りたいと
わたしは気絶の振りを止めて、立ち上がる。すぐに主様の十本の火の棒が襲いかかってくる。
「戦おう……強くなろう……もっと狂おう……わたしは月狼……死ぬその時まで……」
わたしは『絶望』に抗い始めた
月狼は狂い、絶望と舞い踊り始める
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)
 





