03「んふふ。パーッとやりたい気分さね」
元の世界に戻ると、待っていたらしいコン姉にぎゅうぎゅうと抱きしめられた。
「シュウ坊! 驚くじゃないか!」
「うはは、サーセン」
つーかめちゃくちゃ苦しい。
息が。コン姉、息が。
できないんでちょっと緩めてくれると嬉しいなぁ、なんて。
あとやっぱり周りの目がね、けっこービシバシ感じるんだわ。
グサグサ突き刺さって、オレ、穴ぼこになりそう。
つってもまあ、心配を掛けたのは確かなワケで。
その罰だと思えば仕方ねぇかなとも思う。
オレが何かしたワケじゃないんだケドな。
「怪我はないね?」
「大丈夫っすよー。スゲー元気」
「それなら良いさ。それにしても……」
ようやく離れたコン姉が、ジロリとオレの背後に目を向ける。
そこにはビクビクしたニックさん。
やっぱり格の違いみてーなのを感じ取れるもんなのかね。
さっきまでの無駄なバイタリティがしおしお萎んでる気がする。
まるでイジメられてるみたいでちょっと可哀相な。
「……肉吸い風情がシュウ坊に手を出そうだなんて、随分となめられたもんだねェ?」
「ヒィ!?」
「どうしてやろうか」
「コン姉、コン姉。どーどー。彼女はニックさん。友達だから」
「……」
「は、はい。あの、友達やらせてもらうことになりました、肉吸いの……ハンドルネームはニックです」
じっとりニックさんを睨みつけていたコン姉は、やがて大きく息をついた。
はあ。って、あからさまな溜息だ。
なんかスゲー申し訳ない気持ちになる。
でもまあ、成り行きってのは往々にしてどうにもならないワケで。なんて。
「……シュウ坊がそう言うなら仕方ないさね」
「あは。サンキュー、コン姉」
「わ、私からもありがとうございます」
「ふん」
「あ、ところでコン姉、お腹空いてね?」
「うん? まあ、それなりだねェ」
「肉吸いっつー大阪の料理があったはずなんだよな。せっかくニックさんいることだし、それ食ってみね? ニックさん、どー?」
「え!? い、いいんですか!? いいなら、是非……!」
そんなこんなで。
オレたちは連れ立って店に向かい、肉吸いをたっぷり堪能したのだった。
ニックさんもスゲー気に入ってくれたみたい。めっちゃ吸ってたし。
いやぁ、良かった良かった。
***
「しゅー、おかえり、なの!」
「スネコただいまー。店番サンキューなっ」
「お客、あんまり、いなかった」
「そっかそっか。テンさんもサンキュ」
「楽しめたか?」
「おうともー」
オレの叔父さんがやってる骨董屋――オレのアルバイト先でもある――に顔を出すと、スネコスリのスネコ、天狗のテンさんが揃って出迎えてくれた。
一気に賑やかになった気がすんな。
あと、毎度のことながらスネコが足元をチョロチョロすんのは微笑ましい。
踏んづけそうで怖ぇケド。
「土産だよ」
ひょいとオレの後ろから顔を出したコン姉が、テンさんに向かって物を投げる。
容易く受け取ったテンさんは、それを見下ろして「ほう」と声を上げた。
それにしてもイケメンボイスだ。いわゆるイケボ。
その声で愛を囁けばいくらでも女の子の腰を砕けそうだってのに、テンさんはネトゲの方が大事らしい。
そんな奴に誰がした。
ってオレか。
ネトゲ教えちまったのはオレだったわそういえば。
「今日は酒盛りか」
「んふふ。パーッとやりたい気分さね」
「わーい」
――妖怪は、総じて酒が好きだ。
スネコですら飲む。しかも強い。
もしかしたら例外もいるのかもしんねーケド、少なくともオレの知ってる妖怪たちはみんなザルだった気がする。
もう水かって勢いだからなみんな。ハンパねぇ。
そんなワケで不定期に開催される酒盛り。
どんどんぱふぱふ。ウェーイ。
こういうときは大体オレもご相伴に与る。
まあ、さすがにみんなのペースには合わせてらんねーケド。
「テンさんは今日どうだったん?」
「店のことか?」
「んや、ネトゲの方」
「周りの協力の甲斐あってギルドレベルが上がったな」
「おぉう」
この前上がったばっかじゃなかったっけ。早ぇ。スゲー。
つーかギルドの人も、マスターが天狗だとは思いもしねーんだろうな。
時々そのシュールさに、うっかり吹きそうになるわ。
「スネコはさっき聞いたケド、留守番頑張ってくれたんだもんな」
「スネコ、お留守番、上手だった!」
「さすがスネコっすなぁー」
「えへへ」
丸いフォルムをあざといほどに擦り付けてくるスネコ。
かわいい奴め。
――まあ、一方で酒がスゲー勢いで減ってくのはギャップだよな。
「コンたち、何、買ったの?」
「あたしらかい? 主にあたしの服だねェ。んふふ、それにクレープと肉まんをシュウ坊と分けっこしたのさ」
「ずるい」
「ずるいな」
「あはー?」
天下の妖怪様方だってのに、結構俗なモンが好きだよなみんな。
つってもまあ、俗世で生きてる長さはみんなオレより長いワケで。
そういう意味じゃ馴染んでるのもおかしくねぇんだケドさ。
「そういえば秀殿。今日は周作殿のところには行かなかったのか?」
「ん?」
テンさんに話を振られて、オレは視線だけをちらと上げた。
すぐに手元の容器に目を戻す。
コン姉になみなみと注がれたソレ。
一口。
――お、結構飲みやすい。口当たりが優しいっつーか。
いやいや、でも、騙されねーぞ。
コン姉が買ってきた酒が弱いハズがない。
飲みやすさにつられて飲んだらぜってーダウンする。
経験者は語るのだ。
「秀殿?」
「そうな。あんま頻繁に行っても、じーちゃんも疲れるだろうし。今日はコン姉に一日付き合うって流れだったし?」
「次、スネコも、行くー」
「おー。スネコも遊ぼうなー」
「うん!」
わしゃわしゃと撫でてやる。
キャッキャと喜ぶスネコ。
たまらん。癒しだわ。アニマルセラピー万歳。
そんなオレたちを見ていたコン姉が、ぐいと杯を呷った。
ふらり、立ち上がる。
ニィ、と目を細める。
差し込む月明かりをバックに立つコン姉は、なんつーのかな、妙な迫力があって。
時々、スゲー遠いんだなと思う。
「――さって。晃太郎さんが隠していたお酒があったねェ」
「コン殿も気づいておられたか」
「当たり前じゃないのさ」
「飲む? みんな、飲む?」
三人――三匹? 三体?――が顔を見合わせて、それから許可を求めるようにオレに熱い眼差しを向けてきた。
ああ、うん、そんな風に見られるとちょっと弱いんだケド。
叔父さんも多分、みんなに言ったらあっという間に飲まれちゃうからこっそり隠し持っていたんだと思うんだケドさ。
……まあ、この店に隠してるのがそもそも運の尽きっつーことで。
「オレは何も見てませんよーっと」
「「「よっしゃ」」」
意気揚々と取りに行くコン姉と、頬を緩ませるテンさん、スネコ。
そうやって、急遽開催された酒盛りは、随分と遅くまで盛り上がることになったのだった。
ふは。
ほんと、賑やかすぎっしょ。
***
ちなみに、後日談。
肉吸いさんことニックさんが仕事に困ってるっつーことだったから、友人のツテを使ってエステを紹介してあげた。
贅肉が効果的に消えるエステシャンとしてスゲー評判みたいだ。
ニックさん、やりおる。
■「有馬秀の日常(仮)」了




