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04 妖怪ネットワークどっとあや

 自由の身になった凛花は改めて建物の中を見回した。

 造りはやはり一軒家のようで、しかし、生活感とはほど遠い。

 色々なものが雑多に置かれており、統一感はまるでない。

 ハッと目を惹く色鮮やかなものもあれば、厳ついお面や不格好な置物などがフリーダムに配置されている。

 躍動感があると言えないこともない、と凛花は前向きに捉えることにした。

 時折鳴る風鈴の音が心地良い。ほんのり漂うのは香だろうか。

 こんな状況でなければ案外リラックスできそうな空間だ。


「さて」


「さてと言われても、って気もすっケド。それじゃあこいつらも紹介しとくと……」


 無理矢理拘束を解いたことにビビっていた様子の秀は、しかし、凛花がそのまま姿勢良く座り直したことで落ち着きを取り戻したらしい。

 存外スムーズに会話を続けてきた。

 やはり切り替えは早いらしい。


「順番に天狗のテンさん、狐のコン姉、スネコスリのスネコ」


「ちょっと待って」


「ん?」


「ネーミングセンスがひどすぎませんか」


 ド直球にも程がある。捻りのひの字もない。


「いーんだよ、分かりやすい方が。妖怪なんて元々そんなもんだし」


「だからって」


「スネコスリなんて脛に擦るからスネコスリだぜ? そのまんまっしょ」


「……どっちも頭が痛いわ」


 あっけらかんと言われるが、本当にそれでいいのだろうか。

 ちらと妖怪たちを見てみたが、彼らは特に不満そうな様子は見せていない。

 慣れっこなのかもしれない。それとも諦めているのか。


「知り合って一番古いのはスネコかな?」


「何言ってんだい。シュウ坊が覚えてないだけで、あたしも随分昔からいたもんさ。そりゃ一時期は離れてたけどねェ」


「あれ、そーなん?」


「シュウ坊のおしめを替えたことだってあるんだからね」


「ちょ」


「母性の芽生えってのはああいうのを言うのかしらね」


「ぬぁぁぁ! コン姉! コン姉さん! お姉様!」


「なぁに?」


「オレのプライドを擦り下ろすのはやめていただけませんか!」


「んふふ」


 コロコロと笑う狐は、いつの間にか着替えたらしい。

 整った顔立ちや目立つ黄金色の毛は相変わらずだが、十二単を纏っていた。随分と華やかだ。


「ったくもー……じゃあコン姉の次がスネコってことになんのか。スネコも物心ついたときには一緒にいたよな」


「すねこ、しゅーと、いた」


「このふわもこ具合がたまらんのです」


「ふわもこ、させてやる、です」


「スネコー!」


「しゅー!」


 ぎゅう、と抱き合う――スネコスリが一方的に抱きしめられているのだが――一人と一匹。

 丸々とした体にふわふわの毛は確かに気持ち良さそうだ。

 サイズも枕より小さいくらいで、腕の中に程良くフィットしそうである。

 それにしたって茶番っぷりが半端ない。彼はどこまでが本気なのか。


「テンさんとはちょい後だったよな」


 スネコスリを抱きしめたままの秀が、壁にもたれながら腕を組んでいる天狗を仰ぎ見る。

 視線を交わらせた天狗は壁から離れ、少しばかり姿勢を正した。

 秀よりも背丈も体格も大きく、恐らく百八十はあるであろう天狗は大仰に頷く。


「確か秀殿が五、六歳のときだったろうか」


「そーそー。いきなり拉致られて、そのまま遊び倒したんだわ」


「まあ、本当はそのまま連れていくつもりだったんだが」


「遊び倒した後、お腹空いたってオレが駄々こねてなー」


「仕方なく食事に戻ったが、そのとき教えてもらったテレビゲームとやらが面白くてな。それからもよく一緒に遊んだものだった」


「じいちゃんに程々にしろって叱られたよなぁ」


 あっはっは、と笑い飛ばす秀。

 懐かしいな、としみじみ頷く天狗。

 凛花は表情をひきつらせた。


(どうしよう、この人頭おかしい……)


 拉致されている時点でやはり害を及ぼされているであろうに、そのまま遊び倒すとは。

 しかも家に呼んで仲良くなるとは。

 神経が図太いを通り越してピアノ線なのではないだろうか。

 頭がクラクラしてきたのは、単に夏の暑さのせいではあるまい。

 凛花は数度コメカミを揉んだ。


「ちなみに、さっきの管狐は?」


「最近知り合った迷い狐なんだよなー。だからまだ名前はねーや」


 言いながら秀が顔だけ後ろに向ける。

 その視線の先には、白い筒に入ってご満悦の管狐たちの姿があった。

 数匹が一つの筒にこぞって入っているようだが、頬を寄せ合ってはくすぐったそうに笑っている。


「って、あれ」


「トイレットペーパーの芯っすな」


「いいのそれで!?」


 本来は竹筒に入っている管狐だ。

 しかも、その竹筒を大事にしないと呪われるという話もある。

 そもそも秀が持ち主というわけではないようだが、それにしたって扱いが杜撰ずさんではないだろうか。


「いーんじゃね? あいつら自身が好んで入ってっから」


「えぇぇぇ……」


「管狐~」


 秀が呼ぶと、反応した管狐たちが素早く飛んできた。

 くるくると秀の周りを飛んでいる。まるでじゃれついているかのようだ。

 それを捕まえるような仕草で、彼は両の手の平を向かい合わせる。

 その間を管狐たちはスルリと通り抜け――撫でられた途端に、赤みが消えた。

 赤みは、恐らく凛花に無理矢理剥がされたときのものだろう。

 管狐だと分かっていなかったとはいえ、何となくバツが悪い。


「……その力は……」


「これぞ『手当』? みてーな?」


「妖怪の怪我が治せるんですか……?」


「直接触ればなー。ぶっちゃけオレもよく分かってねーんだケドさ。昔、テンさんとコン姉に加護とやらを貰って。他の奴からも貰ったことあったっけな? だけどフツーはいくつも貰うようなもんじゃないらしくって、そのせいで変な化学反応が起きたんだろうなぁ。うっかりいつの間にかできるようになったみたいなんだわ」


 数度ふわふわと管狐を撫でた秀は、また戻るようにトイレットペーパーの芯の方に手を向けた。

 すんなりと理解したらしい管狐たちが素直に戻っていく。


「シュウ坊はそういうとこあるさね」


「商店街に行くと買ったものよりオマケの方が増えていたりだな」


「しゅーと、お買い物、アイス、もらえる、好き」


「あはー」


 凛花は頭が痛くなってくる。

 商店街のオマケと妖怪たちからの加護を同列に語っていいものなのか。


「……あなたたちの仲が良いというのは、分かりました」


 本当はよく分かっていないかもしれないが、ひとまず凛花はそう切り出した。


「でも……やっぱりどこか、信じられません」


「頭がセメント並なお嬢ちゃんねェ」


「そう言うなコン殿。秀殿が我々に対してコンニャク並なだけだ」


「こんにゃく、おいしい」


 三者三様の妖怪たちの反応に、凛花は気が抜けそうになる。

 真面目に心配している自分だけがおかしいみたいではないか。

 そんな凛花の胸中を察してか、秀がポリポリと頬をかいた。

 彼は足を組み替える。


「凛花ちゃんは妖怪、嫌い?」


「……そういう問題じゃありません。妖怪は人に害を為すものでしょう? だから……。それに、今ニュースになっている神隠し事件だって妖怪のせいだと言われてるんですよ」


 五人の行方不明事件。神隠し。

 目撃証言だってままならないそれは、いたずらに世間を賑わせている。


「そりゃあ本気で言っている人は少ないんでしょうけど……私は妖怪の可能性も疑っています。目撃情報といい、不可解なことが多いですから」


「ああ、それなー。そういや他の妖怪たちも心配してたわ」


「でしょう? だから危険だと……、……はい?」


 さらりと言ってのけられた言葉に、勢い込もうとした凛花は目を丸くした。

 他の? 妖怪たちも?

 ……心配?


「ああいや、心配ってのは言い過ぎかもだケド。好奇心だけの奴とか、とばっちり食らいそうだってプリプリしてる奴とかも多いみたいだし……縄張りに人が減っちまうって心配してる奴もいたっけ」


「……何でそんなことが分かるんですか?」


「フォロワーが言ってたから」


「ふぉろわー」


 場違いな単語に、凛花は思わず鸚鵡おうむ返しで呟いた。

 聞こえていなかったわけではない。

 その単語の意味が分からなかったわけでもない。

 だが、しかし、繋がらない。

 脈絡が消し飛んだ。一気に場外ホームランされた。


「あと掲示板でもケッコー騒ぎになっててさぁ」


「ちょっと待って。よく分からないんですけど」


「ん? 凛花ちゃんはあんまネットとかやんねーかな」


「いえ、人並みにはやりますけど……」


 立ち上がり、カウンターの方からノートパソコンを取り出してきた秀が凛花の隣に並ぶ。

 困惑する凛花に構わず、彼はスリープモードだったらしいそれを起動させた。

 デスクトップにはお馴染みの画面が映る。

 それからカチカチとマウスを動かし、何やら簡単な作業をし出した彼は、凛花が見やすいように角度を調整した。


「これなんだケド」


 映し出されたのは、いくつもの掲示板が並んだページらしい。

 話題ごとに様々なタイトルが連なっている。

 それがどうしたのかと、視線を上下させながら画面を追っていた凛花は、ふいに目を細めた。

 画面の上、記載されているURLの後半が――何だか、見慣れない文字の並びだった。


「yo-kainetwork.aya……妖怪ネットワーク……どっとあや?」

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