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妖怪ネットワークどっとあや  作者: あずさ
有馬秀の日常(仮)その2
29/36

02「火がダメなら電気を消せばいいじゃない」

 ニタァと不気味に笑ったのは、どうやらお婆ちゃんらしかった。

 しわくちゃの顔を笑顔に歪ませて、婆ちゃんは言う。


「無闇にけるでないよ」


「はあ……」


「秀殿!」


 ぼんやり曖昧に返したオレを遮って、テンさんが婆ちゃんの手を引っ剥がす。

 さらに間に立ってくれた。

 うーん、テンさんイケメンか。ナイト様かよこんちくしょう。


「火消婆とお見受けする」


「いかにも」


 仰々しく頷いた婆ちゃんは、カクカクと肩を揺らした。笑ってるらしい。


 【火消婆ひけしばば】。

 家の提灯や行灯などの火を吹き消すっていう、お婆ちゃんの妖怪だ。

 まあ、妖怪はやっぱり闇に潜むもの、みたいなイメージもあったしな。

 だから、妖怪を弱らせかねない明かりを消す存在として活躍してたんだろう。

 いきなり訳もなく火が消えるのはこの婆ちゃんの仕業だって話もある。

 あるんだケド。


「これ、婆ちゃんの仕業ってこと?」


「そうなるの」


「婆ちゃん、消すのは火じゃねーの? いやさっきテンさんの火は消してたケド。電源消しまくってんじゃん」


「最近じゃあ提灯ちょうちんも見かけないからの」


 答えた婆ちゃんは、悲しそうな感じで目を曇らせた。


「そう。そうなんじゃ。ワシの役目は火を吹き消すこと。だというのに最近はどこもかしこも電気、電気、電気。しまいにはオール電化なんて広まっておる。それがワシには惜しくてたまらん。ワシの生き甲斐が減っていく。嗚呼嘆かわしい」


「お、おおう……」


「そこでじゃ。ワシは閃いた」


 エヘン、と胸を張り。


「火がダメなら電気を消せばいいじゃない」


 そんなマリー・アントワネット風に言われても。

 婆ちゃんは熱く拳を握ってるケド、テンさんはポカンとしてる。

 うんうん、まあ、そうだよな。


「特に人間は電気を点けっ放しにすることが多すぎるの。もったいない。ああもったいないぞ。じゃからワシはボランティアすることにした」


「ボランティア」


「生き甲斐は自分で見つけねばの。そうやって消して回っている内にこれも大分病みつきになってのぅ。ヒヒヒ、もう一つの名として節電婆と呼ばれる日も近いかもしれないの」


 恍惚とした状態で語る婆ちゃん。

 節電婆って。それ呼ばれて嬉しいかな。

 いや火消婆といい勝負かもしんねーケド。


 オレの前ではテンさんがプルプルしている。

 「これも世のためよの」と婆ちゃんがうっとり言ったところで、とうとうテンさんが爆発した。


「ふざけるな!」


「何じゃ、藪から棒に」


「お主のしていることはテロと変わりないではないか! 消し忘れを消すなら結構、好きにして構わない。しかし私は緊急クエ中だったのだ。あともう一面でボスに到達しようというところだったのに……!」


「お前さんはやりすぎじゃ。目にも健康にも悪いからの。程々にするよう消してやったんじゃ、むしろ感謝してほしいの」


 若干正論ぶつけてくるぞこの婆ちゃん。

 でも妖怪に眼精疲労とかあるんだろうか。

 あとやっぱ、それでもいきなりはヒデーと思うんすよ。

 ついでにオレのレポートも消されてるワケで。

 寝てたから勿体ないっていうのかもしれないケド、これから二度手間の作業が待ってるワケだし。

 そしたらもっと電気代かかるんですケドね!


「お覚悟!」


「ヒヒヒ!」


 意地になってるのか、テンさんが火を振りかざす。

 それを婆ちゃんが意外にも繊細な口つきで消す。

 いや繊細な口つきって何だ。でもそう言いたくなるんだから仕方ない。


 火を出す。消す。出す。消す。

 どんどんヒートアップしていく二人。火だけに。なんて。

 婆ちゃんは特に久方ぶりにたくさん火を消せて嬉しいのか、どんどん頬が紅潮していく。

 一方のテンさんもますます大きな火を出していってキリがない。

 テンさんならもっと色んな技が出せるんだろうケド、テンさん、これでも負けず嫌いだからな。

 しかもネトゲの恨みは根深いみてーだし。

 ここまで来たら何が何でも火で打ち負かしてやりたいんだろう。


 熱く激しい、平行線なままの攻防戦。

 どうでもいいケド、いや良くないケド、ここ、オレの部屋。

 しかも密室でとか危ないんですケド。

 よそでやってくんねーかなマジで。

 オレ、やることないから隅で観戦してるしかないんすケド……秀君ガン無視されてチョー切ないんすケド……。


 そんな文字通りに熱い戦いは、唐突に終わりを告げた。


「あ」


 婆ちゃんがふいに声を上げたかと思うと――その場にぱたりと倒れてしまった。


「婆ちゃん?」

「む?」


 さらに大きな火を繰り出そうとしていたテンさんも動きが止まる。

 オレも慌てて婆ちゃんに駆け寄った。

 倒れたままの婆ちゃんはぜぇはぁ息を荒げている。

 顔が赤く大量の汗が滴って、筋肉も微かに痙攣しているような……。


 ……。

 …………。


「テンさん氷! あとクーラー入っかな!?」


「む? どうした秀殿」


「熱中症だわこれ!」




***




 介抱の甲斐があって元気を取り戻した婆ちゃんを連れて、オレたちはオレのバイト先でもある骨董屋に足を運んだ。

 この店、結構快適だし。

 テンさんもネトゲが早くやりたかったみたいだし。


 とはいえ、一応安静にした方がいいっつーことで。

 縁側に座ったオレと、オレの膝に頭を乗せて横になってる火消婆ちゃん。

 婆ちゃんの頭側には扇風機が元気に首を振っている。

 ……うん。細かいことは気にしたら負けだ。

 婆ちゃん孝行は大事なのである。

 夜風と扇風機の風がいい感じにマッチしていて気持ちがいい。


「どっすかー」


「快適じゃの」


「そりゃ良かった」


「ばば、ずるい。すねこも、座るー」


「ヒヒヒ。順番じゃの」


「むー」


 頬を膨らませたスネコスリのスネコがオレの足に額を擦り付けてくる。

 なだめるように片手でスネコの頭を撫でてやれば、その手にも額を擦り寄せてくるスネコ。

 くっそたまらん。可愛いやつめ。癒し。チョー癒し。


「全く……これに懲りたらいたずらに行動するのはやめることだな」


「ふん」


「んふふ、ただいまー……よいしょっと」


 テンさんと婆ちゃんが軽い火花を散らせたそのとき、玄関から妖狐のコン姉が顔を出した。

 手にはオシャレな印字がされた紙の箱。

 それをオレたちの前に置いて一息つくコン姉。

 お疲れさまっす。


「コン姉、これは?」


「お土産さね」


「中身は?」


「ケェキだよ。あとそうそう、火消し婆が来てるって聞いたから――」


 ガサゴソと箱を開けたコン姉は、んふふとまた笑った。


「ロウソク。貰ってきてあげたのさ」


「おお……おお……!」


 途端にオレの膝から飛び起きて目を輝かせる婆ちゃん。

 どんだけ消したがりなのかな?

 いいやまあいいケド。いいケドな。

 ロウソクにフラれたとか思ってないんだからね!

 ――なんてオフザケは置いといて。


「あとアイスも買ってきたけど。食べるかい?」


「やーんコン姉ステキぃー!」


「んふふ。そうだろうそうだろう?」


「せっかくだ、私もいただこうか」


「スネコも、食べるー」


 ワイワイと賑やかな中、テンさんがケーキのロウソクに火をつけてやる。

 それをふるふると震えながら、大切そうに、愛おしそうに吹き消す婆ちゃん。

 わー。パチパチ。

 ……誰の誕生日でもねーんだケドな。


 扇風機の風に吹かれてロウソクの煙が夜空に消えていく。

 涼しい風と、冷たいアイスと。

 なんともまあ贅沢な空間だ。


 ――まあ、今後はエコも程々に、健康に害のない範囲で、ってことで。

 めでたしめでたし。


「そういやシュウ坊、レポォトは終わったのかい?」


「……頑張るっす」



■「有馬秀の日常(仮)その2」了

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