02「いいから明かりを貸せって言ってんですよオラァ」
ショッピングとやらは比較的平穏だった。
コン姉にあちこち引っ張っていかれたケド、ついでに荷物も基本的にオレが持ってるケド、まあそれくらいはな。男冥利に尽きるってもんだ。
そんな感じで色々見て回って、たまにオレ用の靴だとかも覗いたりして、休憩がてら買い食いなんかもして、夕方。
「シュウ坊、ちょっと待ってておくれ」
「あいよー」
店を出てすぐ、買い忘れがあったとかで、コン姉がふらりと離れた。
オレは一息ついて傍のベンチに荷物を置く。
やー、大漁大漁。こんだけ買えば気持ちもすっきりしそうだわ。
昼間と比べれば随分と気温も落ち着いてきた。
それでも妙な充足感からか、やっぱり夏だからか、暑さは消えてない。
パタパタ手で扇ぐ。
あんま意味ないんだケドな。なんかやっちゃうんだよなこれ。
帰ったらどうすっかな。
明日はバイトもあるしあんま遅くまでは起きてらんねーよな。
つーか帰ったらぐっすり寝れそうだわこれ。
そういやコン姉、夕飯は食って帰るんかな。
さっき肉まん食ったケド、それだけじゃ腹の足しになんないだろうし。
それにしても夏の肉まんっつーのも乙なもんだった。
そんなどうでもいいことをつらつらと考えていたら……ふいに、視界がバグった。
「……げ」
雑踏が消えて、気温が下がる。
夕暮れのオレンジが一瞬で暗闇に消える。
肌がピリピリと痛い。敏感肌かっつーの。
いやそんな問題じゃねーケド。
マジか。
……マジか。
「うっわー……ちょっと久しぶりだなこれ」
いきなり引き込まれるなんて。
最近は減ってたから、ぶっちゃけ油断してた。
コン姉に怒られそうだわ。
周りは闇。黒一色。
自分の身体も見えないくらいで、目がスゲー変な感じ。
とりあえず身体をまさぐって、尻ポケットに突っ込まれてた固形のものにホッとした。
テッテレー。多機能携帯電話~。
通称ワイフォンだ。
手探りで操作してライトを点ける。
電話なのにライトまで点けられちゃうんですよ、ワイフォンならね!
いやはや、ほんと文明の機器ってスゲー。
「ホウホウ……」
ふいに女性の笑い声が聞こえてきた。
笑い声にしても妙な感じだケド。
でもまあ、多分、雰囲気からして笑い声。
ライトの向こうからぼんやりと影が近づいてくる。
口元にたっぷりと笑みを浮かべて。
「すみません」
「何すかー?」
「私、いつの間にかこんなところにいて。しかも落とし物をしてしまって……明かりを貸してもらえませんか……?」
「明かり? これでいーんすかね?」
「あかるっ! 明るすぎ!」
顔に向けてライトを照らしたら、美少女――十代後半の、アイドルにいてもおかしくなさそうなショートボブの女の子――が飛び退いた。
儚げで不安そうだったのが一瞬で弾け飛んだな。スゲェ。
「目がぁぁ、目がぁぁぁ」
「そんな近いと思わなくて。ごめんな? 大丈夫?」
「もー、最近の技術ってばほんとどうなってんのよ! 昔の慎ましさが足りないんじゃないの!?」
「昔って?」
「提灯とか! 風情があったでしょうに!」
「あー。今じゃさすがにないんじゃねーかな」
「夜に活動しすぎなのよ今時の人間は!」
そんな食ってかかられても。
つーか、出会い頭でキャラブレ起こしてるケド大丈夫なんかなこの子。
「ところで落とし物って? 探すの手伝おっか?」
「えっ。あ、あぁ……あの、その、……ありがとうございます。何て優しいお人なんでしょう」
「キャラ戻すの今更すぎね?」
「美少女が微笑んでるんだから無条件に喜んでおきなさいよ」
「ウィッス」
確かに美少女だケド。自分で言っちゃうのね。
いやまあ、割とそーゆうキャラも楽しくてオレはいいと思うケドな?
なんか結構面白くねこの子?
「で、何探すって?」
「コンタクトレンズです」
「無理ゲー!」
こんな暗闇でコンタクトレンズって!
気が遠くなるわ!
「いいんですよ、明かりさえ貸してもらえれば。自分で探しますので」
「いやいや君にも無理っしょ。諦めなさいって」
「そんなこと言わないでください」
「言うよ」
「ひどい!」
「何なら買ってやっから。今は諦めましょーって」
「あれはおじいちゃんの形見なんですっ」
「コンタクトレンズが!?」
しかもおじいちゃん!?
手が震えそうなもんだケド結構しっかりされてたのかな!?
いやまあ高齢者用のコンタクトレンズはあるみたいだケドさ!?
でもそれを形見にするのも、しかも実際に使っちゃうのもちょっと無理がありすぎるんじゃないかな!?
「いいから明かりを貸せって言ってんですよオラァ」
「ちょ」
はぎ取られた。すごい力で。
そのまま、ワイフォンを手に納めた女の子がにっこりと笑う。
きっとアイドルが好きな男ならクラクラきたんじゃねーかなってくらい綺麗な笑みだ。
で。
ライトを消したかと思うと、ポイと後ろに放り投げた。
いや、ライトが消えてるから全然見えないんだケドな。
音からして投げたっぽい。
ってオレのワイフォンんんんん!
「ホウホウ……」
変わった笑い声が耳元で聞こえてくる。
近ぇ。デケぇ。
まあオレも笑い声うるさすぎるとかよく言われるケドな!
「えい」
「目がぁぁぁぁ」
ワイフォンの充電器――なんとこれも光るのだ!――を点けてやる。
いやー、今時の機器ってほんとスゲーわ。
にしてもこの子、目、弱すぎじゃね? 大丈夫かマジで?
「んもぅぅぅぅ! やめなさいよ! 空気読んで!」
「空気読んで死ぬとか勘弁っすわぁ」
「ななな何のこと?」
思い切り目が泳いでやがる。
分かりやすいなこの子。
まあ最初っから本性バレバレなキャラブレ起こしてる辺り、そもそも隠す気があんのか怪しいくらいだケド。
「死ぬなんてそんな。怖いこと言わないでよ」
「襲う気満々だったくせにぃー。他に何するっていうんすか」
「美少女と暗闇で二人きりよ! あんなことやこんなことがあるかもしれないじゃない!」
「こんな謎の暗闇で発情する子はちょっと」
「キィィィ」
地団駄を踏む女の子。
やべぇ、分かりやすい。ちょっと楽しい。
「仕方ないじゃない! だってあなた、美味しそうなんだもの!」
「そんな責任転嫁されても」
「ちょっとだけ」
「ちょっとだけ? どうすんの?」
「吸うだけ、吸うだけだから。ちょっと。ストローで一息分くらい。ね」
「ちょ、近い、近いから!」
「さあ、さあさあさあ」
「勢いが怖ぇ! 落ち着こう、はいどうどう、どうどう」
「馬扱いしてんじゃないわよ――きゃあ!?」
女の子が力ずくでオレの身体に触れ――その途端、火花が散った。
女の子が一歩離れる。
庇った手は赤く爛れてそうだった。
うへぇ。あれ、絶対痛い。
「……な、何、あなた……」
「あはー。サーセン。なんつーか」
ヘラリと笑う。
オレもよく分かってないんだケドさ。
「……オレ一人の身体じゃないんで?」
我ながらスゲー語弊がありそうだ。
……まあ、オレはコン姉やテンさん、他の妖怪からもちょくちょく色んな加護とやらを貰っているワケで。
だから下手に手を出してくると、そーゆう痛い目に遭うこともあるワケで。
加護ったって、基本的に妖怪って悪戯好きだし、気まぐれだから、ちっとも万全じゃないんだケドな。
万全ならそもそもこんな世界に引っ張り込まれることもねーだろうし。
秀殿は悪運が強いな、ってのはテンさんの談。
「そんなぁ……」
「なんかサーセン」
「こんなに美味しそうなのに……餌キターって思っとったのに……」
「肉吸いさん、ドンマイ」
「……」
さめざめと泣いていた女の子の動きが、ピタリと止まった。
目を見開いてこっち見てくる。
つーか嘘泣きじゃん。いやまあ、バレバレだったケド。
ちなみに【肉吸い】ってのは、文字通り。人の肉を吸う妖怪だ。
山道で人から灯りを奪って、暗闇の中で食らいついてくるらしい。
大体は美少女に化けてくるケド、本体は白骨だとか。怖いもんっすわ。
「そこまでバレてたの」
「まあ、何となく。噂は耳にしてたんで? つーか肉吸いさん、オレのフォロワーにいるしなぁ」
「えっ? え、待ってみい、誰?」
「オレ、【シュウ】っすよー。肉吸いさんは確か【ニック】さんっしょ?」
「……ええええ!? シュウ君!? 本物け!?」
「マジマジ。ワイフォンどっか行ってるんで見せらんないケド」
「えええー! そんなん食べれやんかー!」
つーかワイフォン無事かな。
故障とかやめてほしいんだケドマジで。
あと肉吸いさん、もといニックさんってば、なんかよく分かんねー方言出てるっぽい。
どうした。ほんとキャラブレ激しいなこの子。
そんなことを思ってたら、ニックさんがワイフォンを取ってきてくれた。
ヒビとかも入ってないっぽい。うおお良かった。
ってかコン姉から着信めっちゃ入ってんだケド!
ヤベェ!
後で土下座する勢いで謝んねーとかな。うへぇ。
「えーと。これ。オレのアカウント」
「わぁぁ……本当やん……」
「つーかニックさんって山奥に住んでるんじゃねーの? 何でこんな街中でオレのこと引っ張ったん?」
「あぁ! ほら、田舎者ってバカにして! だからよ! 私だって都会に出てモデルデビューとかしてみたかってん!」
「な、なるほど……?」
「ハッ……と、とにかく! それで山を出てきたはいいんだけど、その後どうしたらいいか分からなくて。そうしたらシュウ君を見かけたから……つい引っ張り込んじゃったの。山の中じゃなくたって私はできるわ! っていう気合いもあったわ」
「あはー」
なんという行き当たりばったりな。
まあでも、何だろな、そのバイタリティは嫌いじゃねーわ。
「まあ、こうしてお知り合いになれたワケだし? 肉はあげらんねーケド……あ、そーだ、代わりにこれ」
「……何これ? ふかふかしてる」
「肉まん」
「にくまん」
ほんとはスネコたちへのお土産だったケド。まあ、しゃーない。
スネコたちには代わりに別の何かを買ってくってことで。
初めてなのか、恐る恐るニックさんはそれに口づけた。
吸う。
――わあ。皮を残して中の肉を吸ってる……。
「んんん、なにこれぇ……おいひいぃ……」
「そりゃ良かった」
「肉汁がたまらないわ……」
「それはお近づきの印ってことで。そんで、改めてお友達からってことでどっすかね?」
「えっ。いいの?」
「これもご縁ってね」
軽く肩をすくめて笑ってみせると、ニックさんは、それはそれは嬉しそうに華やかに笑みを返してくれた。
うん、こうして見るとやっぱ美少女だわ。




