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 秀のアルバイト先でもある、骨董屋。

 そこでは、ごちゃごちゃと雑多な空間にふさわしい賑やかな声が絶え間なく上がっていた。


「それじゃあとりあえずの解決に……カンパーイ」


「「「カンパーイ」」」


 狐、天狗、スネコスリの声が唱和する。

 凛花も声を上げないまま、とりあえずグラスを軽く上に掲げた。

 オレンジ色の液体がたぷんと揺れる。

 他のみんなはお酒のようだが、未成年の凛花は当然ながらソフトドリンクだ。

 それなりに広いテーブルには、簡素な食べ物やお菓子も置かれている。


 自失した武山は逮捕された。

 それを確認した産女により、美晴たちも無事解放された。

 衰弱している子もいたが、命に別状はないそうだ。


「みんな最後の方も協力してくれて感謝感激っす」


「まあ、秀殿だけじゃ危ないしな」


「シュウ坊のお願いなら仕方ないさね」


「やだ優しい。惚れてまうやろー」


「すねこも、がんばった!」


「おうもちろん。スネコが先生を足止めしてくれたんだもんな」


「うん!」


 キャッキャとじゃれ合う一人と一匹。

 それから水のようにグラスを空けていく狐と天狗。

 凛花の目の前はなかなかにカオスな光景だ。


「あ、そうそう。管狐もこのまま居着くっぽいから、本格的に名前を考えました」


 グラスにちびちび口をつけながら秀が言う。

 凛花は「はあ」と曖昧に頷いた。

 そういえば、トイレットペーパーを寝床にしていた管狐がいた。


「左から順に、クー、ダー、ギー、ツー、ネー」


「ちょっと待って」


「ちょうど五匹だからいーかなって」


「秀さん待って。考え直して」


「え? 分かりやすくね? しかも『管狐』って呼んだらまとめて来てくれんだぜ? スゴくね?」


「毎度安直にも程があるんですって!」


「ええー」


 そんなことないですしぃー、と口を尖らせる秀。

 その周囲を、先ほど呼ばれたと勘違いしたのか、ふわふわと管狐が飛び回る。

 どうやら満更でもないらしい。

 ここの妖怪たちはどうも彼に甘すぎる気がする。


 管狐をわしゃわしゃと撫でながら、秀は凛花のグラスにジュースを注いだ。

 案外マメに見てくれているらしい。


「凛花ちゃんもお疲れ。ありがとな。でも危ないことさせてごめん」


「……いえ」


 急に真面目な話を振られ、困惑する。

 少しばかり言葉に詰まり、凛花は目を伏せた。


「私がやりたいと言ったんですし……むしろ、おかげで吹っ切ることもできましたし……」


 思うことは、まだ、あるけれど。

 今回のことを、全て納得することは、難しいけれど。

 それでも。

 きっと、凛花一人では今回の事件に辿り着くことはできなかった。

 妖怪の様々な面を知ることもなかった。

 だから。


「……ありがとうございました」


 動きにくい口から無理矢理言葉を押し出すと、秀は楽しげに笑った。

 本当によく笑う人だ。


「……でも、一ついいですか?」


「ん?」


「おじいさんが……」


 切り出すと、秀は目を瞬かせた。

 表情には笑顔が貼り付いたまま。

 それを見上げ、しかし、凛花は言うのを止めなかった。


「秀さんのおじいさんが妖怪に憑かれて……精神が壊されて、今も入院しているって聞きました」


 彼から笑みが一瞬消えた。

 引き結ばれた口から、それが本当なのだと理解する。

 笑っていない彼の表情は、どんな色をたたえているのか読み取れない。


「それでも、妖怪と一緒にいるんですか」


 我ながら嫌になるくらい不躾だ。

 しかし――凛花には、分からない。

 彼がどうしてそれでも妖怪たちと一緒にいられるのか。

 コミュニケーションを取ろうと思えるのか。


「怖くは、ないんですか。――憎くは、ないんですか」


「あは」


 彼は笑った。

 それは静かな笑みだった。


「言ったろ、妖怪全部が善い奴なワケでも悪い奴なワケでもない。簡単に一括りにはできねーっしょ。今回の事件だって先生が犯人だったワケだケド……それで人間全部が悪い奴だーなんて思うのは乱暴だろ? それに何つーのかな。特にこいつらは、えーと……」


 つらつらと語っていた彼は、そこで一旦狐たちに目を向けた。

 彼らは何も言葉を返さない。

 ただ見守るような眼差しを向けている。

 ふは、と。

 彼は破顔する。

 少しだけ、珍しくも、照れたように。


「ファミリー、ってやつらしいからさ」


 それを聞くなりスネコスリが飛びついた。

 狐もまた大きな胸を押しつけるようにして秀をぎゅうぎゅうと抱きしめる。

 ぎゃああと彼から悲鳴が上がるが、天狗は静かに笑ってグラスを傾けるだけだ。


 それは何だか、とても不思議な輪だった。

 しかし、そういうものなのかもしれないと凛花は思う。

 今までであればとても信じることなどできやしなかったが――色々な形が在るのだということを、凛花は知ったような気がした。


「凛花殿、食べ物はどうだ」


「あ、ありがとうございます」


「ねえちょっと助けて! コン姉に殺される! テンさん! 凛花ちゃん!」


「秀殿、それは男の野望だとギルメンが言っていたぞ」


「本当に男の人って仕方ありませんね」


「冤罪ぃぃぃぃ」


「あ、もうお酒ありませんね。私取ってきます」


 情けない悲鳴を上げる秀にクスクスと笑い、椅子を引いて立ち上がる。

 仕方ないので通り過ぎざまに割り込んであげてもいいかもしれない、などと思いながら振り返り――ガシャンと音がした。


「ガシャン……?」


 何かにぶつかったらしい。

 とっさに見て――声にならない悲鳴を上げる。

 どうやら、凛花のすぐ後ろにあった壷が落ちたようだ。

 足下で大分大きく割れている。

 陶器だろうか。

 不思議な模様は人を魅了させるものがあった。

 ――凛花にはその辺の知識がないので当てずっぽうだけれど。


「ご、ごめんなさい……!」


「あらあら。晃太郎さんのお気に入りの壷じゃないのさ」


「これ、高いの、自慢してた」


「ひぃ……!?」


 晃太郎というのは、ここの店主であり秀の叔父のことだろう。

 商品ではなかったようだが、高価なものならまずい。

 非常にまずい。

 顔を青くして秀を見ると――彼は机に突っ伏すようにして震えていた。

 お腹を抱えている。


「ぶ、くくっ……スゲェ……破壊神デストロイヤー咲坂……っ」


「笑い事じゃありませんよ!?」


「いやだってそんなベタなっ……ぶは、二つ名はダテじゃねぇ……っ!」


「秀殿は笑い上戸だからな……」


 知っていたけれど。

 それは知っていたけれど。


 しばらくヒィヒィと笑い転げていた彼は、やがて顔を上げて涙を拭った。

 人の不幸を笑いすぎである。


「はー笑った。まあ仕方ねーっつーか。そんなとこに置いとくおじさんが悪いんすよ、うん。何とかするする。だから凛花ちゃんは気にしないでオケオケ」


「そ、そんなわけには……!」


「って言ってもねェ。お嬢ちゃん、弁償なんてできるのかい? お嬢ちゃんのお小遣いじゃあ到底無理さね。諦めな」


 ヒラヒラと手を振る狐。

 凛花はムッと口を尖らせる。

 確かにそうかもしれないけれど。

 しかし、自分が悪いのにその責任を彼に押しつけるような真似はしたくない。

 とはいえ当然お金があるわけでもない。

 だが。

 だがしかし。

 しかし――。


「わ、私もここで働きます……!」


 意を決して声を上げると――秀と妖怪たちは目を丸くした。


「時間はかかるかもしれませんが、絶対に弁償します……! だから……!」


 彼らは顔を見合わせる。

 そして。

 秀がまた弾けたように笑い出した。


「ぶはははヤベェー! 凛花ちゃんカッケー!」


「何で笑うんですか! 本気ですよ!」


「いやうん、分かる分かる。だからスゲーよ。でもベタな……ぶふ、ふ、いやーそういうの好きっすよ」


「ふぅん。身体で返すって?」


「コン殿が言うと卑猥だな」


「テンさん?」


「すまない」


「人、増える、しゅー、嬉しい?」


「そうなー。賑やかになるのは嬉しいな」


 スネコスリの頭を撫でながら、秀は反対の手でまた涙を拭う。

 どれだけツボに入ったのだろう。

 浅すぎるツボは凛花には理解に苦しむ。

 何だか馬鹿にされているようでむくれていると、秀は手を差し出してきた。


「まあオレにはバイト増やす権限なんてないケド? おじさんならきっと大丈夫っしょ。ヨユーヨユー」


「えっと」


「てなワケでよろしくな、凛花ちゃん」


 最後までケラケラと軽く笑われ――凛花は多少の反撃を込め、彼の手を強く握ってやった。




*****



 骨董屋からの帰り道。

 凛花は空を見上げ目を細めた。

 高いところで光と闇が入り交じり、境界が溶けてなくなりそうになっている。

 近くに公園があるのか、子供たちが楽しげに遊ぶ声が聞こえてくる。


 ――何だか変なことになってしまった。

 主に自分のせいだけれど。

 人はそれを自業自得と言うのだけれど。


 凛花は骨董屋が見えなくなったところで立ち止まり、ワイフォンを取り出した。

 やや不慣れな手つきで操作を進めていく。

 うろ覚えなURLを確かめながら打ち込んでいく。


(……まだまだ分からないことは多いけど)


 これから知っていけばいいと、今は、そう思う。

 少しずつでもいいので、まずは、知っていけばいいのだ。


 向こうの相手の顔もよく見えないぼんやりとした薄暗さの中。

 『シュウをフォローしました』の文字が、ワイフォンにぼんやりと浮かんだ。




■一章 了

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