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06 美晴ペディア

 晴れ渡った朝の空気は気持ち良い。

 気温は高いが、カラッとした爽やかさが残っている。

 朝練の疲労感も今の凛花には程良いほどだった。


「気合いが入ってるな、咲坂」


「武山先生」


 朝練を終え、教室に向かう途中、声を掛けてきたのは武山信幸たけやまのぶゆき――部の顧問だった。

 背が高く、日焼けした肌はいかにも男らしい。明るくて爽やかだと専らの評判で、女子生徒にも人気があると聞いている。


「昨日は優勝おめでとう。さすがだな」


「いえ」


「それと、どっかのドラム缶だかをボコボコにしたんだって?」


「……う」


 すでに話が知れ渡っているのか。

 気まずいやら気恥ずかしいやら、凛花は何と言っていいものか分からない。特にこの先生に知られてしまうのは妙に恥ずかしかった。

 しかし、ボコボコにまではしていないと思うのだが。噂とはどうしてこうもねじ曲がっていくものなのか。


「黙ってりゃ誰にも分かりゃしないのに。律儀に謝ってもらったと感心の連絡があったよ」


「……物を壊しておいて感心されるというのも意味が分かりませんが……」


「そりゃそうだ」


 はは、と武山はあっさりと笑ってのける。


「確かに咲坂は破壊神なんて言われてるけど」


「ぐ」


「でもまあ、お前が意味なく暴れるとは誰も思ってないさ」


「うう……まあ、はい……」


「うっかりも程々にな。このまま次の大会も頑張れよ」


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げた凛花に、武山は満足げに笑った。

 凛花の頭に軽く乗せられた手が数度行き来する。

 それから「じゃあな」と背中を向けて歩いていった彼は、やはり、よく夏が似合う。

 必要以上に子供扱いされているようで解せないが、嫌な気持ちが沸き起こらないのは彼の人柄が成せる技か。


「凛花ちゃーん!」


「わっ」


「おはよ!」


 ぼうっと見送っていた凛花の背に飛びついてきたのは、美晴だった。

 後ろから伸びてくる白い肌が目に眩しい。

 それ以上に笑顔が元気と若さで溢れまくっている。

 同い年だというのに何かと吸い取られそうな勢いだ。


「おはよう、美晴。昨日はごめんね。すごく助かった」


「ううん、大丈夫! でも無事で良かったよ。スネコスリの後を追うって連絡があったときは何事かと思ったもん」


 だよね、と凛花は苦笑する。

 結局、美晴には自分の荷物まで家に届けてもらってしまった。彼女の献身には頭が上がらない。


「それでそれで? 結局どうなったの?」


「うーん」


「うーん?」


「有馬秀っていう男の人と話したんだけど……」


「カッコいい?」


「えぇ?」


 気にしていなかったことを聞かれて面食らう。

 どうなのだろう。凛花にはその辺の美醜の感覚はよく分からない。


「タケやんと比べてどう? どう?」


「背は高めだけど、でも武山先生よりは低い、かな。あとやっぱり武山先生の方が強そう」


「タケやん逞しいもんねー。実際強いし。部で凛花ちゃんに勝てるのってタケやんくらいでしょ?」


 確かに武道の指導をしている武山と比べるのは可哀相だったかもしれない。

 しかし、それを抜きにしても、秀の軽い態度のせいだろうか、頼りないという気がしてならなかった。


「……ただその人、妖怪が見えるんだって」


「え!? そーなの!?」


 驚きの余りだろうか、凛花から離れてまじまじと顔を見てきた美晴にコクリと頷く。

 彼女はまん丸の目をさらにまん丸にしていた。


「それで今日、その人と油取りのところに行こうと思ってるんだけど」


「油取り?」


「そういう妖怪みたい」


「ちょっと待ってね!」


 言うなり、美晴はパッとタブレットを取り出した。その動きは軽快だ。

 彼女はその見た目に反して、存外機械に強い。


「あ、あった。えーとね……」


 言いながら顔を寄せてきた美晴は、彼女が独自に作り上げたというデータベースを凛花に見せた。


「これ。子供をさらって、その体をぎゅうぎゅう絞って油を取る妖怪だよ。特に女の子からは綺麗な油が取れるんだって。その油は売ったり食べたり色々みたいだけど……油取りがやって来ると戦争が始まるなんて話もあるらしいよ! いわゆる隠し神の類だよね。そっかぁ、確かに今話題の行方不明事件ももしかしたら……」


 そこまで言って、身を震わせた美晴が凛花に再び抱きついてくる。

 腕にぎゅうぎゅうとしがみつくその姿は、一昔前のおもちゃみたいだ。そんなことを言っては彼女に失礼だろうけれど。


「凛花ちゃん、本当に行くの?」


「うん。何か分かるかもしれないし……本当にその油取りの仕業ならやめさせなきゃ」


「ボクも行っちゃダメ? 凛花ちゃん一人じゃ心配だよ」


 見上げてくる瞳はひたむきだ。その気持ちはありがたい。

 凛花は微笑み、やんわりと彼女を腕から引き離した。そっと手を握る。


「ありがとう。でも、大丈夫。秀さんも……まあ、いるし……」


 凛花は彼を心配しているが、一方で、いくらかの期待もしていた。

 何せ妖怪の扱いには慣れているようだった。彼ならではの着眼点などもあるかもしれない。

 何より、ああ見えて彼は凛花より年上なのだ。

 亀の甲より年の功とはよく言うものだろう。


「大丈夫だから。ね?」



***



 ――そう美晴には言ってみたものの。


「ちぃーっす」


 学校終わりの夕方。

 待ち合わせに現れた秀は随分と朗らかだった。

 朗らかすぎて相変わらず軽い。ヘリウムガス並に軽い。


 ――やっぱり不安しかないかも……。


 凛花は人知れず、自分が頑張らねばと気合いを新たにするのだった。



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