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07 健康志向な油取り

「学校お疲れちゃーん」


 涼しげな格好でやって来た秀はヒラヒラと手を振ってきた。

 隣には天狗もいる。狐とスネコスリはいないようだ。

 不安を顔に出さないまま、凛花はペコリと頭を下げた。


「……どうも」


「いやー今日もあちぃねー。あ、テンさんは同行者っつーことで。昨日のコン姉と違って多分周りには全然見えないと思うケド」


「その姿で見えたら驚きますよ」


 何せ相変わらずの山伏姿だ。普通に人通りのあるこの場所では目立って仕方ない。


「テンさんってば、今日はイベントあるってのにわざわざついて来てくれたんだぜ」


「イベント?」


「そー。経験値三倍キャンペーンだっけ?」


「さすがに二人だけでは心配だしな。人が増えるのはもっと遅い時間帯だし、大丈夫だ」


「ふは。サンキュー、テンさん」


 そういえばこの天狗はネトゲ――ネットゲーム、オンラインゲームにハマっていると言っていた気がする。

 それにしても緊迫感が何もない。どんどん不安になってくる。


「あ、飴ちゃんいる?」


「……いえ」


「塩飴。熱中症対策には必要っすよー。ほい」


 断ったというのに、案外押しが強いのか。秀は遠慮なく凛花の手に飴を握らせた。

 強く拒否する理由もなかったので、凛花は仕方なく受け取っておく。

 飴に罪はない。しかしどちらかと言うなら甘い味の方が良かった。


「いつも持ち歩いてるんですか?」


「んー? 細々(こまごま)したものはケッコーな。自分で買うのもあるケド、気づいたら増えてるのもあって。他にも小腹空いた時とかあったら言ってなー」


「それどころじゃ……」


「あとはー、アンパン!」


「アンパン?」


「張り込み調査っぽくね?」


「……ふっ」


 あまりにもドヤ顔で言われたので、つい笑ってしまった。

 発想がいちいち子供っぽい。年上の威厳も、頼り甲斐も感じられない。

 しかし、どうにも憎めない人だ。


「秀殿。今日は張り込みというより聞き込みであろう?」


「まぁそうなんだケド。雰囲気っすよ雰囲気」


 天狗に諫められても何故か満足げな表情をしていた秀は、キョロキョロと辺りを見回す。

 凛花もつられて周囲に目を走らせた。

 夕方とはいえ、日が高いのでまだ明るい。

 時折犬と散歩をしている人、ランニングしている人が通りかかるが、長く留まっている人はいないようだ。

 朝より幾分増した湿度のせいか、制服が肌に張り付くのが鬱陶しい。

 気合いを込めて改めて髪を縛り直した凛花は、未だにキョロキョロしている秀を振り返った。


「秀さんとしては、油取りを見つけたらどうするつもりなんです?」


「ん? 聞いてみりゃいいかなって」


「そんなド直球な」


「案ずるより産むが易しっすよ」


「人攫いの妖怪相手に案じない方が難しいんじゃ」


「いたいた」


「え!?」


 土手を下りた橋の下、そこに人影があった。

 秀は何の気なしにそちらに向かっていく。

 その足取りは本当に何の気もないどころか警戒心一つ見当たらない。

 フットワークというものに空気抵抗を感じさせない勢いだ。

 天狗が肩をすくめてその後を追う。

 凛花も慌てて駆け寄った。

 薙刀――部活でも使っている模擬刀だ――を無意識に握りしめる。

 そして。


「油取りさんっすよね? ちーっす! お疲れ様っす!」


 ――ええええええっ!?


 どこまでも突き抜けて軽いノリだった。

 たとえ人間相手だったとしてもどうなのだろう。凛花には真似できそうにない。


「何でぇ坊主」


「きゃっ!?」


 くるりと振り返ったのは、一見男のようだった。

 しかしその顔面は真っ白で、ぎょろりとした目、赤々とした唇が奇妙に浮き出ている。そのインパクトたるや。

 思わず漏れ出た悲鳴を、凛花は両手で覆い隠した。心臓がバクバクしている。


「ふ、フェイスパック……!?」


「そういえば、時折コン殿もあんな顔をしているな」


 ――そう。顔面が真っ白なのは、よく見るとフェイスパックが張り付いているからのようだった。

 心臓に悪い。


「あは、お手入れ中サーセン」


 引き気味な凛花と天狗に対し、笑みを取り繕った秀が前に出た。

 彼はストンと油とりの前に屈み込む。

 む、と油取りの眉が――パックのせいでよく見えないが――跳ね上がった。


「何でぇ、急に」


「通りすがりの者なんすケドー。ちょっとお話いいっすか? ほら、最近巷で噂の行方不明事件あるじゃないっすか。あ、人間たちの方の」


「ああ……最近ここらでも騒がしいな」


 言いながら、油取りはフェイスパックをぺりぺりと引き剥がした。

 出てきたのは、どこにでもいそうなおじさんの顔だ。心なし毛穴が引き締まって見えるような。


「そんで? オイラを疑ってんのかい?」


「あっはー。まあまあ。ちょっとお話を聞きに来ただけっすよー」


「話、ねえ」


 じろじろと自分たちを値踏みするかのような視線。

 凛花も秀の隣に並んだ。

 彼ばかりに任せるわけにはいかない。何より、気後れしていたくない。


「油取り……さん」


 改めて油取りを見やる。

 どこにでもいそうなおじさんの風貌だが、周囲には瓶や袋がそこかしこに転がっている。

 身体に巻き付けているものもあるようだ。

 そしてその瓶の中には、たぷんと揺れる液体。


「あなたは女子供をさらう妖怪だって聞いたけど」


「へえ?」


「さらった子たちの体を絞って油を取ると……」


「それでオイラの仕業だって? 違うね」


「でも」


「オイラの最近のお気に入りはオリーブオイルだ」


「「オリーブオイル」」


 思わず、だった。

 凛花と秀はオウム返しに呟き、顔を見合わせる。


「オリーブオイル。知らないかい? オリーブっちゅー果実から取れる食物油だよ。こいつは酸化されにくいオレイン酸を多く含んでてな、そのおかげで他の食用の油脂と比べても酸化されにくいんだ。化粧品や薬品なんかにも使われる優れもんだよ。オレイン酸ってのは腸を刺激して排便を促す効果もあるから、ほれ、女性のあんたにもありがたいだろう。試してみるといい」


 熱い。無駄に熱い。

 溢れるオリーブオイルへの情熱に、凛花は「はあ」と曖昧な声を上げた。他に反応が思いつかない。

 だというのに。


「へー! すごいっすねー!」


「これを知っちまったらなかなか他の油には戻れねぇな」


「オレもたまーに使うことはありますケド。そこまでとは知らなかったっすわ」


「ちなみにもっともグレードが高い品質規格はエキストラバージン・オリーブオイルっつーのよ。揚げ物や炒め物でもオレイン酸の効果を失わずにばっちりさ」


「ほー! さすが油取りさんっすね! 油に詳しい! もしかして料理もするんで?」


「いやぁ、最近始めたばかりよ。外食が続くとつい塩分が高くなりがちだろう? それが気になっちまってな」


「偉いじゃないっすか! スゲー!」


「坊主は料理、しねぇのかい」


「一人だとつい面倒になることも多いっすね」


「面倒だからって炭水化物ばかりに偏ってちゃいけねぇよ。とりあえず鍋から始めてみたらどうだ。まぁ今は夏だけどな、それでもありゃいいぞ。切るだけでいい」


「勉強になりますわぁ」


「ち、ちょっと」


 ぐい、と秀の肩を引っ張る。

 料理談義をしている場合ではない。そこまで無駄に盛り上がられても困る。そもそも妖怪は料理をするのか。

 しかし、返ってくるのはへらりとした笑みだった。

 まあまあと取りなされる。まあまあではない。


「あっは、すみませんせっかちな子で」


「せっかちって……!」


「まぁいいってことよ」


 当初の訝しがる様子は消え失せ、案外気さくな調子で油取りは首肯した。


「人間にゃ時間は有限だしな」


「恐れ入るっす」


「で、何が聞きたいんだったか」


「さっきの行方不明の話についてなんですケド」


「おうよ」


「この辺でも事件があったみたいなんすケド、それ見てたりしてません?」


「してねぇな」


「マジっすか」


「オイラは九時には寝てるからな」


「早!?」


 どこまでも無駄に健康志向だった。

 妖怪が健康を目指してどうするのだろう。


「あぁ、でもそうだ。あそこの姉ちゃんなら何か知ってるかもしんねーな」


「姉ちゃん?」


「ほら、そこの道路の……しゃーねぇ、ついて来い」


 のっそりと油取りは腰を上げる。

 秀、凛花、天狗もその後に続いた。

 土手を上がっていった彼が案内した先は、一本の電柱だ。

 そこにはいつの間にだろうか、女性が一人佇んでいる。

 薄手とはいえ、夏の今、コートを着ているその女性はいやに目立つ。


「あれって……」


「あの姉ちゃんは大体いつもあそこにいるからな。もしかしたら見てるんじゃねぇのかい。――おおい、そこの嬢ちゃん。ちょっと話を聞いてくれないか」


 油取りがひょこひょこと近づき声を掛ける――が。

 声に反応し顔を上げたかと思うと、彼女は思い切り顔をひきつらせた。

 大きなマスクをしているが、それでも傍目に見て分かりやすすぎるほどのひきつらせ具合だった。


「ぽっ……」


「ぽ?」


 彼女は絶叫を上げて走り出す。


「ポマードはいやああぁぁぁぁぁぁ!!」

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