【本編最終話】終わりと始まり
長く長く語られてきた物語も
これにて一旦幕をさげましょう
最後の話を楽しみご覧あれ
校舎の外は梅雨らしく止みそうにない雨水が、窓ガラスを濡らしていた。教室で授業を受ける生徒達は、暑さと湿気の多さにグッタリとしていた。
富東矢那は、真面目に授業を受けながらも時折窓の外を眺めていた。
何を見るわけでもない。ただ、窓から見える空を見上げているだけである。
この虚無感は、いつから自分の心に住まうようになったのか。
四時限目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、生徒達は昼食の準備に動き出し、教室内も騒がしくなった。矢那は静かに立ち上がると、朝にコンビニで買ったパンを鞄から取り出すと教室を出た。
廊下を一人で歩き、階段を登っていく。階段が無くなるまで登り続けると、遂には屋上に出るドアの前に立っていた。天気が良ければ昼休みの屋上は割と人気があるが、この雨では誰も来ていないだろうと思い、矢那はドアを開けた。
屋上の出入り口は立派な屋根が付いており、すぐ隣にはベンチも設置してある。雨に加えてこの蒸し暑さでは、予想通りに矢那以外には誰も居なかった。
一人雨を眺めながらパンを齧り、時折缶コーヒーを喉に流し込む。
「こんなに俺って、ボッチが好きだったけかなぁ」
もっと級友と馬鹿やって、高校二年の夏休みに向けて彼女が欲しいとかほざいて、そんなことをしながら過ごすとばかり思っていた。
目を閉じ雨音を聞きながら、矢那はいつしか眠りについた。
特に何か夢を見るわけではなかった。ただただ真っ暗な部屋で、一人で立っている。ただそれだけ。
しばらくすると大きな欠伸をしながら、矢那が目を覚ました。胸ポケットから携帯を取り出し時間を確認すると、大きくため息を吐いた。既に昼休みの時間は終わり、五時限目の開始時間を過ぎていた。
「チャイムでも起きないぐらいに爆睡かよ。やっぱ疲れてんのかね」
頭を掻きながら立ち上がると、出口に向かおうとしたところで足を止めた。
「このままサボっちまうかなぁ」
覇気のない目で、一人呟く。そんな時、空の一部分が何やら放電している様に見えた。
「まじかぁ、帰りはもっと酷くなるってのか」
矢那は雷光を見て単純にさらに天気が荒れるのだろうと思ったが、どうやら様子がおかしかった。上空と言うよりもっと低い位置で放電が見え、更に一箇所でのみ放電が激しくなっていった。そして決定的に異常事態だと確信したのは、空にさらなる変化が現れた為だった。
放電が集中する場所に、見たこともない文字で描かれた紋様が現れたのだった。
「ベタな事を言っちゃうと、あれは……魔法陣的な?」
漫画やアニメなどの知識から容易にイメージできてしまうほどに、それは“見るからに魔法陣”に矢那には見えた。しかし魔法陣から伝わる圧倒的な威圧感は、これが何かのイベントの仕掛けだろうという考えさえ、一瞬で消えさせるほどだった。
「嫌な予感しか湧かねぇ……おいおいおいおい! 嘘だろ!?」
矢那は目の前で起きる光景に絶叫し、瞬きすら忘れるほどに固まってしまう。魔法陣らしきものから何かの足が見え始め、そのまま全身が現れ落下した。
そして現れたソレが落下した場所は、ヤナのいる場所。都内の高校校舎屋上。平日の昼過ぎ。教室には、授業を受ける大勢の生徒達と教員。
「まんま形はゴーレムって感じだが……おい、何するつもり……おい! やめろ!」
大きな衝撃と共に屋上に落下したゴーレムに見えるソレは、高さ十メートルほどで、見た目は鉄で出来ている様にも見えた。出入り口に呆然と立ち尽くす矢那を気にもせず、ソレは両手を握り締めると大きく振りかぶった。
それを見て矢那は背筋が寒くなった。ソレが今まさにしようとしていることは、その大きく頑丈そうに見える両腕を屋上に叩きつけようとしている様にしか見えなかった。そしてそれは、正解である。
身体を仰け反らせるほどに両腕を背中の方まで振りかぶり、その姿勢で更にソレの身体から放電の様なモノが溢れ出してきていた。
矢那は幻視する。
崩壊した校舎、瓦礫に潰される生徒や先生達。明確な死が自分を含めた皆んなにもたらされ様としており、その殺意は見るものに死のビジョンをイメージさせるには十分だった。
死の脅威を目の前にして、この男子高校生は何をしたのか。
恐怖で逃げる。
絶望し泣く。
諦めてへたりこむ。
否、そうではなかった。
大勢の人が死ぬ。俺の目の前で? それを何もせず見てるのか? それが俺が憧れたモノのする事なのか?
昔、公園で女の子を助けた時の光景が蘇る。暴漢に対し立ち向かった自分。怖かった。逃げたかった。
それでも立ち向かったのは、何故だったのか。
突然感じるようになった違和感に、人との関わりを避け、一人でいるのを好むようになった。自分が普通じゃないと感じるようになった。
普通じゃないから、普通の人から離れ……
「て、どうすんだバカヤロー!」
咆哮と呼ぶに相応しい声を出し、自らの魂を奮い立たせる。
いつしか忘れていた。自分のなりなかったモノ。
「ヒーローが普通を羨んで、どうすんだぁああ!」
駆け出したその脚は、矢那を“死”の前に運ぶ。弓のように身体をしならせている“死”の目の前で、矢那は叫んだ。
「俺は……ヒーローになりたいんだ!」
淡く光るソレの眼光が、確かに矢那に目を向けた。だからといって、“死”は止まらない。時間切れと言わんばかりに、ソレの口から雄叫びが発せられたのと同時に両腕が矢那ごと押し潰さんと振り下ろされた。
強固に握りしめられ、打ち下ろされる拳はあたかも巨大なハンマー。受け止めるべく矢那は両腕を十字に交差し、頭上へと掲げる。
しかし結果は、変わることはないだろう。訪れる死は確実なものであり、校舎は半壊し、死傷者は多数でるに違いない。それでも、矢那は全力で受け止めるべく力を込めた。
まるで、それを自分には出来ると確信しているかのように。
死の鉄槌とヒーローに憧れる男の腕が、激突した瞬間。矢那の腕の肉が裂け、骨が砕ける感触が、まるでスーパースローのようにゆっくりと感じられた。
時間がゆっくりと動いている感覚の中、矢那の脳裏にはある光景がフラッシュバックするかの如く、しかし鮮明に浮かび上がった。
“本当に良いのですか?”
「当然だ。こいつらを必ず俺は、元の世界に帰すと決めているんだ。それに神の力なんてものとおさらば出来るのなら、なのこと良しだしな」
王城跡地に佇む矢那と女神クリエラは、異世界帰還陣の中に彫刻のように動かないセアラ、アシェリ、エディス、ライ、そして勇者四人を見ていた。
「セアラ達は、正直申し訳ない気持ちしかないんだが……勇者三人は、ちょっと何とも言えん」
“それは仕方がない事。貴方の要石として存在する彼女達は、貴方との魂の繋がりが切れてしまえば存在自体が失われてしまいますから。それに今のまま貴方が此処に止まっても、強大すぎる神の力を抑えるのに結果として彼女達は目を覚ますこともないですから。
勇者の三人に関しては、流石に肉体の刻は止めれても、精神の刻は止まらない状態で千年は辛かったようですね“
簒奪神ゴドロブとの戦いの決着の後に問題になったのが、ヤナの神力の高まりであった。ヤナが女神クリエラから奪った神の力を、元通りに返しても余りある神力は、要石の巫女が抑え続けなければヤナとしての存在は消え去り、全く別の存在として高位の神に至るほどだったのである。
勇者の三人は、女神の術で肉体の刻を止めたが、それは精神の刻も止まるわけではなかった為、千年という刻に耐えきれず精神が深い眠りに着いてしまった。その結果、術を単に解いてしまうと精神の崩壊を招きかねず、それならいっそこのまま異世界転移し、世界の壁を越える際に全ての状態をリセットするしかないとの結論に至った。
“私の中は、もう貴方のアレで一杯なので、これ以上は溢れちゃう“
「言い方な。いきなり駄女神化するんじゃねぇよ」
身体をくねらせ頬を紅潮させながら妖しい声を出す女神に、とても大きなため息を吐くヤナだったが、このため息はそれだけの所為ではなかった。ヤナが目線を送った先は、人の姿をしたヤナビだった。
「まだ機嫌を直してくれないか、ヤナビ」
「キレちゃいないよ。私をキレさせたら大したもんだ」
「ここでそんなネタ持ってくる時点で、キレてるじゃねぇかよ」
ヤナビは半眼でヤナを睨みつけながら、そんな事を言っていた。ヤナの神器と化していた天と地は神器は世界の壁を越えることは禁じられており、この世界に残りヤナの帰還を待つと言うことに納得してた。しかし、ヤナビはその話を聞いた時からずっと機嫌が悪く、納得していなかった。
「セアラ、エディス、アシェリ、ライをあっちで見つけて戻って来るって約束しただろ」
「分かっていますとも。ただ分かっているということと、納得しているのとは別です。えぇ、えぇ、マスターは必ず戻って来るでしょうとも。それにセアラ様方を上位世界へと転移させる為のエネルギーをマスターの神力で行うことで、マスターの神力を全て使い切り、要石としての役割を放棄させると言うことも理解していますとも」
「なら……」
「でも私は貴方から生まれ、貴方と共に成長してきたのですよ! マスターのアレやこれやあんなこともこんなことも記録し、なんなら今から上映出来る程に編集さえもしているのに!」
「今すぐ廃棄しろ、そんな記録」
「こんな駄女神の神器というだけで、一緒に行けないなんて、ほんと役立たずで使えないクソ女神!」
“神器が神を罵るってどういうこと?”
まだまだ文句は止みそうにないヤナビを余所に、ヤナは異世界召喚陣の中に足を踏み入れた。
「今度戻ってくる時は、あの戦いが終わった直後ということだったよな」
“えぇ、色々と因果を弄ってそれくらいのことは出来るでしょう。その為にエイダやシェンラには今ここにいるのも内緒にしているのですから“
神域に流れる時空間と世界のそれとは異なり、今より過去における戦争直後はヤナとゴドロブはまだ戦っている最中だが、神同士の争いが集結しているという事実を元に過去へと戻る形で、ゴドロブがいない過去へと異世界転移することは可能だと、女神クリエラはヤナに伝えていた。
「神域にいるヤナビや天と地は、俺が戻るまでの時間をそのまま感じるっていうなんだかよく分からん現象らしいが、最悪あっちで死んでも、魂をこっちに引っ張ってくれるようにしてくれてんだし、な?」
そんなヤナの言葉にも表情を崩すことなく、ヤナビはヤナを睨んでいた。そんな様子に溜息を吐きながらも、女神クリエラに目配せをした。
「では、またな。色々あったが、楽しかった。元気でな」
“異世界よりの呼びかけに応じ、この世界を救いし勇者と英雄よ。女神クリエラの名の下に、最大限の祝福を与えましょう。戻りし世界にて、一生を悔いなく幸福の元で過ごせるように“
女神クリエラの祝福がヤナ達に降り注ぐ様は、天使の羽が空から降り注ぐように幻想的だった。
“あ、言い忘れてましたが、あっちに戻ったらここで得た力や魔力、記憶なんかも封印されちゃいますからね。確か、死の危険に晒されたりすると強制的に封印解除されるとかなんとかはあったようななかったような。セアラ達もそちらの世界法則にそった姿形になっていたり、記憶とか因果とかその他もろもろあっちの管理神とかに迷惑かけるかもね。てへぺろ♪”
「はぁあああああ!? そんなこと聞いてなぁあぁ……」
ヤナの叫び声は異世界転移陣の発動とともに光に呑み込まれ、次第に聞こえなくなっていく。
“貴方が、天寿をまっとうしてくれるのが私は嬉しいのですよ。魂となった時、迎えに行きますから。それまで平和な世で、あった筈の人生を過ごしてください”
穏やかで優しい微笑みを浮かべ、ヤナを女神クリエラは見送った。
悪神との戦争の事が人の記録にも神話の出来事として残る程度になり、召喚の間も国の重要文化財として保管される程に、刻は過ぎた。
ヤナ達が過去に戻ることで、これまでの千年が変わるかもしれない。それを失ったとしても、ヤナ達に報いることの方に天秤は傾くと女神クリエラは判断した。
“さて、神域に戻りますよ。神剣達が人化の術を完璧に習得すると意気込んでいますからね。あれ?“
女神クリエラが周りを見回すと、神器に至ったサングラスが無言で床に転がっていた。
矢那の両腕を砕きながら、ソレの両腕はそのまま矢那ごと床を叩き壊そうと動きを止めようとしない。
「力が欲しいか?」
矢那の心に直接語りかける様に、声が聞こえてくる。
「皆を救う力が欲しいか? 力が欲しければ、力一杯叫ぶのだ。スーパージャスティス仮面ヤナイダー見参と!」
「言うわけねぇだろクソヤナビが! ぬあぁああ! 早よ手伝えクソッタレが!」
「ふふふ、マスターは私がいないと何も出来ないんですから。どうやら彼方で得た力は、全て解放され既に使用出来るようですよ」
「が……は……そのよう……だな。確かに意識してなくても、勝手に【不撓不屈】のおかげで踏ん張れてる感じだ」
魔力が戻り、ソレの一撃に耐えその場に踏みとどまった矢那の顔に、いつの間にかサングラスが掛かっていた。
「さぁ、ピンチからの逆転がヒーローのお約束ですよ」
「どうやって付いてきたかは、この際置いておくとして……【死中求活】!」
矢那の身体から、魔力が猛々しく燃え盛るように放出される。
「ほらね、やっぱり何かに巻き込まれたでしょ。マスターが安穏とした生活と真っ当な天寿なんて、片腹痛いですね」
「嬉しそうに言うじゃねぇよ、まったく。いつから俺の世界が剣と魔法のファンタジーになりやがったんだ。【応急処置】」
目の前のアイアンゴーレムを睨みながら、傷ついた両腕を回復させると、呆れた声で呟いた。
「マスターの封印が解けるまで魂に寄生していた私も、今やっと外に出れたので、マスターの状態以外は分かりませんね」
「魂に寄生とか、言葉だけ聞けば悪魔かなんかの類だな」
「小悪魔的美少女形態になって欲しいという、マスターからのフリですか?」
「な訳あるか! はぁ……まあ良いや。巻き込まれたにせよ何にせよ、記憶が戻ったのはラッキーだ。俺は運が良い」
「これを運が良いと言っちゃうところが、既に頭がアレですよね。貴方がマスターだと強く確信できて、安心しました」
「……『十指』『獄炎剛球』『形状変化』『黒炎の大剣』『黒炎の鎧』」
「まだまだ日も高いってのに『漆黒の騎士』ですか。まさしく中二病……」
「吹き飛べごらぁあああ!」
ヤナビの言葉を遮るように、矢那は手に握られている黒炎の大剣を用いてアンアンゴーレムを斬り上げた。
真っ二つになりながら空中へと吹き飛んだアイアンゴーレムは、獄炎に焼かれながら大爆発を起こし、木っ端微塵になったのだった。
「で、彼方さんは誰なんだろうな」
空中に浮かんだ状態で矢那を見下ろしているフルフェイスの仮面を被る者を見ながら、矢那は臨戦態勢を維持する。
「そうですね。敵か味方か分かりませんが……」
「分かりませんが?」
「これから面白くなりそうなのは、確かですね」
「違いない。あっはっはっは! またよろしくな、ヤナビ」
「えぇ、こちらこそよろしくお願い致します。私のマスター」
こうして、異世界に渡り世界を救いしヒーローの物語は幕を閉じた。
そして同時に新たな物語の幕が上がろうとしている。
しかし、それはまた別の物語。
空から降り注いでいた雨もいつしか止み、雨雲の隙間から光が差し込む。
まるでスポットライトのように、主人公たるもの達を照らすために。
長きに渡って物語を読んで頂き、誠にありがとうございます。
これにて『要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人』は完結と致します。
色々と至らぬ点、多々あったと思いますが、それも含めて楽しんできただけたら幸いです。
さて、物語の終わりは次なる物語の始まりとも言えます。
これより先の舞台は、元の世界。
興味がある方は、一度こちらの舞台を見ていただけるとこれ幸いにございます。
それでは皆様、『終わりと始まりに嗤う』でまたお会いしましょう。
↓大事なお知らせがあるよ∠(`・ω・´)





