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05 彼のフォロワーは八百万!?

「何ですか、これ」


 素朴な疑問だった。

 画面は至るところの色がチカチカと点滅していて目に痛い。

 背景色と文字色もド派手な組み合わせで、色だというのにやかましい。


「妖怪たちのネットワークっつーの? このページ自体はオレの叔父さんが趣味で作ったんだケドさ。今じゃ色んな妖怪がアクセスしてくれてるみたいで」


「晃太郎殿はやたらと妖怪に興味があるようでな。交流の場が欲しいとのことだった」


「センスはあまりないみたいだけどねェ」


 凛花の横で手を伸ばしながらパソコンを操作する秀の傍ら、妖怪たちもまた好き勝手に言っている。


「え……え? 妖怪たちがアクセスしてる……の? え? どうやって?」


「このドメインとかネットワークがいつから出来てたのかはオレも知らねぇケド。妖怪たちは自由にアクセスしてるみたいだぜ? コン姉とかテンさんはフツーにワイフォン契約してるし。あとは妖気? オレにはよく分かんねーケド、そういうので直接アクセスできる奴もいるとか何とか」


 にわかには信じられなかった。いまひとつ現実感が追いつかない。

 凛花はポカンとしたまま画面に目を向ける。

 カチリ。無機質な音と共にページが変わった。


 映し出されたのはどうやら大型の掲示板のようで、大量の文字が画面に並ぶ。

 掲示板自体はスタンダードなタイプで、そこでは確かに行方不明事件の話題で賑わっていた。

 とはいえ、匿名のようなので――あからさまな名前も多いが――これが本当に妖怪の書き込みなのかはよく分からない。


 半信半疑でいる凛花にケラケラと笑った秀が、さらにお気に入りの欄から違うページへ飛ぶ。


「こっちがまあ、妖怪たちのツブヤイッターな」


 ツブヤイッター。

 短い文章などを投稿し、共有する、無料のコミュニケーション・ツールだ。

 凛花やその友人たちも自分のアカウントを持っている。

 凛花はそれほど使っていないが、友人にはハマっている者も多いようだ。

 そういえば美晴もよく更新していたような。


「【シュウ】……? これはあなたのアカウント?」


「そー。シュウはハンドルネームな。オレの名前がすぐるだから、読み方変えてんの」


 相変わらずの安直すぎるネーミングセンスだった。


「って、フォロワー数が気持ち悪いんですけど!?」


「九十九神だけでもいっぱいいるしなー。ほら、八百万の神様って言うじゃん?」


 そういう問題だろうか。凛花の友人とは桁が違う。何かのバグかと思った。


「しゅー、ちょっと有名、なの」


「これ、『ちょっと』ですかね」


「まあ秀殿だからな」


「シュウ坊だからね」


「何すか二人してー」


 どこか呆れたような天狗と狐に、拗ねたように口を尖らせた秀――これが成人済み男性のやることだろうか――は、そのままキーボードに手を伸ばす。


「神隠しする妖怪といえば何がいますかー、っと……」


 言った台詞と同じ言葉を投稿欄に書き込み、エンター。

 彼の『呟き』はパソコンの画面にすぐ反映される。

 そして、それに対するフォロワーからの反応の速さもまた一瞬だった。

 画面が即座に埋まる。それが続く。波のようだ。恐ろしい。


 その中でも目についたのは――。


『神隠しなら天狗じゃね』

『天狗』

『有名なのは天狗だと思います』

『やっぱり天狗辺りが有力ですよね!』


 ……。

 …………。


 全員の視線が天狗に集まる。

 え、と声を漏らした天狗は慌てて首を振った。


「待て待て! 私がさらったのは秀殿が最後だぞ!?」


「それも天狗としてどうなんだい」


「まあテンさん、今じゃ寝る間も惜しんでネトゲしてるもんな」


「天狗がネトゲ……」


 世も末だ。


『でも天狗って少年狙いじゃん RT 神隠しなら天狗じゃね』

『あの事件は女子供が被害者だし、それならむしろ油取りが怪しいと思う』

『油取りワンチャンあるで』


「油取り……?」


 凛花は小首を傾げた。

 油取りというのは妖怪の名前なのだろう。しかし、一体どんな妖怪なのか。

 女子供をさらう妖怪として名が挙がるなんて、ろくでもなさそうだという印象しか抱けない。


「そういやフォロワーにいたっけな。……んんー? ここんとこ全然浮上してねーや。一番新しいので二ヶ月前か」


「シュウ坊、位置情報は見れないかい?」


「見れるぜー」


「ふむ。比較的近くの河川敷のようだな」


「ちょっと待って」


 ワイワイと横で賑やかな妖怪たちを、凛花は慌てて制止した。

 パソコン上で別のページを立ち上げる。

 勢い余って勝手にやってしまったが、秀は特に止めてはこなかった。

 むしろ少し身体をズラし、凛花のやりやすいようにしてくれる。

 そのおかげか、さほど時間を掛けずに――何度か打ち間違いそうになったものの――検索ワードを入力することができた。

 ふうと一息。検索ボタンをクリックする。

 一覧に出てくるのは主にニュース記事だ。

 その中のいくつかにざっと目を通し、凛花は眉をひそめた。


「やっぱり……そこ、二つ目の現場の近くですよ」


 行方不明事件の二件目。

 被害に遭ったのは小さな女の子だ。記事にも幼稚園児だったと記載されている。


「――……」


 凛花は思案する。これは偶然だろうか。

 忽然と消える神隠し。被害者の女子供。妖怪の仕業として流れる噂。その現場に潜む油取り。

 符号しそうでいて、決定的とは言えず、全てこじつけのようでもある。

 しかし、もし、それが無関係でないのなら。

 本当に妖怪の仕業だというのなら。

 ――凛花は、放っておくことができない。


「そんじゃ、行ってみっか」


「えっ」


 あっさりと掛けられた言葉に虚を衝かれた。


「気になるんだろ?」


「え、それはそうですけど……えっ? いいんですか?」


「オレも事件気になってたし。そっちもその辺がハッキリしねーとスッキリしない感じなんだろ? 何より君、あれっしょ。自称妖怪退治屋さん。だから放っておけないんだよな?」


「……!?」


 凛花はぎょっとする。

 確かに自分は、他の妖怪たちも追い払ってきた過去がある。

 専門的な力があるわけではないので、見かけた際に本当にただ追い払っていただけなのだが――。


「……自分で名乗っては、いないです」


「ありゃ、じゃあ他称かー」


「……何でそれを?」


「これこれ。ちょっとした有名だぜ?」


 これ、と言って彼はパソコンを指差す。

 そこに示されるのはやはり匿名の掲示板だ。

 目を凝らして見ると、中には「妖怪退治屋について語るスレ」なんてものがある。


『ちょっと人間を驚かしてやろうと思っただけなのに邪魔された。腹立つんだけど』

『あの怪力女! 可愛いからって調子に乗りやがって!』

『でも女子高生なんだろ?』

『女子高生になら蹴られてもいい』

『俺のとこにも来てくんねーかな、冷たい眼で蔑まれたい』


「……」


 知らなければ良かった。

 遠い目をする凛花に、秀も苦笑する。


「だからまあ、一時的に協力体制っつーことで。もし妖怪が関わってんならオレらにしか分からないこともあるかもだしなー。つっても、今日は遅いからまた明日な。あ、お近づきの印に飴ちゃんどーぞ。あと連絡先交換しとくか」


 カラカラと笑う秀の勢いは怒濤もいいところだ。本当にあっけらかんとしている。

 なぜかポケットから取り出されたキャンディを手に握らせられつつ――『味わいフレッシュ☆青春のスイカ味』――凛花は数度瞬いた。

 ワイフォンを出すように言われ、勢いに負けて素直に取り出す。


 ――凛花としては、悪い話ではない。

 事件に妖怪が関わっているのであれば退治しなければと思うし、未だに彼と周囲の妖怪の関係については半信半疑だ。

 だから事件に関わる意味でも、彼を見張る意味でも、共に行動できるのであれば一石二鳥である。

 何より彼は、どうも凛花から見ても危なっかしい。年上の男性にそう思うことは不躾かもしれないけれど。


「ほい、登録完了」


「……でも、どうして……」


「うん?」


「私、あんな失礼なことをしたのに……協力しようか、なんて……。怒ってないんですか?」


 ぎゅ、と薙刀を握る。目を伏せる。

 まだ信じられない凛花からすれば、妥当な行動だと言いたいところではある。

 だが、彼や狐からすればたまったものではなかっただろう。通り魔にも近しい行為だった。

 だというのに、やはり彼の調子はどこまでも軽い。


「えー? だって、オレのためを思ってだったんでしょ?」


「まあ……それはそうなんですけど」


「ならいーよ。あ、それに」


「?」


 パタンとノートパソコンを閉じた秀は、緩やかに首を傾げてみせた。


「凛花ちゃんって他に妖怪見える人知ってる?」


「え? ……いえ」


「でしょ。オレも」


 ふは、と肩をすくめ。


「貴重なお仲間だぜ? 仲良くしてーじゃん」


 理由なんてそんなもんだよ、と軽く笑う彼の表情は、声に反して軽くは見えなくて。

 何だか不思議な気がした。

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