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03 しがない大学生と女子高生

 スネコスリは少し離れた、古びた家に向かっていった。

 こっそりけた凛花は、まじまじとその建物を見やる。

 造りは一軒家だが、住まいというよりは店のようだった。

 控えめに看板が立っている。

 ガラス張りから見える店内には古そうな品々が並んでいる。

 どうやら骨董屋らしい。

 スネコスリが戸の前で頭を数度こすりつけ――。


「スネコ!」


「しゅー」


 慌ただしい音と共に戸が開かれた。中から出てきたのは案の定、例の青年だ。

 彼はひょいと慣れた手つきでスネコスリを抱き上げた。


「しゅー、ひどい。すねこ、置いてった」


「ごめんなー。テンさんってば一瞬すぎてオレも焦ったもん。でも無事で良かったわ」


「すねこ、無事ちがう」


「お?」


「しゅーに蹴られた」


「あはー……そーだったそーだった。マジごめんな! ほーら痛いの痛いの飛んでいけー」


 軽く笑ってのけた青年が、スネコスリの脇――になるのだろうか――を数度撫でる。

 するとどうしたことだろう。

 多少残っていた赤みが――消えた?


 満足したのだろうか、スネコスリが青年の腕の中で頭をこすりつけている。

 それに笑った青年が、スネコスリを抱えたまま中に戻っていく。


「あ……っ」


 とっさに声を掛けようと駆け出し――直前、背後から肩を掴まれた。




***




「えーでは気を取り直しまして。オレは有馬ありますぐる、大学生でっす。ここではちょくちょくバイトとしてこき使われてるっつーかパシられてるっつーか。まーでも給料は割といいからしゃーねぇかなって感じっすわ。不束者ですがお手柔らかにオネシャス。あ、ちなみに歳は二十一、趣味は――」


「お見合いですか」


 ――チャラい……。


 建物の中、テーブルで向かい合うように座った青年の自己紹介に、凛花は呆然とそんな印象を抱いた。

 ノリも軽ければ、言動もフワフワと綿飴のごとく軽い。

 ヘラヘラと向けられた笑みも何だか薄っぺらい。

 しかも何だ、この切り替えの早さは。


「というか……え、成人? してるの?」


「してるよ!? ご立派にお酒もタバコも解禁されてるアダルティーな大人ですよ!?」


「秀殿は酒は弱いしタバコも吸わぬようだがな」


「テンさんは黙ってて」


「む」


 ぐぬぅ、と言いながら天狗――「テンさん」と先ほどから呼ばれている――を軽く睨む有馬秀。

 そういう言動もまた実年齢より幼さを醸し出している。

 凛花もはっきりと意識していたわけではないが、年上にせよ、せいぜい一つか二つしか離れていないと思っていた。


「で、そっちは?」


「……この状況で素直に自己紹介ができると思いますか」


「デスヨネ」


 睨み上げるように答えた凛花に向けられるのは、やはり曖昧でペラペラとした笑みだ。

 座らされた椅子の上で、凛花はぐっと身体を捩った。

 しかし拘束は外れない。

 後ろ手に縛られ、椅子の背もたれにも細長い物体が巻き付かれており動くことができずにいた。

 スネコスリに意識を向ける余り、背後に迫っていた天狗に気づかなかったのは失態だった。

 気づけばあっという間に薙刀を奪われ捕縛されてしまった。

 屈辱だ。――ものすごく、屈辱だ。


「これさー……オレも犯罪っぽくてスゲー気まずいんだケド。外してあげてもいいんじゃね?」


「何言ってんだいシュウ坊。先に犯罪っぽかったのはこのお嬢ちゃんの方さね」


「!? 私のどこが……!」


「こんなに執拗に追いかけてくるなんて、今時流行りのストォカァってやつだろう?」


「そんな流行りイヤっすわ」


 どこまで本気か分からない狐――秀からは「コン姉」と呼ばれていた――に、秀は気が抜けたように笑う。

 どうでもいいがよく笑う人だ。緊張感がまるでない。


「私はただ……この人が騙されていないか心配で……」


「やぁね、疑り深い人間は。シュウ坊本人が大丈夫って言ってたじゃないか」


「騙されている人は騙されているなんて言わないし、騙してる人も騙してるなんて言いません」


「ふぅん。そんなこと言って。お嬢ちゃんがシュウ坊を騙そうって魂胆じゃないのかしら?」


「何で私が……! 違います、意味が分かりません!」


「騙す人ははい騙しますなんて言わないだろうさ」


「……っ」


 バチリ、と互いに火花が散る。

 向こうでは天狗とスネコスリが「女の戦いというやつだな……」「こわい」などとヒソヒソ囁き合っていた。

 それにしても、スネコスリを天狗が抱えている図というのは何ともシュールだ。


「まーまーまー。コン姉も女の子をイジメてやんな。ごめんなー。悪気はないんだぜ、多分」


「……悪気しか感じられませんけど」


「どっちかっつーと茶目っ気のつもりなんだよ、コン姉は」


 苦笑した秀が、大袈裟に肩をすくめてみせる。

 それから彼は頬杖をついてこちらに視線を向けた。

 コテンとこれまた分かりやすく首が傾ぐ。


「えーと。今更だケド、見えるんだよな?」


「……ええ、まあ」


 曖昧な問いだったが、言わんとすることは分かった。

 分からざるをえなかった。

 だから凛花は渋々と頷く。


 凛花には見える。

 ――狐の耳や尾も、天狗の黒い翼も、スネコスリの存在も。


「そっかそっか。それならビックリさせちゃったよな」


「……あなたは、人間なんですよね?」


「うん、まあ。しがない大学生っす」


「でも、あなたにも見えるん……です、よね」


「そーな。ばっちり」


「だったら……!」


 だったら。

 なぜ、こうも平然としていられるのか。


 不思議でならない凛花に、秀は当たり前のように笑みを向けてくる。


「見えてたら、そりゃ心配にもなるよな。余計な気を回させちゃってごめんな? でもまあ、こいつらとはずっと昔からの……それこそオレのじいちゃんが小さいときからの付き合いだからさ。あんま心配しなくてもいいと思ってんだわ」


 子供に言い聞かせるような口調が、何だか無性に腹立たしかった。

 凛花はぐっと力を込める。全身全霊の力を腕に込めていく。


 ――確かに今の自分はこんなにも情けない格好で、「騙されている!」などと喚いたところで説得力も何もないだろう。

 小さな子供が駄々をこねているようにしか見えないのかもしれない。


 そんなのは、嫌だ。

 自分が弱いせいでマトモに話も聞いてもらえないだなんて――そんなのは、嫌だ。


「ちなみにここはオレの叔父さんがやってる骨董屋さんでさ。さっきも言ったケド、大体時間あるときはここでバイトしてっから。なんかあったらいつでも遊びに来ていーよ」


 ぐい


「そっちはあんまり妖怪に慣れてないみてーだし? まぁオレも何ができるってワケじゃないんだケド、見える者同士として力になれることがあるかもだし」


 ぐいぐい

 ぐっ


「これも何かの縁っつーか。オレとしては無碍むげにしたいワケでもないんだよね」


 ぐぐぐぐっ


「だから……あの、ちょっと?」


 みちぃ……


「待って今スゲー嫌な感じの音がしたんすケド!?」


「……ふっ……ふふ……部内で破壊神デストロイヤー咲坂と呼ばれる私をなめないでくださいっ……」


「可愛い顔してえげつない呼び名だな!? タンマタンマ! 管狐離れて! 裂ける! 下手すりゃ裂ける!」


 秀の悲鳴じみた声に、凛花を拘束していた細長いものがシュルリと勢い良く離れていった。

 白っぽいそれは、案外ふさふさとした毛並みでしなやかだ。

 複数体が秀の方に飛んで逃げていったが、よたよたと無駄な動きが多い辺り、相当慌てふためているらしい。

 ――管狐だったのか。全然気づかなかった。


 【管狐くだぎつね】。

 憑き物の一種で、竹筒の中に入ってしまうほどの大きさの狐だ。

 別名では飯綱いづなともいい、占術や呪術に使用されるという。

 だが、しかし――今はそんなことはどうでもいい。


 力ずくで解放をもぎ取った凛花は、おもむろに椅子から立ち上がった。

 勢い良くとテーブルに手を突く。真っ直ぐに秀を見やる。

 リン、と風鈴が鳴いた。


咲坂さきざか凛花りんか、高二です。趣味といいますか部活では薙刀を少々。普段はしがない女子高生をやっています」


 さあ。

 とりあえず。


「改めて、お話、しましょうか」

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